第11話 クロマティー道場名物、ヨガキャノン
合宿所のグラウンドに立っていた少女は、ミリタリーロリータを着ていた。
瞑想室の巨大スクリーンに、少女がアップで映し出される。
ダブルのボタンに引き締まったウエスト、広がりすぎていないスカート。僕も昔ネットで見たことがある、ATELIERT BOZのワンピースだ。首元には落ち着いた赤のリボンがひらめいている。色白で小さな顔に乗せた、ウェリントンタイプの黒縁メガネが光っていた。
少女は右手に銃を持っていた。昔サバイバルゲームをやっているので知っている。ドイツ軍が使っている、G36というアサルトライフルのコンパクトカスタムだ。
少女はしばらく直立していたが、銃を構え合宿所に発射した。半透明のマガジンからBB弾が見えている。最初は実銃だと思っていたが、エアガンのようだ。
さすがにエアガンで特攻は無茶だろう、そう思った時、合宿所に植えられている木から火の手が上がった。同時に、壁の破片が飛び散るのが見えた。エアガンでは到底開けられないような穴が合宿所の壁に開き、亀裂が走っている。
その間に、スクリーンに大小様々なカーソルが現れていた。少女を分析しているようだ。カーソルの動きが止まった後、瞑想室のスピーカーから慌てた声が入る。
「パターン赤!火力強化型です!」
「使徒ですか!?」
幸いまだ負傷者は出ていない。これは職員を避難させたほうが良いのではと思ったが、当の職員達は逃げることもなく、何故か結跏趺坐の姿勢で座り始めた。
少女の銃撃は続いているが、そのままスクリーンを眺めていると、数十人の瞑想する職員からもやのようなものが出てきた。もやは形を整え、職員の前で壁となった。少女が発射した弾が壁に弾き返される。
「これがヨガよ。でもこのままじゃいつまで持つか分からないわね。ちょっと手伝ってくれる?」
「勿論、戦います。」
「はいにゃ♪」
テンテンが返事をし、集中に入る。一呼吸置いて、僕達は合宿所の広場に移動した。
少女が気づき、こちらを向く。眼鏡の奥の眼が光り、舌なめずりをした。
すぐに銃を肩に当て、こちらに撃ってくる。姿勢を変える度にスカートがふわりとひらめく。
思わず眼を閉じてしまったが、銃撃と同時に莉羅が防壁を張り、弾を防いでくれていた。それでも弾の威力は凄まじく、半透明の防壁に当たる度にそれを白く変色させ、同時に空気が振動する。
「ボーッとしてないで攻撃しなさいよ!」
莉羅から檄が飛ぶ。瞑想室で第三の眼が開いた感覚と、あの夜にビームを発射した感覚を思い出してみる。呼吸を落ち着けて、額からエネルギーが出る感覚をイメージして……。
――シュッ。
「あっ、出た。」
紫色の光が額からほとばしる。あの夜ほどではないものの、ビームを出すことに成功した。よし、とばかり2発目、3発目と少女を狙ってビームを発射する。ビームは少女に向かって飛んでいったものの、弾丸に打ち消された。
「ええっ、打ち消せるのか!」
「ちょっと考えがあるの。あっちの山のほうにあの子を誘導してもらえない?」
くろまさんが合宿所の背後にある山を指差す。ところどころ木が生えた砂地が見え、ゆるやかに頂上へ続いている。
テンテンと莉羅が頷いた。僕も頷くと、テンテンが集中を初め、視界が暗くなる。
息が詰まる感覚があり、一瞬置いて体が合宿所の裏手に移動した。
ロリータ少女から見えるよう、三人で山を登る。足元に砂地を感じる。
遠目に見ていると、少女はこちらに気付いたのか、体を僕達のほうに向けた。
すぐに走ってくるかと思いきや、少女は動かない。少女まで150mといったところだろうか。
動かないうちに走って山を登る。戦いは上にいるほうが有利だ。
再び少女を見ると、彼女は中腰の姿勢になっていた。しかも、どこから持ってきたのか、太い筒のようなものを肩に構えている。あれはどこかで見たような……背筋を寒いものが走る。
「伏せて!莉羅、防壁!」
危険を直感し、防御態勢に入る。ボシュッ!という音が遠くからしたのと同じタイミングで、防壁を爆炎が覆った。壁を越えて衝撃が体に走り、とっさに耳を塞いだ指をねじ開けるように音波が入ってくる。ロケットランチャーだ。何てもの持ってるんだ、しかもこっちは本物か。キーンという耳鳴りと体の痛みに耐えながら二人を見る。莉羅は耳を押さえてうずくまり、テンテンはショックで気を失っている。
「二人とも!しっかり!」
二人を揺するが起き上がる様子はない。莉羅の集中が切れたためか、防壁が薄くなっていく。防壁越しに、銃を持った少女がこちらに走ってくるのが見えた。少女は合宿所の敷地に入り、建物の間から銃を構えた。
今はとにかく撃たれるより先に撃つしかない、そう思い少女に向かってビームを放つ。少女は銃で応戦する。これを10分ほど続けただろうか、攻撃には精神力を使うらしく、次第に意識が朦朧としてきた。このままではビームを放てなくなる、そう思った時、合宿所のスピーカーからくろまさんの声がした。
「待たせたわね!」
ふと少女の背後を見ると、百人ほどの白い服を着た職員が結跏趺坐になり……空中に浮いていた。
空中浮揚した職員は大きな輪を描いており、輪は回転している。その脇にくろまさんがいた。輪の中には紫色のもやのようなものが渦巻き、稲妻が走っている。
「クロマティー道場名物!
輪の中から巨大な光線が発射される。その向き先は……少女ではなく僕だった。
「えっ、僕!?」
状況を解釈する間もなく、僕は紫色の光に覆われた。
◇
――気づくと意識が宇宙に行っていた。
僕の意識は宇宙を旅していた。古代の宇宙にいる感覚があった。
僕は遥か彼方の銀河にいた。ある星を宇宙から眺めていると、宇宙人が出発するのが見えた。
金髪碧眼の宇宙人達はUFOで地球にやってきて……自分達のクローンを作った。
そのクローンが地球人となり、何度も文明を発展させるのが見えた。しかし、その度に汚れたものと交わり文明は滅びた……洪水、火山の噴火、海底への沈没。だがその度に次の段階の人類が生まれた。そして今の文明ももうすぐ……。
◇
猛烈な熱さを感じ眼を開ける。
眼の前には襲撃してきた少女と、空中に浮かぶ結跏趺坐の職員たちが見える。
長い旅をしたように感じたが、実際には一瞬だったらしい。
あの紫色の光線で何かが目覚めたのだろうか、体にエネルギーが満ち溢れているのを感じる。エネルギーが体の下から突き上げ、額に集まるのを感じる。
僕は両目を閉じ、第三の眼で少女を見た。少女は銃を構え、連射を続けているが、弾丸が一つ一つゆっくりと飛んできているように見える。全ての光景がスローモーションになっている。もしかして、ゾーンと呼ばれる状態だろうか?人は極限の集中状態になった時、音が聞こえなくなったり、視界から色が消えたり、周囲の動きがゆっくり見えたりすると聞いたことがある。
その不思議な感覚を味わいながら、僕は行き場のないエネルギーが第三の眼から放たれるのをイメージした。
イメージが明確になった瞬間、額が熱くなるのを感じた。続いて地響きが起こる。僕の第三の眼から、身長と同じくらいの幅がある紫色のビームが少女めがけて飛んでいた。まるで体中の血液が逆流したような感覚が続き、鼻血が出そうになる。
少女は一瞬横に避けたが、ビームが体をかすめた。直撃はしなかったが威力は及んだらしく、服が破れ下着が露出する。彼女は傷を負った左肩を押さえてうずくまっていたが、右手を高く掲げ、何かを呟いていた。
遠くからだったが、何故か僕には直感的に何と言っているか分かった。
「ベントラー」
そう少女は言っていた。
すると、瞬時に東の空が光り、UFOが現れた。銀色に輝く、いわゆるアダムスキー型そのままの形だ。UFOは少女を回収すると、空高く飛び立ち、すぐに見えなくなった。
少女をかすめたビームは合宿所のグラウンドに直径2mほどの大穴を開けた。大穴からは、お湯が噴き出していた。温泉だった。
ノストラダムスの子どもたち 青山済 @caffelover
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