第52話 勇者なのにスライムにすら勝てない件


 「というわけで、太郎が具体的にどのくらい弱いのかヴェルデも分かったと思う。こんな感じで、戦力には全く数えられない」

 

 デイモスが放った火の玉ストレートが、俺のガラスの心を粉砕していく。

 

 「よし、じゃあ新しく作った魔法の実験ついでに、私の実力を改めて見せるね!」

 

 嬉しそうにそう話すヴェルデ。

 それはちょっと気になるな……と、砕け散ったガラスのハートなど一瞬で忘れた俺は、ヴェルデの戦いをワクワクしながら待つ。

 

 以前、ヴェルデが見せた魔法は『水とパンを合体させ栗まんじゅうに変化させる』ものと『物理攻撃の当たり判定がアベコベになる』という、口に出してみても本当に意味不明な魔法だった。

 しかし今、ここには水もパンもない。

 であれば一体どんな魔法を使ってモンスターを倒すのか。もしかしたら普通に強い魔法も使えるんじゃないか!?と期待がいっそう膨らむ。

 

 そんな事を考えていると、とうとうヴェルデは右手をスライムの方向に突き出し、手のひらを向けた。

 そして、何を言っているのかまではわからなかったが、ヴェルデはブツブツと呪文を唱えはじめ、赤色の魔法陣がスライムを中心に展開された。

 

 ……けど、気になる事がひとつある。

 それは、魔法陣が俺達の足元のすぐそばまで展開されている事だ。

 

 「おい、やばいってこれは!!範囲デカすぎだろ!すぐここまで魔法陣広がってんじゃん!あのちっこいスライム狙うのにどんだけデカいの魔法陣作ってんの!?いや凄いけど!凄いかっこいいし、凄い興奮するけれども!流石に危なくないか?!」

 

 不安と期待がごちゃ混ぜになったカオスな感情丸出しの悲痛な声で叫ぶ俺に、ヴェルデは空いている左手の親指をグッを立てる。

 

 「大丈夫!この魔法は魔法陣の範囲から外には一切出ないようになってるの!魔法陣の中に入らなければ絶対安全だよ!」

 

 ヴェルデがやけに自信満々に言うので、俺も「そこまでいうなら……」と若干の不安はあるが、ここは信じて魔法の発動をワクワクして待つことにした。

 

 ヴェルデは真剣な表情でスライムを見つめながらすうと息を吸い込み、そして一気に解き放った。

 

 「――『チャッカス』ッッッ!!」

 

 そう言った瞬間、どこかから「ボッ」とガスコンロに点火した時のような、そんな音が鳴った。

 

 ……それ以外に変化は特にない。

 

 目の前のスライムは今も何事も無かったかのように、感情を感じさせない無表情でこちらを見つめている。

 

 何が起こったか全く分からない俺とデイモスは、互いに顔を見合わせ不思議そうに首を傾げる。

 

 「……あ、あのー……ヴェルデさん?」

 

 俺は恐る恐るヴェルデの様子を伺うと、小さくガッツポーズをしているのが見えた。

 余計に混乱する俺たち。それに畳み掛けるようにヴェルデが、

 

 「よし成功!」

 

 こちらを振り返って、嬉しそうに笑いながらそういった。

 

 「これ成功したのか?失敗じゃなくて?」

 

 俺が考えてたことと全く同じことを、デイモスがポカンとした表情で訊いてくれた。……自分じゃ分からないけど、多分今の俺もあんな感じで間抜けヅラになってると思う。

 すると、ヴェルデはスライムから若干離れた地面を指差した。

 

 よーく目を凝らして見てみると、雑草に混ざって百円ライター程度のちっちゃい火がゆらゆらと揺れていた。

 

 しばしの沈黙の後、俺はスライムを指差しながら徐に口を開く。

 

 「モンスターはあっちなんだが」

 

 これに対するヴェルデの答えは、

 

 「私のオリジナル魔法『チャッカス』は、魔法陣の範囲内にランダムで炎が出現して相手を焼き尽くすって効果なの」

 

 「…………要するに、攻撃が当たるかどうかは運次第ってこと?」

 

 俺がそう言うと、ヴェルデはにっこり笑って無言で頷いた。

 なにわろてんねん、気でも狂っとんか?という辛辣な言葉が喉まで出かかったが、ギリギリで堪えて別の問いを投げかける。

 

 「せめてあの火の威力を上げたりできない?あれじゃあ100円ライターとかチャッカマンと火力的に変わらないんだけども」

 

 これにもヴェルデは表情を変えずに、無言で首を横に振った。

 

 ……………………。

 

 何故か俺はこのタイミングで、前に聞いたある話を思い出していた。

 

 『戦闘において数々の未知な魔法を使って敵と味方を混乱に陥れた、戦闘において手段は一切選ばない残虐非道なサイコパス魔法使い』。……人々からそう噂され、『最狂の魔法使い』と呼ばれた彼女、それがヴェルデだった。

 

 最初はそれを聞いてクソほどビビってたが、今はほとんど何も感じない。それは恐らくその噂が、ある意味正解であり、ある意味間違っているという事実を知ったからだろう。

 

 ヴェルデは自分で作ったオリジナルの魔法を使って戦う。これを傍から見れば確かに未知の魔法と感じるのだろう。

 

 そして、その魔法を使って敵味方を混乱に陥れた、という。

 ……そりゃあ、敵の事を無限に分裂を繰り返す栗まんじゅうにしたり、百円ライター程度の火力しか持たない炎をランダムでどこかに発生させるという使いどころが皆目見当つかない魔法を使うんだもん。敵も味方も混乱するに決まってるわな。

 

 それに今までずっと気にしないようにしていたんだが、何故かさっきもぎ取ったバッタ型モンスターの腕を紐で結んで肩にかけているのだ。

 パッと見、どえらい奇抜なワンショルダーバッグに見えないこともないが、そんなのを平然と身に着けている辺り、控えめに言っても頭がおかしいと思う。

 サイコパスという括りに、この奇行が含まれているのかは知らないが、以前にもこれと似た何かをやらかしたのだろう。結果、噂がひとり歩きし始め、事実が歪曲して伝わっていったのだろうとは察しがついた。

 

 まぁ、そんなこんなでほぼ戦力外が2名いるこのパーティー。

 正直、スライムごときにこのザマではマジでやばいんじゃないかと思ったその時、デイモスが目で追いきれないほどのスピードでスライムに急接近し、拳による攻撃を一撃叩き込んだ。

 すると、今まで何をしても平気なツラしてポヨポヨしてたあのスライムが、たった一撃食らっただけで呆気なく爆発四散した。

 

 突然のことにあ然とする俺とヴェルデに対し、デイモスはこちらにゆっくりと振り向いて抑揚のない声で

 

 「……スライムも倒せねぇのは冗談抜きで本当にマズいぞ」

 

 と言い放った。

 

 ………………うん、知ってる。

 

 俺は静かにその言葉を噛み締めて、ゆっくりと頷いた。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 「マジでデイモスがいなかったら多分ここまで来る途中で死んでたな。しかも、下手したらスライムに殺されてた」

 

 「だろうな」

 

 「まだあの魔法は改良する必要が……ブツブツ……」

 

 そんな話をしながら一本道をテクテクと歩く。スライムとの死闘を何とかくぐり抜けた俺達は、目的地の町へと向かっているところだ。

 

 それにしても、と背中に背負った巨大なスプレー缶をチラリと見ながら言葉を続ける。

 

 「この殺虫スプレー、結局あれから全然使ってねぇや。捨てるにはもったいないし、かといってこんなのを使う状況なんてそうそう無いし。どうすっかなぁ……もうすぐ町が見えてくるってのに……ん?」

 

 「なんだ、またモンスターでも襲ってきたか?」

 

 デイモスが笑いながらそういった。

 

 「違うって。ほら、あれ見てみろよ。あの町、ちょっとおかしくないか?」

 

 そう言って俺が指差した先には、もうもうと複数の黒煙が立ち上る町があった。

 

 

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