ボーナストラック
序文
生まれて初めて僕は何処にも発表しない小説を書くことにした。
発表はしないというよりは、できないと言った方がより正確なのだろう。
ここ数年、ずっと公募小説に応募しては落選を繰り返してきた。
自分の書いた物語が本になり、沢山の人に読まれることを僕は夢見てきた。その夢のために僕は日々素敵な物語を空想し、それを文字へと落とし込んできた。
いまから書こうとしている物語は、空想ではない。
そして、素敵な話でも無い。
残念ながら。
残念ながら?
そう、残念ながら、だ。
今のところ。
この物語を人々が娯楽として受け入れてくれる世界を僕は夢想しているが、きっとそれはずっとずっと先のことになるだろう。もしかしたらずっと来ないのかも知れない。できるだけ早くそうなることを、僕は強く望んでいるのだけれど。
さて、どこから話そうか?
書かなければならないことは無限にある。
本当に。
書くべき情報が膨大で、何から書けば良いのか迷ってしまう。
何も僕は事を大げさに言っているわけじゃない。本当にそうなのだ。
だからといって時系列に沿ってすべての事柄を網羅しようとすると、この物語はとっても分厚くなってしまう。製本したときに人を殺せるぐらいの厚さになってしまう。そしてそれは読む人をきっと退屈させてしまうに違いない。
物語が物語である以上、それは面白くなければならない。
読者をドキドキさせなければならない。
次のページを捲るための高揚感がなければならない。
僕は考える。
最高の物語の冒頭を。
そして一人の男の顔が浮かぶ。
鍔の広い帽子を被り、真っ赤なストールを巻いた彼のことを思い出す。
彼は魔獣狩りであり、銃使いであり、格闘家であり、そして探偵だった。彼の挙動や言葉は少し芝居がかっていて、ある種の滑稽さをともなっていたが、それ以上にかっこよくも見えた。
いま思い出しても実に不思議な男だ。
ああそうか。
僕は気が付く。
この男に物語を語ってもらえばいいのだ、と。
そのことに気が付くと、物語の構想が驚くほどスムーズに出来上がった。いつも構想を練るのにあんなに苦労するというのに。
魔法のように綺麗に組み上がった構想を元に、僕はペンを握った。
まっさらな原稿用紙にペン先を落とす。
僕は綴る。
第一話の一行目。
まずは題名だ。
考えるまでもなかった。その男のことを思い出すだけで、その題名はもうすでに決まっていたかのようにそこに刻まれた。
『ジャム・ストライドは失敗らない』
これは物語だ。
最高に面白い物語だ。
心が躍り、ペン先が踊る。
僕は一つ大きな伸びをしてから、最高の物語の冒頭部分を綴り始めた。
銃拳使いと自動人形 齊藤 紅人 @redholic
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