第20話 トリチウム狂想曲
Facebookの投稿に引用されてた動画がありまして。分子生物学の偉い教授に、今話題のトリチウム海洋放出についてインタビューしたものだそうです。
ところが、インタビュアーが書いた動画の説明文に下記の一文があってですね。
「トリチウムは中性子 を放出するとヘリウムに変わる」
視聴する前に盛大にズッコケました。
いくらなんでも大学教授がしでかすはずの無いレベルの間違いなので、インタビュアーの凡ミスだとは思います。しかし、こんなミスは原子などに関する基礎知識が無ければ犯すはずがないので、ジャーナリストの不勉強さが何とも残念です。
まず、トリチウムは三重水素とも呼ばれ、名前の通り水素の仲間です。そして、水素など全ての物質の原子は原子核と電子からなってます。
原子核はプラスの電荷を持つ陽子と、電荷を持たない中性子からなってます。陽子は原子がどの物質かを決める大事な役割を持っていて、一つなら水素、二つならヘリウムと決まっています。
一方、中性子は同じ電荷を持つ陽子が反発しあって飛び散らないようにする役目を負っていて、陽子と同じ重さとなっています。そして、原子核の中の陽子と中性子がだいたい同じ数の時、一番安定します。
もっとも、普通の水素の原子核は陽子ひとつなので、中性子が無くても安定してます。ただ、ここに中性子が1個加わっても安定するので、陽子と中性子が1個ずつの水素の仲間、重水素てのがあります。
そこで、もう1個中性子を追加したのが三重水素、つまりトリチウムとなります。しかし、さすがに陽子の倍も中性子があると不安定になるため、中性子の一つが電子を放出して陽子に変化します。この時に出る電子が、ベータ線と呼ばれる放射線となります。
で、陽子が二つになったこの原子は、水素ではなくヘリウムとなります。正確には中性子が1個なので、ヘリウム3という物質の原子です。
というわけで、先の一文はこの電子と中性子を取り違える凡ミスだったわけです。
そもそも、中性子が原子核から飛び出すなんてことは滅多になく、ウランのように陽子と中性子が235個とかひしめき合ってる原子核が分裂する、核分裂反応でも起こらないと飛び出しません。
で、この「凡ミス」。さらに次の一文と組み合わさると、もっと変なことになります。
「(このトリチウムが含まれてると、)DNAの科学結合の切断が起きる」
「科学」は「化学」の誤変換でしょうから見逃すとして。
DNAに含まれている水素が、その仲間であるトリチウムに置き換わると危険だ、と言いたいようです。確かにトリチウムとヘリウムでは全く違う物質なので、DNAの切断くらい起きるでしょう。
しかし、トリチウムから仮に中性子が飛び出したとすると、何になるか。そう、重水素になるわけです。重水素は水素の仲間ですから、DNAとしては全く問題ないので、切断など起きません。
さて、ここまではあくまでも「凡ミス」であり、多分、インタビュアーがしでかしたことです。しかし、本当の問題はこの大学教授が懸念する内容そのものにあります。
というのは、そもそも人体にはかなりの量の天然由来の放射性物質、炭素14が含まれているからです。普通の炭素は陽子と中性子6個ずつですが、中性子を2個多く持つのが炭素14です。そのため、やはり余分な中性子が電子を放出して陽子になって安定しようとします。すると、陽子7個を持つ窒素に変わります。
当然、DNAには炭素も数多く含まれているので、その一つが窒素に変われば切断されてしまうでしょう。
ここから分る通り、DNAの破損なんて、実は日常茶飯事なんですね。人体には様々な種類の細胞がありますが、そのほとんどの細胞一つ一つのなかで、なんと一日に数万回もDNAは破損し、そのたびに修復されているそうです。
というわけで、今回のトリチウム放出でその数万回が数十回増えたからと言って、果たして人体に何か影響が出るのか? という問題なわけです。
心配する方がバカらしいとは思いませんか?
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