第35話 外道に堕ちる。復讐の為に。


 『――竜王ドラグノフ、そしてドラゴンゾンビを倒した『勇者』とやらを連れてきてくれないかな?』


 アンパン魔人とかいうどこからどう見ても、『あれ』にしか見えない魔王軍の最高幹部とやらがそう言った。


 驚愕の表情を浮かべてお互いに顔を見合わせる俺とデイモス。

 アンパン魔人は言葉を続ける。


「ボク達だって馬鹿じゃないんだ。いくら隠蔽してても魔王軍の様々な情報網を駆使すれば、このくらいはすぐに分かるよ。……それでなんだけどね、このお願いには制限時間を設けさせてもらうよ。とは言っても、別に何時までにとかってものじゃないよ?ボクが指定するのは――」


 ニヤリと邪悪に笑みを浮かべたアンパン魔人は、言葉に一瞬の間を空ける。


「――ここにいる人質達が全員死んだらって事にするね。ちなみに、殺すのはボクの気分次第なんでなるべく急いだ方がいいんじゃない?まぁ、こっちに人質がいる事は討伐隊程度でも既に把握出来ているだろうけどね。……おそらく今頃は、討伐隊の諸君が人質の救出作戦でも企て始める頃かな?だが、そんな事は考えない方がいいよ。何故ならば無理に助けようとすると……」


 アンパン魔人は何かを言いかけたが、その途中で画面外にフレームアウトしていった。

 しばらくするとニヤニヤと笑うアンパン魔人と、酷く怯えた表情のスーツ姿の女性が画面に姿を見せた。恐らくはあの電波塔で働いている職員だろうか。


 その女性を横に立たせたアンパン魔人。

 彼の右手にはどこから取り出したのか、刃渡り20センチほどもあるであろう大きなナイフが握られていた。

 まさかと思った次の瞬間、魔王軍幹部はそのナイフを女性の首に思い切り突き立てた。


 

 ――衝撃的な映像を見た事によるショックのせいなのだろう、そこから先の記憶がいまいちハッキリしない。

 ただ、その後にあの魔王軍の幹部が笑いながら放った言葉だけが頭の中に響く。


「――こうしてボクが全員を殺しちゃうから。人質をこれ以上殺されたくなかったら早く『勇者』を連れてきた方がいいと思うよ。それじゃあ、またね」


 その言葉を最後に、それ以上大型ビジョンに何かが映ることはなかった。


 映像が流れない事を確認した俺は、目的地へ向けて無言で歩き始める。

 しかし、すぐにデイモスが俺の肩を痛みを感じるほど強く掴んできた。


「……太郎!何処に行くつもりだ!」


 無表情で振り返った俺は抑揚のない声で答えた。


「討伐隊に名乗り出てくる」


「無茶に決まってんだろ!魔法も何も出来ないお前が行ったところで何が出来るってんだ!アッサリ殺されるのがオチだ!」


 デイモスが悲鳴のような声で切実に訴える。

 その後ろではヴェルデが困惑した表情で俺とデイモスを見つめていた。

 俺は二人の顔を交互に見る。


「……死ぬつもりなんかサラサラねぇよ。俺は死にたくねぇ。絶対に死にたくねぇ。けど……誰かの生命を踏み台に生き残るなんて、俺はそれだけはゴメンなんだよ。助けられる生命が目の前にあるのなら俺は絶対に見捨てない」


 そして俺は顔を俯かせた。


「……お前の言う通り、俺は何にも出来ねぇ。所詮、赤ん坊以下の力しかない男だ。自分の身すら守れない俺が『人を救う』なんて、ちゃんちゃらおかしい事だってのは俺が一番分かってるつもりだ」


「だったら!…………ッ!?」


 デイモスは何かを言いかけたが、スっと上げた俺の顔を見た瞬間、彼は息を呑んでその先の言葉を途切れさせる。

 俺は殺意に満ちたギラつく目を限界まで見開き、口元は凶悪な笑みで歪んでいた。


「だから俺は覚悟を決めた。救える命があるのなら手段は選ばない。これまでよりも、汚い手段だろうがなんだろうが、力が無い分そういうところで勝ちに行かなきゃこっちがやられる。……これまでの旅の中でとっくに覚悟を決めたつもりだったが、今回の件で更に強くそう思った」


 俺はそのまま話を続ける。


「それによ、あいつが考えているであろう作戦は、大体だが想像はついてる。だったら全部利用させてもらった後で、たっぷり地獄を見せてやるしかねぇだろうが。さぁ、早く電波塔へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ」

 

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