第4章 ハルマ編

第30話 太郎は ニフラムを唱えた!しかしMPがたりない!


 「――はい!という訳で本日はハルマというという街にやって来ました!いやぁ、この街は商業が盛んな様で、辺りを見渡すと個性的な露店がたくさんありますねぇ!そしてあの立派な電波塔!デイモスさん、この光景を見てどう思いましたギュピィ」

 

 ヒノキの棒をマイクに見立ててノリノリで旅番組風に語っていた俺の顔面ド真ん中に、デイモスがグーパンを炸裂させた。

 めり込むグーパン。

 俺の喉から漏れ出た鳥を絞めたような声。

 両鼻から勢い良く吹き出す鮮血。

 ざわつく周囲の人混み。

 

 「ちょ……てめぇ!いきなり何しやがる!顔面にグーパンとか正気か!?見ろこれ、両方の鼻の穴から滝のように鼻血が流れて止まらねぇぞ!大丈夫!?俺の鼻ゾウアザラシみたいになってない!?」

 

 鼻から鼻血をぶーぶー、そして口からは文句をぶーぶー垂れる俺の胸ぐらをデイモスはグイッと掴んで、至近距離で睨み付ける。

 その形相は人一人くらいなら今にも食い殺してしまいそうな迫力があった。

 

 ……そういえば、こいつゾンビなの忘れてた。冗談でもなんでもなくマジで食われそうな状況じゃん。

 

 タベナイデクダサーイと必死に抵抗する俺に対し、デイモスは依然として鋭い視線を送り続ける。

 

 「おめぇは何『何事も無くスムーズにハルマまで来れました』みたいな風で語ってんだ?アァ?」

 

 「……へっ?」

 

 全く予想していなかった切り口から攻められた俺はポカンとデイモスを見つめる。

 

 「てめぇ、覚えてねぇとは言わせねぇぞ。おめぇが間違えてハルマとは逆方向に向かうバスに乗りやがってよぉ。そこでさっさと戻ればいいのに『歩いて向かった方が冒険ぽくね?』とか訳分かんねぇ事抜かし始めるわ、それでたまたまあったハルマまでの近道になる森を突っ切ろうとしたら途中で大量のモンスターに襲われて死にかけるわ。それに、おめぇはこの街に辿り着くまでの道中で何回俺を囮に使ったんだ?言ってみろ」

 

 「……27回です」

 

 「だよなぁ!?おめぇが『ニフラム』連呼したり『タロウは逃げ出した!』とかほざいて逃げたその回数だけ俺は死にかけたんだよ!」

 

 「だってお前不死身だし、それにちょっと前に『戦闘は俺に任せておけ!』とか言ってたし……」

 

 俺がデイモスから目線を逸らしながら小さな声で呟く。

 

 「よっしゃ、そういう事ならお前も不死身にしてやるよ。一回死ねばそれ以上死ななくて済むぞ」

 

 「そんな一休さんみたいなとんちめいた発想はどこから出てくるんですかねぇ。それにほら、そろそろ周りを見ないと」

 

 胸ぐらを掴まれた中々辛い体勢のままで左右に首を動かし、左右を見ろという合図を送る。

 俺のその仕草を受けたデイモスはハッとした様子でキョロキョロと周囲を見渡した。

 途端、周囲に集まっていた人集りは雲の子を散らしたようにパーっと散っていった。

 

 ………そりゃそうだ。

 こんな奴に目をつけられたら、俺みたいにとんでもない目に遭わされると思って逃げ出すのが当たり前だ。

 この状況なら誰でもそうする。俺でもそうする。

 

 だが、どうやら俺を心配してくれているらしく、ちょっと離れたところから遠巻きに様子を見ているようだ。

 ……ん?あれ?心配してくれてるんだよね?

 そのスマホみたいな機械を持ってこっちに向けてるのは、俺を助けるために警察を呼ぼうとしてくれてるんだよね?

 さっきから聞こえるシャッター音とフラッシュは俺の気のせいだよね?

 

 ………いや、本当は気付いてるけど。

 

 どうせこの世界にもSNS的な情報発信ツールやら携帯端末やらがあって、写真を撮って投稿!……って事でしょ?

 つまり、今の俺はSNS的な物を使っている彼らの格好のエサなわけだ。

 

 ………ふーん。

 そうかそうか、なるほどね。

 

 ………………。

 

 俺は大量の鼻血を撒き散らしながら彼らに向かって全速力で突撃した。

 

 『う、うわぁ!!来たァ!!』

 

 撮影会どころではなくなった彼らはスマホもどきをしまう余裕すら無く、手に握り締めたまま逃走を始めた。

 

 その後、俺は奇声を上げながら満足するまで彼らを追い掛け回したのだった。

 

 ……変質者とか言わないで。本当の事なだけに尚更傷つくから。

 

 まぁ、そんなこんなで。

 追い掛け回している内にいつの間にか鼻血が止まっていたドの付く変態と、傷害罪と殺人未遂罪を犯した容疑者は、二人並んで大通りを歩き始めた。

 

 「……ったく、お前が俺の顔面殴るとかいうとんでもねー事してくれたせいで、ギルドと魔法使いへの道がまた一歩遠のいたじゃん」

 

 「おめぇが原因で遠のいた距離は一歩どころじゃねぇけどな。……どうする?ここからちょっと探してみるか?」

 

 そんな事を話している時だった。

 

 「あのーすみません……」

 

 ふと後ろから声を掛けられた俺達は、反射的に同時に振り返った。


 そこにいたのは、まさに絶世の美女と呼ぶに相応しいほどの美貌を持った女性だった。

 肩ほどまで伸び、陽の光を受けて鈍く光を放つ銀の髪。広く何でも包み込んでくれそうな大海原を思わず錯覚してしまいそうになる碧眼と、透き通った白い肌。そして、瞳の色ほどではないがほんのりとした水色のワンピースを身に着けていた。

 

 何故、こんなくたびれたスーツを身に着けたド変態と、ザ・村人みたいなクッソ地味な服装をしている犯罪者に話しかけたのか意味が分からない。

 意味が分からないが、話しかけられたんでとりあえず様子を見よう。

 俺はフッと微笑み、髪をファサァと掻き上げながらこういった。

 

 「おっと、写真ですか?すいません、基本僕達写真はNGなんですよ。だけど……美しいお嬢さんの頼みです。一枚だけなら大丈夫ですよ?」

 

 「……うっわ、あまりにも気持ち悪すぎて鳥肌立ったわ」

 

 俺の横でプルプルと震えながら失礼な事をほざくデイモスの言葉は、この際聞こえなかったことにしよう。

 

 「今お二人の会話がちょこっと聞こえたんですが……ギルドに行こうとしてるんですか?もしよろしければ案内しますよ?」

 

 「マジっすか!!やったぜ。」

 

 おおおおお!!!予想外の展開にはしたなく喚きそうになった自分をグッと押さえつけ、ガッツポーズくらいに留めた。

 

 「それじゃあ私の後ろを付いて来てくださいね」

 

 「分っかりましたァァァ!!!」

 

 そのまま俺はフラフラと女性の後ろを追いかけた。それに続いてデイモスも、鋭い視線を女性に向けながら歩き始めた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 それからしばらく。

 

 「――おい、太郎」

 

 俺の肩をポンポンと叩くデイモス。

 

 「……んだよ、俺は今あの人の後ろ姿を目に焼き付ける作業で忙しいんだ。殴るならギルドに着いてからにしてくれ」

 

 目の前を歩く女性に視線を固定したままデイモスにそう言った。

 デイモスも同じく、女性に視線を固定し――しかし、その目は恐ろしい程に冷徹な光を帯び――俺にだけ聞こえるような声量で呟く。

  

 「……気を付けろ。この女……明らかに普通じゃない」

 

 「あぁ、そうだな。普通とかそんな安い言葉では到底表せない美しさだ」

 

 「いや、ちげーって。そういう事じゃねぇんだって。……この女、さっきから俺達や道ですれ違う奴らに対して隙を全く見せてねぇんだ。只者じゃねぇな」

 

 「あぁ、ガードが固いところも魅力的だな」

 

 「だから、ちげーっつってんだろうがよ!お前の頭ん中はそればっかりか!?……いずれにせよ、常に警戒だけはしておけよ。………ねぇ、聞いてる?」

 

 はいはい、聞いてる聞いてる。

 俺は適当に相槌を打ち、デイモスから聞いた今の話を頭の片隅に押しやると、再び歩きながら女性の姿を眺める作業に戻ったのだった。

 

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