第344話 思い出話(1)
爽太からの誘いで、もうしばらくおしゃべりを楽しむことにした緑依風は、彼と共にドーナツショップへと移動し、一番奥のソファー席に場所を取った。
爽太が先に席に戻り、緑依風も会計を済ませて席へ戻ると、彼のトレーに乗った物を見た途端、「ちょっと!」と笑い声を上げる。
「ドーナツも飲み物も丸被りじゃん!」
緑依風がテーブルに自分のトレーを置くと、二人共アイスコーヒーにオールドファッションドーナツという、飲み物も食べ物も全く同じ物が向かい合わせになった。
「別に真似したわけじゃないよ。ここに来るといつもこれなんだ」
「え~っ、私もだよ……」
緑依風が紙おしぼりで手を拭いていると、「松山さんと二人で話すって、久しぶりだな~」と爽太が言った。
「互いに今は相手がいるから、あんまり良くないとは思うけどね……。そういえば、前に日下と話したのって、風麻と亜梨明ちゃんのことで悩んでた時だっけ……」
四月の放課後。
風麻とケンカをして泣いていた緑依風に、爽太が声を掛けた。
そして、二人で中庭の石段に並んで座って、お互いの恋の悩みを打ち明け合ったのだ。
それ以前にも、一年の時は一緒に学級委員長を務め、委員会に二人で出席したり、相談し合ったりと、もっと仲良くなるきっかけはたくさんあったはずなのに、緑依風は『亜梨明の想い人』だからと、爽太に必要以上に話しかけることはしないようにしていたし、爽太も緑依風のことは、『亜梨明と風麻の親友』という意識の方が強くて、間に二人がいないと緑依風と何を話せばいいのか、特に話題が思いつかなかったのだ。
「松山さんとこうやっておしゃべりするのはあんまり無かったけど、風麻や亜梨明から話はいっぱい聞いてるから、松山さんがどんな子なのかってのは、結構知ってるよ!」
「えっ、なんか変なこと聞いてないよね!?」
緑依風がギョッとした顔になって言うと、爽太は意味深な笑みを浮かべて、「う~ん……まぁ、それは秘密にしておく」と言って、半分に割ったドーナツにかぶりついた。
「んも~っ、あの二人何言ったのぉ~っ!」
緑依風が天井に向かって小さく叫ぶと、爽太は「あははっ」と彼女の反応を面白がるように笑って、指に付いた食べかすをトレーの上で払う。
「そう、それでさ……僕って松山さんのことは色々聞いてるけど、風麻の昔の話はあまり知らないなって気付いてさ」
「風麻の?」
「うん、それから空上さんのことも……。松山さんと風麻と空上さんとは、一年から一緒に遊ぶことも多かったし、相楽さんや亜梨明も含めたみんなと、これからも仲良くしたいって思ったら、昔のことも知りたくなって……」
「うーん、昔の話かぁ~……」
緑依風はアイスコーヒーをひと口飲むと、「どこから話せばいい?小学校から?」と聞いた。
「それはもちろん、松山さんと風麻の出会いから!」
「出会いかぁ~……」
爽太の要望に応えるべく、緑依風は腕を組みながら遠い日の記憶を蘇らせる。
*
今から約十一年前――。
もみじが赤く染まっていた秋の日。
これまで賃貸マンションの小さな一室で暮らしていた緑依風は、「今日からここに住むんだよ」と言われた新しい家の大きさに驚き、たくさんの引っ越し業者の人達に驚き、知らない景色と環境に不安を感じていた。
人見知りが激しく、緊張しっぱなしだった緑依風は、やっと引っ越し業者の人達が帰ったことに安心していたが、今度は「お隣さんに挨拶に行くよ」と手を引かれ、両親と幼い千草と共に隣に立つ家へ向かった。
北斗がインターホンのベルを押すと、「はーい」と、女の人の明るい声が聞こえた。
「今日から隣に越して来ました、松山といいます。ご挨拶に伺いました」
北斗がマイクに向かって名乗ると、開かれたドアからは、小さな男の子を二人連れた夫婦が現れた。
「うちも、三か月前に引っ越ししてきたばかりなんですよ~!」
細身で、硬く真っ直ぐな髪質の女性――伊織が、ニコニコとしながら言うと、「お子さんはおいくつですか?」と、伊織の隣でぷくぷくほっぺの男の子を抱っこする男性――和麻が、緑依風と千草を交互に見つめた。
「上の子は三歳で、下の子はこの間一歳になりました」
葉子が、自分の脚にぴったりくっついたままの緑依風の頭に手を添えながら答えると、「おっ!じゃあ、どちらもうちのと一緒ですね!」と、和麻が嬉しそうにニカーっと歯を見せる。
「よかったね風麻。同い年のお友達初めてだもんね!」
伊織がそう言って、横に立っていた風麻に話しかけると、彼は葉子の脚に半身を隠す緑依風にとことこと近付いて来た。
「…………!」
緑依風は、知らない子が向かって来ることに緊張し、母を盾にしてぐるぐると逃げ回って、風麻から距離を取ろうとするが、先回りした風麻とぱちっと目が合い、動けなくなってしまう。
じーっと、まんまるな目で見つめられ、母に助けを求める気持ちでズボンをキュッと掴むと、「ぼく、ふうま。おなまえは?」と、風麻が自己紹介をした。
「りいふ……」
緑依風が心臓をドキドキとさせたまま、自分の名を名乗ると、風麻の手がそっと緑依風の目の前に伸びてきた。
「りいふちゃん、よろしくね!」
まるで大輪の花のように、ぱあっと元気な笑顔を咲かせた風麻に、緑依風はゆっくりと、恐る恐る手を前に出す。
すると、風麻の方からぎゅっと緑依風の手を握り締め、「えへへ」と、新しい友達ができたことを喜ぶ声が漏れた。
風麻の柔らかな手から伝わる温かさと、無邪気な笑顔を見て、彼が優しい人だとわかると、緑依風の緊張は一気に
「ふうまくん、よろしくね!」
これが、風麻と出会って最初の思い出だった。
その日から、緑依風と風麻は毎日のように一緒に遊んだ。
両親達も、隣人というだけでなく、同い年の子供を持ったという共通点から仲良くなり、どちらかが子供達を公園に遊びに連れて行く時には互いに声を掛け合い、父親同士の休みの日が被ればホームパーティーをしたり、庭先や秋山公園でバーベキューをして過ごすこともあった。
風麻のわんぱく坊主っぷりは昔からで、『ヒーローごっこ』と称して揺れるブランコから飛び降りようとしたり、木によじ登ったり、ジャングルジムのてっぺんで仁王立ちをしたりと、危ないことばかり挑戦しては、伊織にしょっちゅう叱られていた。
しかし、幼い緑依風の目には、臆病な自分に真似できないことに挑み続ける風麻の姿はとてもかっこよく見えていたし、やんちゃでも心根が優しい彼と過ごす時間が、楽しくて大好きだった。
*
「へぇ〜……そういうところは昔から変わらないんだ?」
爽太は感心しながら、ストローでアイスコーヒーをかき混ぜた。
「そ!戦隊ヒーローのごっこ遊びの時は、いつもリーダーをやりたがっててね。名乗りとポーズを決めるためだけに高い所に登って行って……そんで、一回腕骨折したこともあったなぁ~……」
さすがにあの時は、ちょっとやそっとの怪我じゃ泣かない風麻も大泣きし、しばらくは大人しくしていたが、骨がくっつけばまた木登りをしようとしたため、伊織が「ホンマにええ加減にせぇよ!」と、緑依風が聞き慣れない言葉で叱っていたのを覚えている。
「……それで?松山さんはいつから風麻のこと、好きになったの?」
「えっ!?それ聞きたい……?」
緑依風が恥ずかしさから表情を歪めると、爽太は「うん、すっごく!」と、からかうような笑みを浮かべて頷く。
「風麻から聞いてないの?」
「少し聞いたけど、松山さん目線でも知りたいな!」
「うぅ~っ……」
爽太にワクワクした顔で見つめられると、緑依風は呻きながら横髪を耳の後ろに掛け、あの夏の出来事を語り始めた。
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