第320話 旧友(前編)
参拝を済ませた六人は、大勢の人々が並び歩く道を、ぶつからないよう注意しながら下り、元来た広い道に出る。
広いと言っても、今日は六人と同じく初詣に来た人で賑わって、どこを歩いても狭く感じるが、その両サイドにある屋台を目にした風麻と星華は、キランと瞳を輝かせると、これこそが本命と言わんばかりに、気分を高揚させた。
「綿菓子!りんご飴!フランクフルト!」
「唐揚げ!串焼き!たこせん!」
まるで合言葉のように屋台の食べ物の名前を叫び、小走りで目的の食べ物を買いに行く風麻と星華。
そしてそれを緑依風と奏音は呆れたように眺め、「今年も変わらなくて安心するね〜」「ホント、最高学年になるのにそれっぽくない」と笑っていた。
「はぁ~っ、迷っちゃう~!」
屋台の食べ物にあまり馴染みが無い亜梨明は、遠くからいろんなお店の文字を見ながら、何を食べるか悩んでいる。
「フライドポテト、いろんな味があって美味しそう……!でも、ポテトってお腹に溜まるし、ハンバーガー屋さんに行けばいつでも食べれるし……今日じゃないと食べれないやつにしようかなぁ……」
亜梨明がお財布の中身と、自分の胃袋と相談しながら、ブツブツ独り言を呟いていると、「じゃあ、ポテト割り勘で半分こして食べよう」と、爽太が言った。
「えっ?」
「シェアして食べたら、他の物もたくさん食べられるでしょ?」
爽太が提案すると、「でも、そしたら爽ちゃんが食べたい物お腹に入らなくなっちゃうよ?」と、亜梨明が申し訳なさそうに眉を下げる。
彼は育ち盛りの中二男子の割には小食で、その日のコンディションによっては、女の子の緑依風や奏音よりも少ない量で満腹になってしまう。
「それなら、代わりにたこ焼き食べるの手伝ってくれる?」
「たこ焼き?」
「うん、一人で全部食べると多いし、後でクレープも食べたいんだよね」
爽太がクレープを食べ歩く人に視線を移しながら言うと、「うん!私もたこ焼きとクレープ食べたいって思ってたの!」と亜梨明は頷き、「あと、いちご飴も!」と、少し離れた屋台を指差した。
「よし!じゃあ食べたいやつ全部買いに行こう!……相楽さん達は?」
爽太が亜梨明と手を繋ぎながら聞く。
「私達は、星華達が戻ってきたら買いに行こうかな?」
奏音が言うと、「ここじゃ通行人の邪魔になるから、あっちの木の下で待ち合わせしよう」と、緑依風が大きな杉の木を待ち合わせ場所に指定した。
「行ってくるね~!」
亜梨明が奏音と緑依風に手を振ると、爽太も彼女と繋いでいる方と反対側の手を軽く振り、そのまま仲良く人混みの中に入っていった。
「日下、冬休み前とちょっと雰囲気変わった?」
緑依風が、亜梨明と楽しそうに歩く爽太の背を見つめながら言う。
「変わったって?」
奏音が首を傾け、緑依風に振り向いた。
「前は、私達がすぐそばにいるところで、亜梨明ちゃんと手を繋いで見せたりしなかったし、特に奏音の前ではしないようにしてたっていうか……まぁ、恥ずかしかったんだろうけど……」
繋ぎ歩く姿こそたまに見かけていたが、それは緑依風や風麻達と少し距離が離れた場所だったり、別れ際に背を向けた時など、そうする状況を分けているような気がしていた。
それがさっきは、緑依風と奏音が目の前にいる時でも躊躇せず、亜梨明の手を取った。
屋台に向かう際も、爽太の方から亜梨明をリードして連れ出すような、今まで緑依風が見て来た彼の姿よりも強気に感じられて、不思議に思っていると、「あぁ、多分彼氏としての自信が前よりついたのかもね~」と、奏音が手を後ろに回して組みながら言う。
奏音はそのまま、亜梨明から聞いた、二人のクリスマスデートでの話を緑依風に聞かせた。
「――そっかぁ、キスできたんだね!」
緑依風が、自分のことのように嬉しい気持ちになっていると、「も~、星華んちから帰って来てから大喜びで報告してきてさ~!」と、目をキラッキラに光らせて語る亜梨明を思い出す。
「デートのこととか、日下が言ってくれたことだとか、その後日下んちでご馳走食べたハナシを延々と聞かされて……まぁ、それだけあいつのこと大好きなんだろうけど……」
奏音はそう言いかけたところで小さくため息をつき、「ねぇ、緑依風」と背の高い友人を軽く見上げた。
「高校、日下の志望校と同じとこ行く予定って、前に話してたよね?」
「えっ……?ま、まぁ……本当にそうなるかわからないけど、候補の一つかな?」
緑依風としては、彼の志望校である春ヶ﨑高校に自分の意思で行きたいわけではないので、曖昧な返事をすると、「もし亜梨明も一緒に受かったら、高校でも友達でいてあげてね」と、笑顔だが寂し気な声で奏音は言った。
「えっ?それってどういう……?奏音は?亜梨明ちゃんと同じ高校に行かないの?」
「うーん……そりゃもちろん、亜梨明と一緒に行ければいいけど、現実的になって考えると、自分の頭よりレベルの高いとこって、強い目標が無いと難しいでしょ?亜梨明が受かっても、私は落ちる……とか」
「そんなの、私だってそうなるかもしれないじゃん……!」
緑依風が言うと、奏音は「まぁね」と言った後、「でも、私より可能性は低いよ」と視線を靴先に移す。
「去年までは、私があの子のそばにずっとついててあげなきゃって思ってたけど、今は日下がいる……でも、日下には話せないこととか、日下のことで亜梨明が悩んだ時に、二人のことをよく知っていて、すぐ話ができる相手が、やっぱり必要だと思うの。亜梨明は日下のために、これから勉強めちゃくちゃ頑張るだろうし、期末も良い点取ってたでしょ?――私がそばにいられない時、緑依風にその役目を頼みたくて……」
「奏音……」
「亜梨明は多分、女の子の友達で一番緑依風のことを信頼してる!同じ恋する者同士だったし、今もこの中で二人だけが彼氏持ちだしね!」
「…………」
奏音が亜梨明のことをどれほど大切に想っているか、緑依風は良く知っている。
彼女が、自分の代わりを頼みたいと思う程信頼してくれているのは、親友として素直に嬉しいが――。
「私、奏音とも一緒に同じ高校行きたいよ……っ」
あと一年と数か月後には、奏音と――星華とも離れ離れになるかもしれない。
そのことを想像した途端、急に寂しくなってしまった緑依風は目を潤ませ、声を震わせる。
「あ、ごめんごめん!まだわかんないし、私も勉強もっと真剣にやるからさ!」
突然泣き出してしまった緑依風に、奏音が慌てた様子で取り繕っていると、両手に食べ物を持って戻ってきた風麻と星華が、「なんだ!?」「どしたの!?」と二人を交互に見ながら、緑依風が泣いている理由を問いただすのだった。
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