42. The Blue Egg


 青い卵が、ひとつ在った。


 どくん、どくんと脈打って、殻の表面にさざ波を立てる、巨大な『卵』。

 その中にあるひとつの命は、今、想像を絶するほどの苦しみに襲われていた。



 熱。



 熱い。焼けただれるような熱さ。まるで、炎に包まれた蜥蜴とかげのどの中でのたうち回っているような。



 熱。



 身体中が熱い。皮膚で熱さを感じるだけでなく、体内、骨の髄から、神経から、筋(きん)繊維(せんい)から、五臓ごぞう六腑ろっぷから、脳髄のうずいから焼け焦げていく。溶かされる。



 熱。



 それは、遠き日の記憶。レテのかわにて忘れ去ったはずの、「わたしではないわたし」の記憶。断末魔。今際いまわきわを、つぶした苦しみ。


 自分は、このような死に方をするような悪いことをしただろうか。自分はただ、『生きて』いただけだ。育ての親のもとを離れ、自由気ままに暮らしていただけだ。結果として近辺の街が迷惑を被ったとしても、それは野獣であった自分にとって生命活動そのものであって、生きているだけで副次的に巻き起こってしまうもの。生きている以上、仕方のないことだった。

 であれば自分は、存在そのものが罪だったのだろうか。その罪をあがなうため、これほど凄惨せいさんな苦痛に襲われるのか。


 ああ、熱い。ただ、この『熱』から逃れたい。それが、「わたし」が最後に願ったことだった。その願いは今世こんぜにも、どうやら引き継がれたようで――全てを焼き尽くした灼熱の炎は、全てを凍らせる絶対零度の炎へと変質した。


 それでも、のどの奥に残るこの『熱』は消えない。あの男……わたしを切り刻んだ英雄の顔を目にした瞬間に、それは「思い出された」。ばらばらになったはずの全身を一瞬で支配して、もとのひとつに繋いだ。皮肉にも『痛み』が、それから逃れたいと願う心が、崩れゆく「わたし」をなんとか止めた。

 ただ、熱かった。この熱を、『冷まし』たかっただけなのだ。だから、この『青い炎』はあふた。


 だが、まだ足りない。全くもって足りない。毛ほども『熱』が弱まったようには感じない。この身を灼く、『記憶の炎』の熱は、いっこうに収まる気配が無い。

 ならば、どこまでも『冷ます』まで。わたしの願いに応えて生まれた『青い炎』を、この先も燃やしつづけるまで。この熱が、消えてなくなるまで。



『卵』が振動する。ぴしり、ぱしりと音を立て。青くなめらかな表面に、ヒビが入り始める。

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