第36話 狡猾

 

 ――ここは電波塔のすぐ側、今回発生した事件の解決にあたる討伐隊の本部として仮設置されたテントの中である。

 当然、本部として設置したテントなだけに広さは十分で、机や椅子など作戦会議に用いる道具を中に入れても数十人は入るほどだ。


 そして現に今、このテントの中にはこの地方を管轄とする魔王軍第五討伐隊、その隊内の小隊長クラスの者達が全員集まっている。

 その中でも一際存在感を放つスキンヘッドの大男……第五討伐隊の隊長が、現時点で把握出来ている情報を共有し終えると、椅子に腰掛けながら彼らの顔を見回した。


「……以上だ。他に何かある奴はいるか」


「では、私からひとつ」


 一人の男が挙手をして立ち上がる。


「ん、副隊長か。何か気になる事が?」


「ええ。実は少々まずい事になっているかも知れませんので、全員の耳に入れておいた方が良いかと思いまして」


 副隊長と呼ばれた、切れ長の目とそれに掛けた眼鏡が特徴的な男がそう答える。


「分かった。では、話してくれ」


 合図を受けた副隊長はコクリと頷き、話を始めた。


「さて、今回の事件の首謀者と見られる魔王軍最高幹部の【貧困】。彼は大胆にも公共の電波を司る『ハルマ電波塔』をジャックし、その電波を用いて人質の処刑を放送するという残虐な手段を取りました。我々はこれを『要求を通りやすくするため』と推測しておりました」


「あぁ、そうだな。なんとも卑劣愚劣極まりない考えだと改めて思う」


 隊長はふぅと重い溜息をつき、頭を抱えた。

 周りにいる者達も同様の感情を抱いていたのだろう、表情がこれまで以上の曇りをみせた。

 しかし副隊長は表情をピクリとも動かさない。


「……隊長。確かにそう感じてしまうのも分かります。しかし敵は、我々の想像よりも遥かに狡猾である可能性があります」


「……どういう事だ」


「私個人としても【貧困】のあの映像の意味を、討伐隊や王国、そして人類軍への挑発を兼ねた要求だと認識しておりました。すると、ひとつの疑問が浮かび上がります。それは『何故、わざわざ公共の電波を使用したのか』という事。あの施設の設備であれば、直接本部と通信を行うことも可能であるにも関わらず、です」


「…………まさか」


 数秒の思慮の後、隊長の顔が一気に青ざめる。それを見て副隊長はコクリと頷く。


「恐らく奴等の目的は、『勇者』でも我々でもなく『民衆の世論操作』です。そしてこの推測が正しいのであれば、今はそのシナリオ通りに進んでいる状況です」


「あの『衝撃的な映像を放送した魔王軍』ではなく『今回の残忍な事件を未然に防ぐことが出来なかった人類軍』に批判が集中しています。その影響の為、マスコミや民衆が人類軍の各拠点に殺到、現時点で正常に機能しているのは恐らく我々、第五討伐隊のみです」


「これらの事を総合すると」と前置きをして、副隊長は言葉を続ける。


「奴等は世間の『反人類軍』感情を煽り、討伐隊を含めた人類軍の信用を地に落とす。そうして内側から崩し、我々が疲弊しきったところで完全に潰すつもりである可能性が高い、と考えられます。今事件は早急に解決せねばならない事案です。下手をすれば……我々はここで詰みます」


 ここまで淡々と話していた副隊長だったが、最後の方は声が震えていた。……それが『怒り』なのか『恐怖』なのか、どういった感情によるものなのかまでを窺い知ることは出来ない。


「うむ。であれば、まずは『勇者』とやらを探し出すところからだが……記憶が正しければ、ドッデ村で起こった事件の報告に『勇者』とやらがいた、という記述は無かったはず。そして奴等が言っていた『隠蔽』とはどういう事なのか……」


 隊長を含めた全員が考え込んでいるように俯き、室内がしんと静まりかえる。

 しばらくの間、静寂が彼らを包み込んでいたが、それは不意に破られる事になった。


「――話は聞かせてもらった。どうやらお困りのようだな」


 扉の向こうから隊長以下全員の全く聞き覚えのない男の声が聞こえてくる。


「だっ、誰だ!」


 小隊長の誰かが叫んだ。

 それに反応したように、外にいた人物がテントの出入口の布をめくり中に入ってくる。

 人数は男が2人と女性が1人、計3人だ。誰も反応が無い事から、討伐隊の誰とも面識がないことは察せられる。

 無言で彼等を見つめる第五討伐隊員。

 すると、スーツ姿のごくごく平凡そうな男が室内をゆっくりと一瞥し、口を開いた。


「『誰だ』だと?……そうです、私がへ……『勇者』です」

 

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