第1話 誕生!新人ピンクライザー


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 お元気ですか、先輩。

 彼氏さんとは順調ですか。一人暮らしの準備はどうですか。大学生活は楽しみですか。


 わたしには、とても彼氏なんて作るヒマありません。

 せっかくの春休み、遊びたいざかりのわたしの前にあるのは、志望校C判定の高い壁。

 だけど、勉強しなきゃと思ってみても、とてもじゃないけど手に付きません。


 この街は、今日も怪人ツクモーガに襲われています。


 逃げまどう人達。鳴りやまないサイレン。怪人の前におどり出る五色ごしきの戦士。

 わらわらと繰り出される敵の戦闘員ザコたちを、次から次へと斬り裂いていく戦士達の太刀筋たちすじ


 テレビのニュースで何百回と見た、悪と正義の果てしない戦い。

 わたし達の子供の頃から繰り返されてきた、何も変わらないこの世界の日常。


 ただひとつだけ、これまでと違うのは――


 見慣れた五色の戦士のひとりが、今はということです。



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「来るぞ、ピンク!」


 ブルーの鋭い声が仮面マスクを通じて耳に響く。ゴーグル越しの視界に映るのは、ゴミ袋と段ボールを全身タイツに貼り付けたような敵の戦闘員ザコの姿。

 もとい、ほんの一週間ほど前まで、咲良さくらにとって確かにそれは「ザコ」だった。テレビのニュースの画面に映る、自分とは関わりのない戦場にうごめくザコだった。わらわらと怪人ツクモーガの周りにいてきては、戦士達の攻撃でいともたやすく倒されるザコだった。

 今の咲良にはそうではない。小さな棍棒こんぼうを振りまわし、ツッキー、ツッキーと甲高い声を上げて襲いかかってくるそれは――

 どこかの誰かが倒してくれるザコではなく、咲良が立ち向かわなければならない敵なのだ。


「ちょっ、えっ、やだ、無理無理!」

「何やってる、ピンク!」


 震える足で後ずさる咲良の前に、疾風一閃、ブルーのやいばが割って入る。塵芥ちりあくたに変わって砕けるザコ達に目をしばたき、咲良がブルーに顔を向ければ、青い背中はもうそこにない。


疾人はやと、ちょっとは気を遣ってあげなさいよ。あの子、新人なんだから」

「足引っ張られちゃたまらねえんすよ。ただでさえ、の不始末にイライラさせられてんのに」


 強化スーツのスカートをひるがえし剣を振るうイエローと、乱暴な怒りを剣閃に変えてザコにぶつけるブルーの掛け合いが、恐怖と混乱に飲み込まれそうな咲良の意識に遠く響く。


 ――無理だ。やっぱりわたしには無理だ――。


 不死鳥フェニックスの紋様をあしらったピンクライザーの仮面マスクの下で、おおとり咲良さくらは自分に戦士の使命を受け継がせた先輩への恨み言を何度も何度も呟いていた。


 先輩だって頑張って戦ってきたのはわかる。普通の女の子に戻りたかったのもわかる。

 だけど、だからって。

 大学に受かって彼氏が出来たからって、まるでバイトを辞めるみたいに簡単に戦士を辞めてしまうなんて。

 あまつさえ、部活の後輩のわたしにその使命を押し付けていくなんて――

 そんな勝手が、あっていいのだろうか!?


「ツッキー! ツッキー!」


 敵の声にハッとして、咲良が顔を上げた瞬間には、グリーンが投げた大振りな戦斧せんぷがザコの身体を背後から貫いていた。


「ひゃっ!」


 がきぃんと大きな音を立てて、グリーンの個人武器の斧が咲良の足元のアスファルトに突き刺さる。何体ものザコを素手でなぎ倒しながら咲良の傍らに来たグリーンが、仮面マスクの下でぐふっと嫌味に笑う。


「戦う気が無いなら隅っこで見ているですよ、咲良どの。トドメを刺す時だけ居てくれれば十分ですぞ」


 オタク特有の変な口調で発されたその言葉にも、咲良は何も言い返せない。

 というか、隅で見ていていいのなら喜んでそうしたい。立て続けに襲い来るザコ達に斧を振り下ろすグリーンの背中を見て、咲良がそんなことを思ったとき――


「何を言ってる、大地だいち!」


 激しく暑苦しいレッドの声が、敵どもの断末魔を巻き上げながら咲良達の傍に滑り込んできた。


「俺達は五人で戦う仲間じゃないか。今は不慣れでも、戦いを重ねれば咲良もきっと立派なピンクライザーになる。そうだよな、咲良!?」

「……はぁ」


 巨竜ドラゴンの意匠をいただく真紅の仮面マスクの奥に、気勢激しく熱を上げるの顔がはっきり見えた気がして、咲良は戦いの恐怖も忘れて小さく溜息をついた。


 レッドライザーは五人のリーダー。幻獣げんじゅう戦団せんだんアニマライザーを率いる不動のセンター。個性派揃いの面々を束ねて戦う、頼れる年長者――

 咲良はそう聞いているが。戦士を辞めた先輩も、他の三人もそう口を揃えるが。

 それでもやっぱり――

 やっぱりどう考えたって、のだ。


「ドラゴンブレイカー! ブレイジング・ブレイク!」


 レッドの構えた大振りの剣が炎をまとい、十数体の戦闘員の群れをまとめて打ち砕く。ブルーが、イエローが、グリーンが自然にそばに集まり、五人が揃って向かい合うのは手勢を失い慌てふためく怪人ツクモーガ


「ブルブル、おのれアニマライザー! こうなったら、このドローンツクモ様が直々に成敗してくれるブル!」

「それはこっちの台詞だ。行くぞ、皆!」


 赤き龍のつるぎ、ドラゴンブレイカーを振りかぶり、レッドが先陣切って突撃する。大斧を構えたグリーンがそれに続き、さらにブルーとイエローも剣を各々の個人武器に持ち替えて戦列に加わる。

 レッドのドラゴンブレイカーを片腕のプロペラ剣で受け流し、怪人ツクモーガが反撃する。ブルーのトンファーが、グリーンの斧が、イエローのドリル剣が、次々と敵の武器とぶつかり合って火花を散らす。

 咲良はその場に立ち尽くし、片手に握った共通武器の可変剣ライズカッターにふと目を落とした。自分にも個人武器があると聞いてはいるが、この剣ひとつ満足に振るえないのに、もっと高度な武器なんて扱えるはずがない。


「ブルブルブルゥゥ!!」


 その名の通りドローンをかたどった邪悪の怪人が、両手両足のプロペラを回して地上から浮き上がる。レッドの剣から振り出される炎を際どくかわし、低空を滑る怪人の突撃が四人の戦士を跳ね飛ばす。


「ぐわぁっ!」


 仲間の四人の悲痛な声と、うるさい羽音に負けずに響く敵の高笑い。

 剣を握る自分の手がカタカタと震えているのに咲良は気付いた。無理だ無理だ、絶対に無理だ。あんなバケモノとなんて戦えるわけがない。戦闘員のザコ相手にだって身体が動かなかったのに。

 だけど、そんな新人ピンクの心の叫びなんて、敵にも味方にも聞き入れてもらえるはずがなく――


「ブールブルブル! そこの桃色、お前もドローンツクモ様のプロペラ突撃の餌食だブル!」

「咲良! 恐れるな、勇気を武器に戦うんだ!」


 怪人の声とレッドの声が、同時に咲良の耳をつんざく。


「む、無理っ……!」


 後ずさると建物の外壁に背がぶつかった。敵の滑空突撃が眼前に迫る、その瞬間。


「トアァァッ!!」


 暑苦しい叫びとともに、音にも追いつく速さでレッドが宙を駆け、真紅の剣閃が咲良を守る壁と化して彼女の前に立ちはだかっていた。


「ブルゥッ! おのれぇ……!」


 咲良の前に割って入ったレッドの斬撃を受け、敵がよろめく。震えることしかできない咲良の視界の先で、その邪悪なシルエットが四肢を広げて高空へと舞い上がる。


「上空から根絶やしにしてやるブル! 喰らえぇぇ!!」

「咲良ッ!」


 レッドにいきなり手を引かれ、わけもわからず倒れ伏した直後には、敵の投下した爆弾が咲良のすぐ後ろで爆発していた。


「いやぁっ!」

「立て、咲良! 君にも活躍してもらうぞ!」

「はぁ!?」


 強化スーツのグローブ越しに咲良の手を握ったまま、レッドが上空の敵を見上げる。力強すぎる彼の腕に引かれるがまま、咲良はしびれそうな身体をなんとか立ち上がらせる。


「俺と君で奴を叩き落とすんだ、咲良!」

「な、なんでわたしなんですかっ!」

「見ての通り、敵が飛行タイプだからだ。不死鳥フェニックスのパワーを宿した君の力が必要なんだ。行くぞ!」


 ――はい?


 行くぞ、とレッドに手を引かれた瞬間、咲良の足は地面を離れ、その身体は見えない何かに押し上げられるように空へと舞い上がっていた。


「って、えぇぇええっ!」


 慌てふためく咲良の手を構わず引いて、レッドがさらに速度を上げる。仮面マスクのゴーグル越しに、咲良はかろうじて見た。彼の真紅の強化スーツの背中に、ドラゴンを思わせる巨大な光の翼が展開しているのを。

 そして、レッドは咲良を連れたまま空気を引き裂き、敵の姿を追って遥か上空へと飛翔していく。高度と速度がぐんぐんと増していく中、咲良は息もできずに滅茶苦茶にわめいていた。


「やだやだやだ、死ぬ! 死んじゃう! 下ろしてーっ!」

「大丈夫だ、咲良、いやピンクライザー! 君も飛べる! 君のスーツの特性は飛行能力なんだ!」

「知らないってば!」


 ふいにレッドが手を離した。落ちる、と思った瞬間、背中にかっと熱いエネルギーを感じた。

 翼が。不死鳥の力を宿した光の翼が、自分の背中に展開している――


「ウソでしょぉぉ!」

「さあ、目の前の敵を見ろ! 俺と君で奴を挟み撃ちにするんだ!」


 それからのことはよく覚えていない。レッドに言われるがまま、個人武器の鉄扇てっせんを構えさせられ――レッドに言われるがまま、敵の爆弾を避けながら音速を突っ切って飛び――レッドに言われるがまま、彼のドラゴンブレイカーと自分の鉄扇の挟み撃ち攻撃で、敵のプロペラを破壊して地上に叩き落とした――ような気がする。


 飛行能力を失って地に落ちた敵は、そのまま五人の合体武器の餌食となり――

 それから、数十メートルの大きさに巨大化して街で暴れる敵に対し、咲良はレッド達に言われるがまま幻聖獣げんせいじゅうライズフェニックスを呼び出し、なんやかんや巨大ロボットに合体して、壮絶に敵を撃破したような気がする。


 もう何も思い出したくない。もう何も考えたくない。

 戦いの後、某喫茶店の地下に設けられた秘密基地に帰還を果たしてからも、咲良はブリーフィングルームのテーブルに突っ伏し、自分の身に起こった現実を必死に頭から追い出そうと試みていた。

 こんなことを先輩はやっていたのか。こんなことを毎週のように……。


「咲良、聞いてるのか? 初変身ながら今日の君の活躍は見事だった。君は立派なアニマライザーの一員だ。これからも、力を合わせて五人で頑張ろう。……どうした、咲良、起きてるのか――」


 暑苦しいの声が頭の上から降ってくる。なぜか三十路にもなってまだヒーローをやっているという、歴戦のリーダーの暑苦しくて暑苦しい声が。

 テーブルに伏せていても微かに鼻腔に伝わってくる汗くささ。今の今まで戦っていたんだから仕方ないと思いながらも、なんだか、オジサンの加齢臭みたいなものが汗に混じっているみたいで。

 この人がせめてもっと若ければ……なんて思う余裕すら、疲れ果てた咲良の心には残されていなかった。


ほむらどの。拙者が見るに、この子、もって二ヶ月ですな」

「チッ。よりによって新入りがこんなヤツとはよ。ハルカの方がまだマシだったぜ」

「やめなさいって。アンタ達だって初めてアニマライザーになった時はこんなもんだったでしょ」

「聞き捨てなりませんな、光璃ひかりどの。拙者は加入の当初から正義の使命に燃えておりましたぞ」

「俺だって、コイツよりはちゃんと戦えてたっすよ」

「大差ないわよ。みんな最初は足が震えて戦えないのが当たり前。ちょっとずつ強くなっていくしかないの。ねえ、ほむら


 イエローの女性に話を振られ、暑苦しい三十路が「うむ」と暑苦しい返事をする。


「俺達は五人揃ってアニマライザーだ。常に堅い絆で結ばれてないといけない。というわけで、皆、今日はこれから、咲良の歓迎会に――」

「い、いいですいいです!」


 咲良はつい反射的に飛び起きてしまった。イエロー以下三人が目をぱちくりさせる中、レッドが一人「遠慮するな!」なんて言って指を差してくる。

 彫りの深い顔立ちに、太い眉、炎のように無造作にうねった黒髪。口元に目立つホウレイ線。無駄に力強い目つきで、無駄にまっすぐ咲良を見据えてくる、無駄に暑苦しいその表情。

 嫌と言っても到底許してくれなそうで、咲良はかくりと項垂うなだれた。



 先輩。先輩。お元気ですか。

 この環境に一年も耐えたなんて、先輩って、実ははがねのメンタルだったんですね。

 わたしは、ヒーロー初日でもう死にそうです。

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