帽子屋横丁と猫
一行は、ベンジャミンに案内されてお茶会の街の住宅街の一角へとやってきた。
「ここは、帽子屋横丁と呼ばれる通りっす。文字通り、帽子屋が住んでる場所っすね。物語修正師に生み出された帽子屋達は、ほとんどここに住んでいるっす。一階部分を店舗にして、二階三階を自宅にしている人が多いみたいっすね。あっしらの家もそうでしたけど」
辺りには、シルクハット風の帽子をかぶった人々がたくさん行き来している。店のショーウインドウには、様々なデザインの服が並べられていた。アリスは、ショーウインドウ1つ1つを、まるでお菓子コーナーでお菓子を選ぶ子どものように瞳を輝かせながら覗き込んでいる。ルクアもまた、現実世界でゴシックと呼ばれるジャンルの服を眺めていたが、ふと驚いた表情でショーウインドウの後ろを振り返った。そこには、人々の波にまぎれるようにして、一匹の猫が座っていた。猫は、ルクアが振り返ったのを見るとさっと走り去る。
「あっ、待って……っ」
ルクアが慌てて追いかけようとするが、人の波に押し返され思うように進めない。その間に、猫は路地裏へと消えて見えなくなってしまった。
「ルクアさん、どうかしたんですか?」
フィアの問いに、ルクアが自嘲気味に笑って呟く。
「まさか……ね」
そして笑顔でフィアに向き直る。
「ごめんごめん、何でもない。行こう」
そう言って彼女は、先に歩いていってしまったティアシオンたちに追いつこうと、先に立って歩き出す。フィアはそんな彼女を慌てて追いかける。その様子を、路地裏から先ほどの猫が見つめていた。
♢♦♢♦♢♦♢
「着いたっす! ここが元、あっしらの家であり、店だった場所っす」
帽子屋横丁のはずれ。そこに、ベンジャミンが目指していた場所があった。庭らしき場所は、雑草が伸び放題で荒れ果てていた。その草をかき分けながら一行は進む。
「誰も手入れなんかしないから荒れ果ててるっす。……道具がないと服なんて作れないからここまで来ましたけど、これだけ荒れてると心が痛むっす」
ベンジャミンは大きく溜め息をつくと、家の扉を開いた。
「とりあえず、ここなら夜をやり過ごすこともできるっす。明日の朝までには頑張って仕上げるっすから、それまで待っててくれるっすか」
ベンジャミンは、くしゃっと笑った。ランベイルは腕まくりをすると言う。
「それじゃあ、僕は剣の素振りを兼ねて、外の草むしりをしてきますね。ホラ、ティアシオンも準備してください? 一緒に行きますよ、僕1人じゃ今日中に終わりませんから」
「おい、勝手に決めるなよ、オレはゆっくりするって決めて……」
「草むしりを手伝うか、自分の料理の腕をあげるための鍛錬をするか……、2つに1つです。どちらにしますか?」
ランベイルが笑顔でティアシオンの前にずずいと顔を寄せる。ティアシオンは冷や汗をかきながら慌てて言う。
「分かった。手伝う、手伝うからっ!」
「……よろしい。それでは、行ってきます」
半ば強引にティアシオンを引き連れて、ランベイルは家を出る。ベンジャミンは、感謝するっすと笑いながら2人を見送る。
「さて。それじゃあ服を作る準備をするっすよ」
「あの! 手伝いますっ」
フィアが勇気を出してベンジャミンに声をかける。それを聞いてベンジャミンが驚いた表情をする。
「いやいや、いいっすよ。フィアさんたちは、ゆっくりしてるっす」
「役には立たないかもしれないけどっ! 手伝いたいんです! 手伝わせてください」
フィアの強い口調に、ベンジャミンはくすくす笑いながら言った。
「そんなに言ってもらえるなら……手伝ってもらうっすかね」
「あ……、すみません。つい」
「いいんすよ。……はぁ。フィアさんのように、エドワードが積極的な人だったら、よかったんすけどね。きっと、何もかも上手くいくような気がします」
そう言って少し耳をまた折り曲げてしまうベンジャミンだったが、すぐに笑って言った。
「それじゃあ、張り切って始めるっす」
「ベンジャミンさん、あたし、こんな服がいいんだけれどっ」
アリスが紙に描いた絵をもってやってくる。赤と白のツートンの短めのワンピースだった。首の赤いチョーカーリボン、腕カバーのチェック柄や、ワンピースの裾のトランプ模様が個性的だ。そこに茶色のタイツに赤いパンプスを合わしている。
「私もどうせならと思って、描いてみた」
普段よく着る服のジャンルで、自分の理想を追加してみた。そう付け足して、ルクアも絵を描いた紙を持ってくる。メイドや執事が着ていそうな、ベストに、フリルのスカート。ダークブラウンのベストの上に白いカッターシャツ。そこにループタイが光る。ワインレッドのフリルスカートは前後で長さが異なっていた。
「ちょ……っ! 難易度高くないっすか、2人とも!」
明らかに狼狽えているベンジャミンに、ルクアとアリスが彼の肩をポンと叩く。
「もちろん、私たちも手伝うよ。だって、自分たちが着る服でしょ。作り方の本とかって、ないの」
「あたし、自分でデザインした服を自分で作るのが夢だったのですわ。まさかこんな形で夢が実現するとは思っていなかったですけれど。張り切ってお手伝いしますわっ」
「よっ、よーし、よく分からないっすけど、頑張るっすよ!」
こうして奇妙な4人の共同作業が始まった。その作業は草むしりが終わった男性陣を巻き込んで、夜中まで続いた。
♢♦♢♦♢♦♢
夜の白の女王の城。その玉座の間にて。
「……以上が報告となります。物語修正師候補生の数を減らす計画は、着々と進んでおります。女王様が懸念されるような状況には、ならないかと」
白銀の騎士、クレールが恭しく膝を折った状態で白の女王を見上げて言う。白の女王はそれに対し、冷徹に言う。
「手ぬるいですね、クレール。少しずつ減らしている、と言ってもまだ物語修正師候補生は残っています。わたしたちが手を下す前に彼らが力をつけ、こちらに戦を仕掛けてきたらどうするのです?」
白の女王は玉座から立ち上がると、クレールの脇を通り過ぎる。
「あなたたちに全てを任せるのは、危険だと判断しました。わたし自身でも手は打ちます。もう既に1つ、手を打ちました」
その言葉に、頭を垂れたクレールが驚愕の表情を浮かべる。白の女王は、扉の前の壁にもたれかかって腕組みをしている、トゥルーに向かって言う。
「第一、あなたたちは信頼置けませんからね。いつ裏切るのやら……」
「決して、そんなことは……っ」
クレールが切ない口調で言う。白の女王の言葉がクレールの言葉を遮った。
「あなたたちだけで対処できる部分は終わりました。ここからは、わたし自身も自らが選んだ手駒たちを使って直接仕掛けます」
白の女王は言葉を切り、強い口調で言った。
「物語修正師候補生たちよ、覚悟なさい。根絶やしにしてやります」
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