第47話 女の意地の見せ所(なのか?)

「痛っ!」


 爪先を思いっ切り踏まれて思わず悲鳴をあげてしまった。


「あ、ご、ごめん」


「これで五回目よ……」


 慌てて俺に謝るイリスに、アイナが処置なしといった感じで肩をすくめて指摘する。


「なあ、そんなに大きな差は無いはずなのに、どうして女性パートはこんなに下手になるんだ?」


 思わず問いかけてしまった。目下現在、イリスの家の大広間でダンスの練習中なのである。さすがに男爵家だけあって、自分の館でダンスパーティーを開けるくらいの大広間は持っているんだな。


 音楽を録音しておいて再生できる蓄音機レコードって魔道具でダンス用のワルツを流して練習中なんだが、俺と踊るときのイリスは信じられないほど下手だったりする。


「学院に行く前から下手だったんで素質が無いとは思っていたんだけど、学院に行って更に下手になったんだよなあ」


 そう言ったのは、イリスの腹違いの兄にあたるユリウスさんだ。母親は違うものの、一歳差しかない兄妹で幼い頃から一緒に育ってきたのでイリスとは仲が良い。三男なので軍で身を立てようと帝国軍士官学校に進学したそうで、今は帝国軍巡検隊の中隊長とのことだ。


 幼少期からダンスの練習ではイリスに付きあっていたそうなので、ちょうど長期休暇で帰郷中だったのをいいことに練習に付きあってもらっていたんだ……が、俺の前に踊ったときには、やっぱり何度もイリスに足を踏まれていた。今日初めて踊ったばかりの俺と息が合わないのは仕方ないかもしれないけど、幼少期から一緒に練習してきたユリウスさんとも息が合わないってのはどういうことだ!?


「運動神経はいいのにねえ?」


 アイナも首をひねっている。


「それに……もう一度あたしと踊ってみてよ」


 ちょうど曲の切れ目だったので、俺とアイナが交代をして、再度ワルツをかける。


 今度は、イリスが男性パートでアイナが女性パートになってダンスが始まる。軽やかなステップを踏み、流れるような動きでアイナをリードするイリス。


「なんで男性パートはこんなに上手いんだよ……」


 はっきり言って、俺よりよっぽど上手い。それどころかユリウスさんより上手い。


「実は、ボクは学院では『王子様』扱いで女子生徒から散々ダンスを申し込まれていてね……」


「ああ、何となく分かるわ」


 俺もイリスとの初対面では男だと信じて疑わなかったモンなあ。女学院だったら間違い無く「お姉様」だったろうよ。エクセルシオ学院は共学校なのになあ。


 そんなイリスと踊っているアイナも感心したように言う。


「学園祭のダンスパーティーで人気投票一位だったってのが分かるわ。あたし、社交ダンスなんて今日が初めてなのに、イリスにリードしてもらうと凄く踊りやすいの」


「いや、アイナも上手いよ。ちょっと練習しただけで、これだけ踊れるんだから」


「村祭りのフォークダンスしか踊ったことないんだけどね」


 一曲踊り終わって感想を言い合うアイナとイリスに、俺も声をかけた。


「アイナ、連続で悪いけど俺と踊ってみてくれないか。イリスはそろそろ一休みした方がいいだろうし」


「え、いいけど」


 そして今度は俺がアイナをリードしながら踊ってみる。


「やっぱ、イリスがリードしたときより少しぎこちないよな」


「うん、イリスの方が少し踊りやすいかな。でも、リョウも充分上手だと思うけど」


「確かに、おれより上手いな。どこで練習したんだ?」


 アイナが褒めるのは、お世辞というか、身内の目だろうと思ったんだけど、ユリウスさんにも褒められたのは意外だった。


「祖母に習ったんです。富裕な商家の三女でお嬢様教育を受けてたんですけど、それが嫌で家出して冒険者になって祖父と結婚したという」


「そうだったのか。リョウって意外に教養があるのは、お祖母様から色々と教えて貰ってたからなんだね」


 感心したように言うイリス。


「意外は余計だろ。まあ祖母ちゃんの方も教養なんか要らないと思ってた冒険者になったのに、実際には高ランク冒険者になると意外に上流階級と接点ができるんで、教養はあった方がいいって考え直したそうだよ。それで色々と教えてくれたんだ」


「なるほどねー」


 アイナも感心したように頷いているが、そこでユリウスさんが鋭く指摘してきた。


「リョウ君の方は、とりあえず問題ないレベルで踊れるんだ。問題はイリスの方だろう。子供の頃から結構練習していてこの有様なんだから、ダンスパーティーまでに上手く踊れるようになるのは難しいと思うぞ」


「うっ」


 兄のツッコミに怯むイリス。


「でも、まだ婚約申し込みの段階なんだから、マイケルさんが納得しようとしなかろうと、別に断ってもいいんでしょ?」


 アイナの問いに、イリスは渋い顔でうなずく。


「まあね。ただ、そうすると家と家との関係は多少気まずくなるかもしれないから申し訳ないんだけど……」


「我が家的には大した問題ではないな。イリスが望まないならダンスパーティーごと断ってもいいぞ。父もそう言っていた」


 ユリウスさんが平然と言う。


「そこまでデメリットが無いなら、悩むまでもなく断って良かったんじゃないか?」


 俺の指摘に、イリスは少しムッとした顔になって反論してきた。


「それだと、なんだかアイツに負けたような気がするんだ」


「……そこまで嫌いなのか」


「嫌いというか、虫が好かない」


 相性悪いなあ。よくこれで婚約とかしてたモンだ……と思ってたら、アイナもそう感じたらしい。


「ねえ、もしかして相手マイケルの方も、断られること前提で嫌がらせで申し込んできてるんじゃない?」


「可能性は高いね。アイツもきっとボクに恥をかかせて、武闘会の復讐をしたいんだろうさ」


「そうだと分かっていて相手の挑発に乗るのか?」


 少し呆れて問い返したら、イリスはきっぱりと言った。


「尻尾を巻いて逃げるのはボクの性に合わない」


 その凛とした表情に思わず見惚れそうになってしまったところ、アイナに脇腹をつねられた。鋭いなあ。


「オーケー。それじゃあ、マイケルの挑戦を受けて俺と一緒にダンスをすると。そしてアイツに上手いところを見せつけてやらなきゃいけないわけだ。しかし、イリスのダンスは女性パートだと壊滅的……となると、手はひとつだな」


「え?」


「何か作戦があるのかい!?」


 俺の言葉に目を丸くするアイナと、食いつくように尋ねてくるイリス。フッフッフッフッフ。俺の作戦を聞いて度肝を抜かれるがいい。


「つまりだな……」


 俺の作戦を聞いて、イリスもアイナも、一緒に聞いていたユリウスさんも唖然とした顔になった。

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