第40話 誰だって得意不得意はある


 俺は横殴りの激しい雨の中、仁王立ちで電波塔を真っ直ぐに見据えたまま正面広場に1人で立っていた。

 

 しかし、ただ普通に立っているわけではない。

 俺はここで『勇者公園』に戻る前に買っていた頭部をすっぽりと覆う白のハロウィンマスクを被り、そしてその状態のまま仁王立ちを行なっている。

 

 ……仮装大会ですね、分かります。どえらい刃渡りの洋包丁でも持ってれば完璧だったな。

 そもそもこの世界にハロウィンは存在するのか?

 

 ……なんて冗談はさておき、実はこんな格好をしているのには色々と理由があるんです。

 例えば顔を見られないようにするためとか、今後の作戦に関わってくる事が色々とね。

 

 そんなわけで俺はかれこれ1時間、ここでそんな格好で立ってます。

 ………おい誰だ!今『ぼっ立ちモブNPC』って言った奴!的確すぎて何も言い返せないでしょうが!

 

 だが、残念ながらここはゲームの世界じゃないし、俺は感情や体調も変化するただの人間なので、この雨の中でつっ立ってるのもそろそろキツい。

 

 このままだと、間違いなく後で体調不良でぶっ倒れる。

 

 それに、雨に打たれているせいで段々と体温が低下してきているのが分かる。遠くから見ていれば一見何ともなさそうに見えるだろうが、実はさっきから全身がすっごく細かく震えてるんだよ。

 ごっつプルプルやで、マジで。

 

 自分からは見えないが俺の唇も今、相当やばい事になってると思う。チアノーゼで俺の唇がとんでもない色になってる気がしてならない。

 

 そんな感じで襲いかかってくる寒さをしばらく耐えていると、少し遠くから不意に声が聞こえてきた。

 

 「勇者様ー!至急、拠点内に戻ってください!【貧困】がテレビ電話を通して直接コンタクトを取ってきました!」

 

 振り向くと討伐隊の隊員がこちらに駆け寄りながら、必死にそう叫んでいた。

 それを確認した俺は

 

 「待ってましたァ!!」

 

 と、手を叩きガッツポーズを決めて、拠点へと全力疾走で戻ったのだった。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 「………コヒュー……コヒュー……ようやく……着いた……」

 

 俺は膝に手を付いて、全身真っ黒のマスクとビームサーベルが特徴的なあの人みたいな呼吸音を響かせながら呟いた。

 ……まぁ、今被ってるのは黒じゃなくて白いマスクなんだけども。

 

 運動不足の奴がいきなり全力疾走しちゃダメだな。いま俺、普通に死にそう。電波塔からテントまでって、こんなに距離あったんだっけか。

 マスクを脱いで必死に呼吸を繰り返しながら、そんなことを考える。

 

 すると、さっき呼びに来てくれた討伐隊の隊員が「こちらです」と案内をしてくれた。

 誘導されるままにしばらく歩くと、ひとつの扉の前に着いた。

 

 「勇者様はこちらの部屋で少しの間ですが休んでいてください。しばらくすれば隊長が迎えに来ますので」

 

 隊員は俺にそれだけを伝えると、ペコリと一礼をして今来た道を引き返していった。

 

 扉を開けると、その部屋の中にはデイモスとヴェルデが待っていた。

 

 拠点に戻ってきて早々に肩で息をしている俺を見てデイモスは、

 「流石に体力無さすぎじゃねぇか?」

 とヘラヘラ笑いながら、部屋にあったソファにどっかりと腰掛けていた。

 ……いつかこいつの眉間を拳銃でぶち抜いてみよう。

 

 しかし、ヴェルデは心配そうな表情で、俺の傍まで寄って背中をさすってくれた。

 

 「大丈夫ですか?あまりにも辛いのであれば私が回復魔法をかけましょうか?」

 

 あぁ^〜、ヴェルデは優しいなぁ^〜。

 どこかのゾンビとはえらい違いだ。是非とも爪の垢を煎じて飲ませてやりた……

 

 と、ここで俺はあることに気付いた。

 

 ……ん?『回復魔法』?……回復魔法!?

 

 「マジでか!!ヴェルデ、回復魔法使えるんか!?」

 

 俺は血走った目を見開いて勢いよくヴェルデに問いかける。

 それに対しヴェルデは満面の笑みを浮かべながら、自信たっぷりに胸を反らせた。

 

 「もちろん!これでも一応、魔法使いですからね!」

 

 マジか!回復魔法とかめちゃくちゃ重要な役割じゃん!魔法使いすげぇ!

 それに、この世界に来てから初めて回復魔法が見れるわけか!いやぁ、ワクワクするなぁ!?

 

 「そ、それじゃあ、早速お願いしますッ!」

 

 俺は両腕をウキウキと動かしながら、期待感MAXのままで待機する。

 

 ヴェルデは両手のひらを俺に向けて、目を閉じた。

 おぉ……!!構え方がすごいそれっぽい!!

 

 「『サナンド』ッ!」

 

 ヴェルデが魔法を唱えた瞬間、俺の身体が一瞬淡い緑色に光った。

 

 「すげぇ!!身体が光ったぞ!!…………ん?あれ、終わり?」

 

 「はい、終わりましたよ!……どうですか?」

 

 『どうですか』と言われたけれど、正直なところ何かが変わったり回復した感じはない。

 事実、身体の疲労感は全く抜けていない。むしろ、回復魔法が見れる事に興奮して騒ぎすぎたせいでさっきよりしんどい。

 けど、せっかく魔法を使ってもらったんだし……。

 

 「…………うん、なんかさっきよりは良くなったような気がするよ。ありがとう」

 

 「本当!?やったー!成功したー!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいるヴェルデが発した「成功した」という言葉に、俺の耳と危機察知の本能がビクリと反応する。

 

 「……もしかして今、俺を魔法の実験台にしましたか……?」

 

 外れていてくれと思いながら、俺は震える声でそう尋ねた。

 

 しかし、ヴェルデは何故か動きを止めてこちらを見ようとしない。

 

 「あ、あははは!そんなわけないじゃないですかぁ〜!私の回復魔法の成功率は常に100%ですよ!」

 

 「うん、まずは俺の目を見て話そうか」

 

 俺が真剣に問い詰めると、ヴェルデはとんでもない事をカミングアウトした。

 

 「すみません……。実は私、回復魔法が苦手で……今まで成功したことないんです……」

 

 それを聞いた俺は思わず膝から崩れ落ちた。

 デイモスはそんな俺を見て、アハアハと呑気に笑ってる。ちくしょう。

 

 「勘弁してくれよ……。けどさ、たとえ失敗したとしても俺に何か症状が出たりとかって事は別にないんだよな?」

 

 俺が問い詰めるとヴェルデはとんでもない事をカミングアウトした。

 

 「それは大丈夫だと思います!多分!……今のところ亡くなった人はいないので」

 

 「えっ、ちょっ、最後の方で俺の耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んできたんだが。おいやべーよ。これ絶対ヤバいパターンだよ。どうしよう――」

 

 「――けど、タロウ。お前は良くなったような気がしたんだろ?なら大丈夫だ!良かったな、タロウ!」

 

 デイモスが邪悪な笑みを浮かべて余計な事をほざきながら、俺の肩にポンと手を置いた。

 明らかにこれは確信犯だ。

 こいつは回復魔法が失敗した事を分かった上で、俺がさっき苦し紛れに「なんか良くなってる気がする〜」っつったのをイジってきてやがる。

 ……せめて顔の表情くらいは隠す努力をしようや。考えてることが全部表情に丸出しだぞ。

 

 「うるせぇ!その口にファスナー縫い付けんぞ!お前をカネゴ○にしてやろうか?」

 

 ギャーギャーとやかましく騒ぐ俺に対し、2人は冷ややかな目線を向けていた。

 ……え、ちょっと待って。なんでそんな急に冷めたの?お前らも今まで騒いでたじゃん!これじゃあ1人で騒いでる俺だけ馬鹿みたいじゃん!


 そんなこんなで、俺がひとしきり騒いだ後は疲れてソファにどっかりと腰掛け、手足を投げ出して全体重をソファに預ける。

 丁度そのタイミングで、隊長が扉を開けて部屋へ入ってきた。

 

 隊長は部屋に入ってくるなり、1度深く頭を下げた。

 

 「勇者様、行ったり来たりと不必要な負担をかけてしまい申し訳ありません。しかし……先ほど勇者様が仰られていた通りの展開になりましたので、指示通り呼び戻させていただきました。……まさか本当に通信機器を利用した交渉を持ちかけてくるとは……」

 

 「あ、あぁ……コヒュー……」

 

 まだ何とも戦っていないのにも関わらず既に息も絶え絶えな俺は、明らかに気を使ってくれてそこに触れない隊長の優しさに涙が出そうになった。

 

 隊長は続ける。

 

 「確かに【貧困】が勇者様とテレビ電話を通して話したいと要求してくる可能性は我々も多少は考えておりました。……しかし、わざわざ直接会って話す事が出来る機会を捨ててまで、【貧困】が画面越しでの交渉を強く求めてくる理由が分からないのです。外という開けた場所と、この雨の視界の悪さを利用した罠の可能性を警戒しているのかとも考えたのですが……」

 

 そう言った隊長は俯き、うーんと唸りながら考え込む。

 俺は隊長のそんな様子を見て腰掛けていたソファから「よっこいしょ」と声を出して立ち上がる。

 

 「それも少しはあるだろうな。……なんせ俺はドラゴンとドラゴンゾンビを倒した勇者として魔王軍には認識されてるわけだから、実力が未知数の相手に必要以上の警戒を置いていてもおかしくはない。……だが、大きな理由は他にある」

 

 「それは一体……?」

 

 「しかるべき時がきたらちゃんと言うさ。……さぁ、そろそろ直接対決と行こうか。部屋まで案内を頼む」


俺はそう言いながら、さっき脱いだマスクを再び被り直す。

準備が出来た事を確認した隊長は、俺達の目を見た後大きく頷いた。

 

 「分かりました。では、向かいましょう――」

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