第46話 ダンス・ダンス・ダンス
「コンビを組んで武闘会? タッグマッチというわけだね。いいじゃないか、ボクとリョウの絆を見せてあげよう。
自信たっぷりに言うイリス。だけど、それ多分違うから!
「いや、イリス、ちょっと……」
俺がイリスの誤解を解こうとしたのだが、その前に相手の方が割って入ってきた。
「何を言っているのかな、ローザンヌ君。武闘会ではなく舞踏会だよ。冒険者なんて仕事をやっていると思考回路が野蛮な方に向いてしまうのは仕方ないかもしれないが、君も貴族の一員ならもっと優雅に物事を考えて欲しいものだね」
そう薄ら笑いを浮かべながら嫌味に指摘したのはマイケル・モートンというイリスの元・婚約者だ。俺より長身で顔立ちはなかなか整っているが、体はそんなに鍛えてはいないな。多少の訓練は積んでいるようだが戦闘に関しては素人と大差ないだろう。
貴族の三男坊というと爵位は継げないので帝国軍に入ったり、行政府に仕官したりというのが定番だが、彼は投資家としての才能があったらしく、実家の豊かな資金を投資に回して結構利益を出しており、モートン子爵家の財務担当のようなポジションに居るらしい。穀潰しの部屋住みというわけではないようだ。
ただ、よりを戻したがっているのはマイケル本人だと聞いていたのだが、何か上から目線で余りイリスのことを好きだという感じは受けないんだよな。こんなヤツと結婚するというのは、イリスにとっては間違い無く不幸だろう。
「そっちだったのか……野蛮ですまなかったね! だけど、野蛮なのが嫌ならボクみたいな野蛮女なんか放っておいて、もっと優雅な美女を探した方がいいんじゃないのかい?」
勘違いしていたことに一瞬頬を染めて羞恥の感情を表に出したイリスだったが、次の瞬間には逆襲していた。イリスの目的はマイケルとの結婚阻止なんだから、相手が嫌がっているならそこを突いた方がいい。
「いや、これは失礼。野蛮というのは言い過ぎだった。荒事は苦手なものでね。だが、苦手だからこそ妻には自分の苦手な部分を補ってもらいたいというのはあるのだよ。君にはAランク冒険者としての実力と名声がある。詳細は秘密だそうだが、今は帝国の仕事もしているそうじゃないか。いや、実に立派なことだ」
イリスの指摘を受けると、急に態度を変えて貼り付けたような笑みを浮かべて持ち上げにかかるマイケル。怪しいな。こいつがイリスとの結婚を持ち出してきたのには、何か裏がありそうだ。
そんなマイケルに対して、渋い顔をしながら問いかけるイリス。
「それが目的なのかい?」
「貴族の結婚というのは、打算だよ。君のローザンヌ家だって、我がモートン家とつながりができれば直接的な財政支援だけでなく、交易や産業振興みたいな形の間接利益を得ることができるはずだ」
「随分はっきりと言うね」
呆れたように言うイリスに、マイケルは貼り付けたような笑みを変えずに答える。
「君の冒険者流に合わせてみたのだよ。貴族としては品が無い言い方かもしれないが、私もこと投資に関してはお上品に行ってはいないからね。うわべを取り繕っていては破滅する世界なのだよ」
「じゃあ、ボクの方も改めて言わせてもらうけど、君と結婚する気は無いよ。ボクが……好きなのは、リョウなんだからね」
一瞬「好き」の前で詰まるイリス。意外に正直なんだよなあ。でも、それだと見透かされるぞ。案の定、マイケルは目をギラリと光らせて、そこをツッコんできた。
「そこだ。もし、本当に君がそこのリョウ君のことを愛しているなら、私も身を引こう。だが、断りの口実にしているのだったら、諦める気は無い。だから、君たちに『舞踏会』に出てくれと言ったのだ。君は『武闘会』と誤解したようだがね」
「この場合は『ダンスパーティー』という解釈でいいのかな?」
「それで正しいとも。最初からそう言っておいた方が誤解を招かなかったな。ともかくも、だ。本来は私の君の婚約発表パーティーとするはずだったダンスパーティーがあるので、そこで君たちにダンスを披露して欲しいわけだ」
「ダンス……ね」
微妙に渋い顔になったイリス。何かワケありなんだろうか? ともかく、俺も当事者なんだから、ここで話に割り込もう。相手は貴族で、俺は一応まだ平民だから、言葉使いだけは丁寧にしておかないとな。
「ちょっとよろしいですか。条件はただダンスパーティーに出て俺たちがダンスを披露すればいいってわけじゃないでしょう?」
俺の質問を聞いたマイケルは、真面目な顔になってうなずきつつ答える。
「もちろんだ。そこで君たちが私や会場の人間を感嘆させるような息の合ったダンスを踊ってくれたら、私もローザンヌ君との結婚を諦めよう」
「判定基準が
個人の感覚による判定なんだから、どんなに上手く踊ったとしても「自分は認めない」と言い張ることができるんだし。
だが、マイケルは俺のツッコミを平然と肯定しながら答えた。
「それは認めよう。だが、要は私が納得できるかどうかということが問題なのだよ。ぜひとも、平和的な手段で私に君たちの愛情を納得させてくれたまえ」
そう言うと、俺たちにダンスパーティーの招待状を渡す。モーガン家とローザンヌ家の親族をメインに、両家と関係の深い貴族などが出席する「親睦舞踏会」とある。なるほど、婚約発表の場とする予定だったというのは本当らしい。
「わかりました。あなたに俺たちの愛をご覧に入れましょう」
俺は自信たっぷりに答えて見せた。実のところ余り自信は無いが、ここで弱気になってもしょうがない。演技と見抜けないようなラブラブダンスを見せてやるぜ!
「リョウ……」
……イリス、意外に演技力無いな。ここは心配そうな顔じゃなくて、俺を信頼してるって顔してくれなきゃ。
それを誤魔化すべく、俺は隣に座っていたイリスの肩をサッと抱き寄せて言った。
「大丈夫だ、俺に任せろ。社交ダンスなら習ったことがある」
「あ、え、そうなのかい?」
突然俺に抱き寄せられたのが恥ずかしかったのか、真っ赤になりながら尋ねるイリス。おう、怪我の功名だな。これは本当に惚れてるっぽい感じがする。
それを見たマイケルは、肩をすくませて言った。
「見せつけてくれるものだな。だが、ダンスでも納得させてくれたまえ」
そして、ニヤリと実に嫌な感じの笑みを浮かべるとソファから立ち上がって、別れの挨拶をして部屋――イリスの実家の応接間だ――を出て行った。何だ、あの顔は?
「リョウ……もう離してくれないかな」
「おう、悪い」
別れの挨拶を返すために一緒に立ち上がったものの、そのまま抱き寄せっぱなしだったんだ。すぐに離すと、一歩離れるイリス。普段の距離感はこんなモンだな。
「婚約者を偽装するんだから、このくらいは仕方ないけどさ」
「あんまり嫌うなよ。アイツよりはマシだろ?」
軽く口を尖らせて文句を言うイリスに、軽い調子で返す。
「まあね。相変わらずいけ好かないヤツだったよ。にしてもダンスか……やっぱり、アイツのねらいは嫌がらせだね」
吐き捨てるように言うイリス。
「ダンスは苦手なのか?」
思わず問い返した俺に、イリスは意外な答えを返してきた。
「それなんだけどね……実は学園祭のダンスパーティーでは二年連続で学生の人気投票の一位を取ったことはあるんだよ」
「何だ、むしろ得意なんじゃないか」
拍子抜けした俺に、イリスは暗い顔で首を横に振ると、話を続けた。
「ただね……そのとき踊ったのは、どちらもボクが男性パートだったんだよ」
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