和解

トゥルーに地面に下ろしてもらったルクアは非常に驚いた表情をしている。そしてその表情のまま、トゥルーに声をかけた。


「……えーっと? とりあえず、ありがとう」

「……手間をかけさせるな」


 トゥルーはルクアの言葉に、困ったような表情で応じた。ドラゴンは、トゥルーの姿を見て考え込むような声で言う。


『女王から、裏切り者がいるとは聞いていたが……。まさかお前のことだったとはな、トゥルー。しかし、納得はいく。所詮チェシャ猫一族は、信用のおけない種族だ」

「……好きに言え。わたしはわたしの、信じるとおりに動くだけだ」


 トゥルーはドラゴンの言葉を鼻で笑う。


『知っているぞ、お前の心の闇は。……飼い主に捨てられた、哀れな猫。飼い主を愛していたのに、嫌われてしまったかわいそうな猫。……どうだ、その時のことを思い出してみろ。苦しいだろう』


 ドラゴンが口を開けて笑いながら言う。その笑みは、何か確信を得て言っているようなそんな様子であったが、トゥルーは全く動じない。それどころか、彼自身がにやりと笑って言った。


「……残念だったな。その手には乗らない。その過去はもう乗り越えた。飼い主はわたしを捨てたのではなく、迎えにくることができなかった。ただそれだけのことだったのに、わたしが勘違いして、わたしが飼い主を捨ててしまったんだ。……悪いのは、わたしだ。飼い主を最後まで信じ続けることができなかった自分の落ち度だったんだ」


 それを聞いて、ルクアは何かを悟った様子だった。そして呟く。


「……やっぱり。あなたが、私の飼い猫だったんだね」

「……すまなかった。お前に捨てられたとばかり思っていたから、最初からお前の傍にいてやることができなかった。埋め合わせは、いつか必ずする。だから……」

「ううん。謝る必要も、埋め合わせをする必要もないよ。これから一緒にいられるなら、それだけで十分だから」


 ルクアは微笑んでトゥルーを見上げる。ドラゴンが腹立たしげに言った。


『お前の心の闇につけこむのは簡単だと思ったのだがな。それではルクア、お前はどうだ』


 ドラゴンが攻撃をやめ、2人と話している間、フィアは頭を高速回転させていた。このドラゴンに自分の心の闇を見られてしまうのではないか。いかに早くこの場所から逃げられるか、フィアはその方法を懸命に考えていた。


『お前は作家になりたいからと、会社をやめて逃げた。本当は、その夢は偽物だったのにだ』

「ああ、そのことなら。私ももう乗り越えたよ。この世界に来てからね」


 ドラゴンの言葉に、ルクアは微笑んだ。


「確かに、私は夢をすり替えた。作家になりたいからという理由で仕事を辞めたけど、作家に本気でなろうと思っていたわけじゃない。それを伝えたら、周りからは逃げたと思われるかもしれない。でも、今の私は本当にその夢を叶えたいと思ってる。最初は嘘から始まった願い。嘘でもつかないと、言い訳してないと、保てなかった自分自身。でも今は違う。その嘘にまみれた願いこそが、今の私の本当に叶えたい願い。だからこの夢は本物。嘘か本当かなんて、所詮どうでもいいこと。最後にその夢を叶えたい、叶えてよかったと思えたら。それが願いだったってことだから」


 そう強く主張するルクアにトゥルーが静かによりそう。ドラゴンは、大きな尻尾を地面に勢いよく振り下ろす。かなり気が立っている様子だ。そして今度はフィアたちに向き直ろうとした。その時、フィアが大声で叫ぶ。


「私達物語修正師候補生が仲間だと思う、この場にいる人たち全てを、昨日私たちがいた場所へ戻してほしいんです。お願いします!」


 すると地面がぱっくりと割れて、フィアたちを飲み込む。あとには怒り狂うドラゴンだけが残された。


♢♦♢♦♢♦♢


一行はラトゥールの家の天井を突き破って、帰還した。目の前には仰天してひっくり返ったラトゥール。


「わわっ、どうしたのみんな。おかえりぃー。そんなダイナミックな帰り方しなくても夕飯くらい、用意するよぉー」


ラトゥールの能天気なコメントにため息をつきながら、ランベイルが天井を見上げる。


「天井の修復作業をしなければ。トゥルーも手伝ってくださいね。……トゥルー?」


 トゥルーを振り返ったランベイルは、驚きで目を見開いた。彼の目に映ったのは、苦しそうに床に膝をつき、肩で息をしながらルクアに寄りかかっているトゥルーの姿だった。ランベイルはトゥルーにかけよった。そしてすぐに彼の異常の原因を突き止める。


「トゥルー、貴方……、あのドラゴンに……」

「私を助ける時にひっかかれたんだと思う」


 ルクアが焦った声で言う。ラトゥールが鋭い声で言った。


「とりあえず、寝室に運んで!」


 そこから辺りは騒然となった。トゥルーをベッドに運ぶランベイルとベンジャミン、ラトゥールの指示で濡れたタオルや消毒液を用意し運び出す、ルクアたち。……そんな中ティアシオンだけは、ただ喧騒に背を向け窓から外を眺めていた。


♢♦♢♦♢♦♢


「トゥルーの傷は、思ったより深そうだねぇ」


 ラトゥールは大きく溜め息をついて言う。一通りの処置が終わり、一行は夕食をとっていた。ルクアはトゥルーの寝ている部屋にいったっきり、戻ってくる気配がない。


「私、様子みてきましょうか」


 フィアは言ったが、ランベイルに止められる。


「しばらくは2人にしてあげましょう。つもる話もあるでしょうし」


 それを聞いてフィアは、浮かしかけた腰を下ろす。ランベイルは言った。


「フィアさんたちはご存知でしたっけ。トゥルーとルクアさんの関係に関して」


 フィアは戸惑いながら答えた。


「ルクアさんの飼っていた猫の話なら、聞いたことがありますけど……」

「その猫こそが、トゥルーです。彼は以前、とある理由によりこの世界を離れ、フィアさんたちの住む世界を訪れました。そして、ルクアさんと出会った」


「向こうの世界に行くには、大量の魔力がいるんだよねぇ。あの時魔力を大量に消費した反動で、今彼は十分に魔力を使うことができない。本来の彼ならあの程度の攻撃、防げたんだけどねぇ」


 ラトゥールが悔しそうに言う。ランベイルが頭を抱える。


「八方塞がりです。あの魔物の攻撃をまともに食らってしまったら。魔力を吸い取られ、最悪の場合死にいたります」


「そんな……。どうにかできないんですの!?」


 アリスが金切り声をあげる。


「残念ながら、僕には彼を救う手段が思いつきません」


 ランベイルが言った時、ティアシオンが大きく音を立てながら椅子から立ち上がった。驚く一同を尻目に、彼は足音荒く部屋を出て行く。フィアは慌てて追いかけた。彼はまっすぐトゥルーの寝ている部屋へと向かう。そしてフィアの制止を振り切って、ノックもせず部屋に押し入った。


 部屋には、ベッドに寝かされているトゥルーとその様子を心配そうに見守るルクアの姿があった。トゥルーは薄目を開けて、足音を立てて接近してくる人物を見る。そしてティアシオンを認めると、弱々しく微笑む。


「……随分とうるさい訪問だな。見舞いじゃないだろう、何か用か?」

「何か用かもくそもねぇ。お前、なんとかしろ。このままだとお前、死ぬんだぞ。さっさといつものように自信たっぷりに笑って、いい案思いつきやがれ」

「……無茶を言うな。わたしはけが人だぞ。知恵なんてまともにしぼれる状況じゃない」

「バカ! 命かかってんだぞ! お前に死なれたら……」


 ここで言葉を切り、トゥルーの前で俯くティアシオン。それを見て、初めてトゥルーが真剣なまなざしで彼を見た。ティアシオンは言葉を続ける。


「今お前に死なれたら、オレは自分を許せなくなる。お前のことを信じられなかったオレ自身が」

「……強面のくせに正義感だけは強いからな、お前は」


 トゥルーが呆れたように言う。ルクアがティアシオンの服の裾をつまんで言った。


「過去よりも、今が大事なんだよティアシオンくん。トゥルーはあなたのことを恨んでない。今トゥルーのことを本気で心配してくれてることが、彼には伝わっているから。だから、大丈夫。これからまた、彼の力になってあげて?」


「でもこのままだとこいつは……」


 ティアシオンが言葉に詰まった時、別の方向から別の声が聞こえて来た。


『お話し中失礼します。トゥルー先輩を救う方法なら、1つありますよ』

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