24. Cutie Trickster




「言ってくれるな、糞餓鬼クソガキィ……!!」


 蘭子のが、怒りに燃える。露わになったひたいしわが刻まれる。


「犬っころとミミズ如きに、このわたしが足止めされて、なる、ものか……!」


 傷だらけの身体。アバラが折れ、宝石のナイフが数本突き刺さり、その他恵奈と希瑠の追撃による幾多の負傷。


 だが、それでも蘭子はまだ動く。


 確かに理里は今も追い上げつつある。しかしながら、彼女はゴールまであと数歩手前の地点まで差し掛かっている。あと5m、たったそれだけの距離を進むだけで、勝利を得られるところまで来ているのだ。



 ならば。



「わたしは……負けない……!」


 己に言い聞かせるように、蘭子は声に出して言った。


「わたしは……負けないのだ……! わたしは"神速の乙女"……! どんな妨害を受けようとも、それらすべてを打ち破って勝利する、この世で最速の英雄なのだ……!」


 それだけが蘭子のアイデンティティ。唯一無二の、誰にもひけをとらない力。


「それを証明するまで……わたしは、立ち止まるわけにはいかない!」


 蘭子の全身に、万力まんりきこもる。筋肉は膨れ上がり、どうにか身体を前に進めようと、拘束する白い蛇を引きちぎらんばかりの勢い。


 そして……その身体が、前進する。


「なっ……!?」


 希瑠と吹羅の目が見開かれる。


 希瑠の足と尾は、半ば地面に沈み込み、くいのように希瑠の身体を固定していた。だが……地中に埋まったそれら全てが、ゆっくりと前進している。4本の足が、3本の尾が、アスファルトを、その下の土をかきわけて、徐々に前に進みつつある。


「馬鹿なッ……! この、女っ」


 吹羅の蛇は、いまだに千切ちぎれてはいない。かなり限界がきてはいるが、切れそうになる度に、不死身の再生能力で組織を補強し、どうにか蘭子を縛り続けている。


 つまり。蘭子は、地面に固定されていた希瑠を、そのままの状態で動かすに至ったのだ。


「あと、少し……! あと少しなのだ…………! あと、ほんの数歩で、わたしの人生が終わるのだ……! これしきのことで、足を止められてなるものかァ――ッッッ!!!!!!!」


 蘭子は進む。6tにも及ぶ「いかり」を、最後の力をしぼってき、着実に、ゆっくりと脚を動かして、じりじりとゴールテープに向かい。


 理里はいまだに追い付けない。今もなお全力疾走を続けるが、蘭子に追い付くには至らない。


 ひとり後方に取り残されていた恵奈は、ついに力尽き倒れてしまった。もはや蘭子を止めることは、誰にもできない。


「はあ、はあ……! さあ、見ろ、今度こそ、私の勝ちだ――!!」


 すでに、残り1歩というところ。対して、理里から蘭子までは、まだ30m近くもある。


「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」


 理里が慟哭どうこくの叫び声を上げる。希瑠が牙を嚙み締める。吹羅の肌から血の気が引く。恵奈の表情が固まる。手塩の口元が、不敵な笑みに歪む。


「終わりだああああああああああああああああああああッッッ!!!!」


 勝利を確信した蘭子が、今、最後の一歩を踏み出さん――





































「"菫青晶の舞付師アイオライト・コレオグラファー"――――ッ!!!!!!!!」





























「……何?」


 ついにゴールに至らんか、というその時。滝壺たきつぼに、が響き渡った。


 それは――



 そして、次の瞬間。



「なっ……ああああああああああああああ!?」


 あと数cmでゴールに至っていた蘭子を襲う、大量の水の奔流ほんりゅう


 滝だ。垂直に流れ落ちていた滝の水が、全て蘭子に向かってそそがれはじめたのだ。


 ……いや、よくみると滝の水だけではない。滝壺たきつぼの水が全て、一筋ひとすじの激流となり、蘭子の前進を止めている。


「なんだ、これはっ……! この、能力は、まさか……ぐぼぉっ!」


 自分を打ち付ける激流にあらがいながらも、言葉にならない声を蘭子が上げたとき。の主が、ついに理里の目に入った。


「嘘……だろ……!」


 水を吸い上げられ、ほぼ空になった滝壺。その中心に、両手を前方にかざしてたたずむのは――



 だった。



「お待たせ、りーくんっ! みんなのヒロイン珠飛亜すひあちゃん、満を持してのご登場とうじょうなのらっ!」


 時代錯誤な語尾で、パチリ、とウインクを決めた彼女は。まぎれも無く、怪原家の長女にして、「智慧持ちえもけもの」スフィンクス――



 そして何より、怪原かいはら珠飛亜すひあが、今ここに参上さんじょうした。


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