第61話 Re:いつの間にか遊び人生活


 ヤバい。これはヤバイ。

 

 女賢者から目線を逸らすタイミングを完全に失った俺は、目をクワッ!と見開きながらヤバいヤバいを頭の中で繰り返す。どうしよう。

 

 これがごく普通の一般人であれば、まだシレッと視線を戻せたのだろうが、なにしろ相手は薬物、酒、ギャンブル中毒という最悪の依存症コンボを決めた、世界最強クラスの実力を持つ賢者だ。

 目線を外したら何をされるか分からない不安と、もし仮に何かされた場合は間違いなく俺は死ぬであろうという恐怖で、さっき食べた日替わりランチが喉の奥から込み上げてくる。

 

 しかし、そんな吐き気を催すほどの恐怖に襲われている俺のことなど向こうは眼中に無いようで、女賢者はさっきまで爺さんが座ってた俺の隣の席に腰掛けた。

 

 あぁ……なるほど、見てたのは俺じゃなくて、俺の隣の席だったのね。

 

 何事もなかったというホッとした安堵と、隣に座ったことでさらに危険度が増したという不安がどっと押し寄せ、一瞬脳がフリーズしかける。

 

 だが、今はそんな場合ではない。

 

 ここでしっかりと、俺達が探していた女賢者なのかを確かめねばならない。じゃなきゃ俺たち、この町に何しに来たか分かんなくなっちゃうからね。

 そんなわけで、俺はひと呼吸の間を空け気持ちを落ち着かせた後、勇気を振り絞って話しかけた。

 

 「あ、あの、すみません!ちょっとよろしいでしょうか!?」

 

 テンパり気味の俺は無駄に大きい声で問いかける。

 それに対し、俺達が探している賢者と思わしき女性は、

 

 「あ?」

 

 と一言だけ発した。

 

 たった一言だけだったのだが、これを受けた俺は蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまった。そして分かった。分かってしまった。

 今の『あ?』には、僅かながら殺気が込められていた。

 

 ……これまでに数多の敵と戦ってきた中で、いつの間にか俺の中に眠っていた第六感的な部分が研ぎ澄まされてきたのだろう。

 けど、殺気がどうとかこんなの分からない方が絶対良いに決まってる。

 だって、殺気やらなんやらを察知したところで、俺の胃腸と精神にストレスという名の急激な負荷が掛かるだけだもん。

 出来るなら第六感ではなく、特殊能力とか魔法とかが欲しいんだけども。

 

 しかし、いくらこんなことを考えても状況が好転する訳では無い。

 俺は腹を括り、「もうこれ以上は出せねぇ!これが俺のフルパワーだ!」ってくらい、ありったけのコミュニケーション能力と勇気を振り絞ってそれをぶつけた!

 

 「失礼しました。私は魔王を倒すために旅をしている勇者の山田太郎という者です。そして私の横に座っている2人が、私の『魔王討伐』という目標に協力してくれている仲間たちです。実は私たち、この町に非常に強力な力を持った女性の賢者がいるという話を聞いてこの町に来まして、その中で色々と情報を集めた結果――」

 

 俺がとりあえず簡単な説明をし、さらに言葉を続けようとしたその時。

 

 「――単刀直入に言えよ」

 

 「あひん」

 

 女賢者の威圧感たっぷりの一言と、それにビビった俺の漏れ出た喘ぎ声で場の空気が凍りつくのがハッキリと分かった。

 

 だ……だが!こんなことで挫けてはいられないッ!

 

 「あ……あなたはァ!賢者ですかァ!!!?」

 

 「うるさいっ!!声の大きさを考えろ!」

 

 「賢者ですかぁ!!!!」

 

 「わーった!わーった!そうだよ!私は賢者だし、あんたらが探してる奴は多分私だよ!ほら、これでいいか?」

 

 半分ヤケクソで聞いてみたが、ちゃんと話を聞いてみると意外や意外、マジで俺たちが探してる賢者らしかった。あと、名前も渋々といった表情で「ダリル」とボソッと教えてくれた。


 まぁ、そこからなんやかんやがあって、とりあえず普通に話をしてもらえるくらいまでには打ち解けた。

 

 そう、『なんやかんや』あったんです。一旦ここは俺のコミュニケーション能力のおかげ、としておこう。

 

 てなわけで、今は彼女――ダリルが何故ここまで荒んだ生活を送るようになったのかを……聞くのは流石に失礼だと思ってその部分には触れていないのだが、彼女自らが話し始めたので、それならと時折質問しながら話を聞いている。

 

 「――私はね、元々は遊び人だったのよ。そこから割と地位もある賢者って職に転職(ジョブチェンジ)したんだが、ずーっと続けてきた遊び人生活をたかが転職したくらいでやめられるわけねぇじゃん?まぁ、そんなわけでさ。気が付いたら賢者のまま遊び人に戻っちゃってた」

 

 「やっぱり遊び人からじゃないと賢者にはなれないんですかね?」

 

 俺は素朴な疑問をぶつけた。

 実はとある冒険物のRPGの……というか、もう名前を伏せるのも面倒臭いので出しちゃうと、ドラゴンクエストのことなんだけど、あの作品でも『遊び人』と『賢者』という職業があった。

 遊び人は非常に弱い上に命令にも従わないような職業なのだが、レベルを一定まで上げると『賢者』というめちゃくちゃ強い職業に転職できるようになるのだ。しかも、賢者への転職は『遊び人』だけができるものとなっている。

 

 ……そんなことがふと、俺の頭をよぎったので試しに聞いてみたのだ。

 

 そしたら、

 

 「いや別に?気が付いたら最弱職の遊び人になってただけだよ。それからしばらくは遊び人生活をエンジョイしてたんだけど、マジで金も何もなくなってさー!そんな時に『賢者』の噂を聞いたんだ」

 

 「噂……ですか?」

 

 「賢者になれば後の人生は遊んで暮らせるって。それを聞いて賢者になってみたんだけどさ……話と全然違うわけよ!ほんでそれから色々あって、今は『賢者』の肩書きブラつかせながらこの街でこれまで通りの遊び人生活よ!」

 

 「少し前までは国の中で1番強い賢者だったと聞きましたけど……」

 

 ヴェルデがおずおずと尋ねる。

 

 「あ?……ああ、それね。あれは酒の力でなんとかしてたってだけ」

 

 「酒の他に薬物も使ってんだろ?」

 

 デイモスは全く物怖じすることなく、思い切りの火の玉ストレートを繰り出した。

 

 「あぁ、使ったよ。でも、薬物は使った後にちゃんと『神の祝福』で全身を浄化してるから大丈夫なの。……ここらへんで出回ってる薬物とか、大抵のもんは浄化できるんだけど、どういうわけか酒には効かないんだよねぇ。だからさ、最近はベロベロに酔うぐらいまで飲みはしないな。適量飲酒よ、適量飲酒。……ま、本当は賢者、酒飲んじゃダメらしいんだけどね!アーハッハッハッハッハ!!!」

 

 そういってダリルは豪快に笑った。その笑い方は完全に俺のイメージする山賊そのもの。

 そして、気になるワードが彼女の口から出た。

 

 「……賢者は、魔法のことを『神の祝福』って呼ぶんですか?」

 

 以前の話だがデイモスから、魔法が使えるようになる際の不思議な感覚を『神の祝福』と呼称する人達がいるらしいという話を聞いた。

 大した問題ではないと思うかもしれないが、意外とこういう伝統に関わるようなところに魔法を使うヒントが隠されてたりするもんだ!

 

 ……俺はマジで魔法が使えるようになりたいんで、そこら辺の努力は惜しまない。

 

 しかし、何故かダリルはポカンとした表情になり、しばらくしてポンと手を叩いた。

 

 「あぁそっか!『神の祝福』って呼ぶ人、賢者と僧侶くらいだもんな!すっかり忘れてたわ!」

 

 「…………」

 

 まあ、こんなことだろうとは思った。

 

 いつまでも長々と話をしているわけにもいかないんで、そろそろ本題に入ることにする。

 

 「それで本題に入るんですがね?実は私たち、魔王を倒すために旅をしておりまして――」

 

 「それはヤダ。その流れってあれでしょ?『俺と一緒に旅をしないか?(キリッ)』みたいなやつでしょ?ダルいダルい、私はそういう面倒なことはしない主義なの~。魔王を倒す?いや、無理っしょ。無理無理。……用事ってもしかしてそれだけ?だったら私、もう帰るわ」

 

 「あ、あの!ちょっと待っ――」

 

 「まだ勧誘を続けるってんならさ、また明日ここに来なよ。話くらいは聞いてやるからさ」

 

 そういってダリルは本当にサッサと帰ってしまった。

 

 その背中が見えなくなると、俺たち3人は真ん丸に開いた目をパチクリと瞬きさせながら、ゆっくりと顔を見合わせたのだった。

 

 

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