第41話 ハロウィンと秋のパン祭り

 

 俺はたくさんの通信機材が整然と並べられた通信室、その中央にある椅子に腰掛けて設置された正面の大型モニターを真っ直ぐに見つめる。


 今、この通信室にいるのは俺一人だ。

 他の人達は別室で待機しているが、モニターに映る映像は共有している。

 しかし今のところ、その画面には何も映ってはおらず暗いままだ。俺はモニター上部に取り付けられた通信用のカメラと、暗い画面を交互に見つめた。


 今は部屋全体がしんと静まり返っているが、直にこの静寂も終わりを迎える。俺はその時が来るのを、体勢を変えずにじっと待ち構えた。


 ――それから数分後、とうとうその時は訪れた。


「ハルマ電波塔からの通信を確認!映像、映ります!」


 隊員のアナウンスが部屋に取り付けられたスピーカーから流れる。その瞬間、モニターから砂嵐とノイズが発せられた。

 しかしすぐにそれらは止まり、代わりに1度見たら忘れられないあの真ん丸な顔面が画面いっぱいに映し出される。


「――おっ、映った映った!……やあ、はじめまして!君が勇者だね!ボクは魔王軍最高幹部のアンパン魔人だよ……って、別に改めて言う必要は無いか。どうせ知ってるだろうしね」


 アンパン魔人はニッコリと、だがどこかゾッとするような狂気を内包した笑みを浮かべながらそう言った。


「あぁ、あんなにご丁寧な自己紹介されたら嫌でもお前の顔は忘れらんねぇよ」


「あははは!嬉しいなぁ!そう言ってもらえるとこっちも貴重な手札を使ってまで、あんな茶番をしたかいがあったってもんだよ!……そんな事よりも、君の名前をボクに教えてもらえるかな?」


 アンパン魔人は惨たらしいあの残酷な所業を『茶番』呼ばわりし、挙句にまるで楽しい話を聞かせるように笑いながら語っている。

 さらに、その話はついでと言わんばかりの態度で、アンパン魔人は俺の名前を尋ねてきた。


 俺は頭の血管がプッチンしそうなのを堪えながら、冷静に対応する事を心掛けて話をする。


「俺は山田太郎だ。お前らの探しているドラゴンとドラゴンゾンビを倒した勇者はこの俺だよ」


「へぇー、ヤマダタロウ君か。……それよりも君のそのマスクは何?もしかして仮装パーティーでも開いてる最中だったのかなぁ?」


 予想通りアンパン魔人の注意が、俺の身に着けているハロウィンマスクにいった。

 この可能性も予想はしていたとはいえ、もしここでマスクを外すことになったら非常に困る。この後の作戦を大きく加筆修正しなければならなくなってしまう。

 俺は焦る気持ちをグッと押さえつけ、身振り手振りを使ったアクションを交えながら話をする。


「おっ、惜しい。残念ながら仮装パーティーではないな。けど案外いい線いってるぜ?このマスクはお前のアンパン頭を断頭してみんなに振る舞うっていう祭りで身に着ける正装だからよ。その名も『ヤマダ秋のパン祭り』ってな。……そんでせっかく気合入れて待ってたのに、全く来る気配がねぇんだからなぁ!?」


 何とかここから話を戻そうと、アンパン魔人が外に出てこなかった事にも、少々無理やりな形ではあるが触れていく。

 しかし、当のアンパン魔人はすっとぼけた表情で腕を組んで首を捻った。


「……ボクはそんな名前の祭りがあるなんて聞いたことがないなぁ。まぁ、そんなのはどうでもいいからさ、取りなよ。そのマスク。そういえば広場にいた時もマスク付けてたよね?実は電波塔から君の姿がちょうど見えたんだよ!ボクに君の顔を見せてくれないか?」


 はい、いきなりきた、最初の難関。

 やっぱり今の話程度じゃ話を逸らすのは無理だったかぁ。

 マスクに隠れていたから良かったものの、俺はショックのあまりマスクの下で白目を剥いていた。

 だが、なんとかギリギリのところでその感情の動揺を外に出さずに済んだのはグッジョブ!と自分自身を褒めてやりたい。


「あぁ、そうかよ。……ちょうどいいや、このマスクと絡めてそろそろ本題に入ることにしよう」


 自分のマスクを指差しながら、なるべく声色を一定に保ったままで語り始める。


「まずは最初にはっきり言わせてもらうが、俺はマスクを取らねぇ。どうしても確認したいというのなら、俺から直接剥ぎ取ればいいだけじゃないか。俺はそれを含めて、わざわざ交渉を行える機会をお前に与えたんだぜ?『中央広場で直接会おう』っつってな。……しかし、お前はそれを拒否したよな。何か来られない理由でもあったのか?例えばだが、天気が悪いから外に出たくない、とかか?」


 ここではじめてアンパン魔人の不快な笑みを――一瞬ではあるが――確かに曇らせることが出来た。

 この反応を見て俺の中のある可能性は、より一層確信へと近付いた。

 俺はニヤける口元をマスクで隠したままふんと鼻を鳴らし、椅子の肘置きに肘を置いて頬杖をついた。


「まあいいさ。それじゃあもう一度だけ、お前らにチャンスをやろう。俺のマスクを取る機会、そして俺を殺す機会だ。……どうせお前らにはそれすらも、ただのオマケに過ぎないんだろうけどな」


 俺は嘲るような声色で冷たく言い放ち、モニターを真っ直ぐに見やりながら右手の人差し指を天井に向けてピンと立てる。

 その動作から一拍の合間を挟んで、俺はこう言った。


「……こっちは一人だ。一人でその電波塔の正面から乗り込んでやる。もし倒すことができればお前らの言い分は全部聞いてやるよ」


 俺はそう言い切り、後はアンパン魔人の返答をじっくりと待つ。しかし、アンパン魔人は平然とした変わらぬ表情のまま、目だけを僅かに細めた。

 そして次の瞬間、アンパンは吐息を吐くと同時にこう言い放った。


「……君の言いたかったことはそれで全部かな?」


「なっ……!」


 思わず動揺してしまった俺を他所に、アンパンは変わらぬ態度のまま続ける。


「それじゃあ次はこちら側の要求を言わせてもらうね。ボク達の要求は1つだけ、勇者の……君の首を渡して欲しいんだ。そうすれば人質は全員解放してあげるよ。けど、もし渡してくれないのであれば――」


 そこまでアンパン魔人が話したところで、俺はそれを遮った。


「――おいおいおい!!お前はまだ自分が置かれた立場ってものを分かってないみたいだな!お前らは人質を既に1人殺してんだ。それもあんなに惨たらしく、まるでなんてことでもないようにな。……分かるか?この件では『人質が死亡』っつー事実がもう出来上がってんだよ!そんな奴が『人質を解放だ』なんて条件を出しても、こっちはそれをすんなり言葉通りに受け取れるのかって事だ」


 これを受けて、僅かにだが口元を引きつらせたアンパン魔人はまた何かを言おうとする。


「……まさか君、ここにいる人質ごとボク達を――」


 しかし、俺は再びそれを遮る形となって話を始めた。


「――おっと!悪いけど、ぶっ飛んだ事は言わないでくれよ?……俺だって一応、血の通った人間だぜ?街一つ軽く吹き飛ばす威力の新型兵器をそこに投入したり、人質の生命を犠牲にしてでも強行突入したり、討伐隊の全ての魔法使いにその建物を一斉攻撃させたり……なんて選択肢があったとしても、マトモな人間だったら使おうなんざ考えねぇだろうさ」


 これは俺の紛れもない本音だった。

 しかし、どうやらアンパン魔人はそうは捉えていないように感じる。何となく、俺が話した瞬間の雰囲気とか表情とかの諸々を見てそう思った。

 ……考え方がフワフワしてるのはいつも通りだから、あまり深く考えてはならない。


「勘違いしてもらっちゃ困るが、俺は至ってまともだからな?何の罪もない大勢の人達を犠牲にしてもいい、なんて馬鹿みたいな考えはこれっぽっちも持っちゃいねぇよ」


 俺が真剣な表情で――マスクで隠れてるけど――そう伝えると、アンパン魔人は何故か狂ったような笑みと笑い声を上げた。


「アッハハハハハハ!!……ボクが言うのもなんだけどさ、君イカれてるよ。少なくともマトモじゃないね。どちらかというと君はこっち側だと思うよ」


「あぁ、そうかよ。もう何とでも呼べばいいさ。……それじゃ最後に、もう一度だけ取引と行こう。こちら側はたった一人で真正面からそっちに向かう。たった一人だ。そんで、倒せればお前らの勝ちだ。その後でマスクなりなんなり取ればいい。これだとお前らは無駄に手札を切らずに済むし、お前らの提示した条件も達成される。……どうだ?悪い条件じゃないと思うんだがなぁ?」


 こうは言ってみるが、恐らくこいつはまだ食い下がってくるだろう。次にどう仕掛けてくるのか、俺はマスクの下に隠れた表情を尋常じゃないくらい歪めながら、必死に相手の数手先を読もうとする。

 しかし、俺のその予想は呆気なく外れることとなった。


「――うん、それでいいや。それじゃあ、なるべく早く来てね〜!あんまり遅いと人質で遊んじゃうかも知れないからね〜!」


 アンパン魔人が笑顔でこちらに手を振る映像が流れたのを最後に、画面はプッツリと途切れた。


「……………えっ?」


 予想外のことに拍子抜けし、脳が急停止する俺。

 しかし、俺だって伊達に何度も思考が停止してるわけじゃないからねぇ!今回は気合いで気持ちを奮い立たせ、瞬時に復活を果たす。

 そうして俺はすぐさま椅子から立ち上がり、皆が集まっている部屋へと向かった。


 

 ◆◆◆◆


 

 部屋に入ると皆がこちらに視線を向けていた。ここで俺はマスクを外し、皆の顔を見回しながら話す。


「現状は今みんなも見てくれたとおりだ。電波塔での戦いとなる。作戦は変更せずに、事前に立てた作戦通りで行こう」


 皆は真剣な表情でこくりと頷いた。

 それを確認した俺は一呼吸を置いた後、落ち着いた口調で話をし始める。


「ここからが正念場だ。今回の目的を成し遂げるには、ここにいる全員の協力が必要不可欠なんだ。ひとつ間違えば人質の命も俺達の命も、そして人類の未来も終わる事になるだろう。……こんな状況の時くらい『勇者の俺に全部任せておけ!』……なんて言えたらいいんだが、俺はそんな大層なことを言えるような、ましてやその称号に相応しいような特別な人間じゃないんだ。それどころか俺はこの場にいる誰よりもずっと弱い。1人では何も出来ないほどにな」


 俺は一瞬顔を俯かせるが、先ほどよりも強い決意を込めて顔を上げる。


「……だけど、俺は死ぬつもりは毛頭ないし、これ以上誰一人として死なせるつもりもない!そのために考えうる最善を全力で尽くしてきた!そしてそれは、これからも変わらない!」


 感情を漲らせ血走った目をこれでもかと見開き、拳を震えるほど固く握りながら俺は叫んだ。


「奴らの計画を含めた全てを完膚なきまでに叩き潰すッ!」

 

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