三月ウサギの決意

 彼は入れ物を大量に抱え、そこに食べ物を手あたり次第詰め込んでいる。青年は、エドワードと呼ばれていたシルクハット風の帽子をかぶった青年が用意した台車に次々と、食べ物を詰め込んだ入れ物を乗せていく。


「またお会いしましたね、お嬢さんたち。あっしの人肌お見せしなければ」

「ベンジャミン! お喋りをしている暇はないんだ、急ぎたまえ!」


 ウインクしてまた、上半身の服を脱ごうとしているベンジャミンと呼ばれたウサギ耳の青年に、エドワードというらしい青年が怒鳴る。


「あっ! エドワードにベンジャミン! お前たちはこの街から追放されたはずだろ!」

「また、食べ物と飲み物を盗みに来たんだな!? 返せっ」


 住人と思われる人々が、お茶会を中断してエドワードとベンジャミンに接近する。2人は、慌てて台車を押して逃げていく。


「まったく。帽子屋を名乗っているが、センスの欠片もない」

「そもそも努力をしようという姿勢が見受けられないよな」

「元宮廷付帽子屋が、聞いて呆れる」

「ベンジャミンのやつ、かわいそうだよな。あんなやつのお守なんて」


 逃げていくエドワードとベンジャミンの背中を見送りながら、住人達は口々に愚痴をこぼした。そして、何事もなかったようにお茶会をそれぞれの場所で再開する。


「まさかお茶会の街を追放されているとは、思いませんでした」

「少しだけ、あっしの話を聞いてほしいっす」


 また声が聞こえてきたので、フィアたちは振り返る。そこにはさっき逃げたはずのベンジャミンが立っていた。白くて長い耳を折って佇むその姿がとても悲しそうに見えて、フィアはそっと、自分が着ていたフードつき上着をそっと被せてあげる。


「何か、伝えたいことが、あるんですね。……また住人に見つかったら厄介です。とりあえず、それを被っていてください」


「すいあせんお嬢さん、気を遣ってもらっちまって……」


 ベンジャミンはフードを頭にかぶり、長い耳をその中へ押し込んだ。そして、耐えきれずに食べ物を大量にほおばる。


「ここ数日……、いやもっとかな……きちんとした食事にありつけてなかったっす。回収した食事も全部、エドワードに食われちまうし……」


 フィアは、食べ物の入った皿をベンジャミンの近くに寄せてやる。


「察しのいい皆さんならわかるでしょうけど、最近エドワードに服を仕立ててほしいと頼んでくれる人は、まったくいやしません。結局さっきのお客さんも、返金対応したんでね。仕事と呼べる仕事なんて、まーったくしていない、それが現状っす。肝心の本人が仕事に誇りを持ってないし、仕事は勝手に寄ってくるものだと勘違いして努力をしないんす」


「努力をしなければ、その道の天才でもない限り、才能の開花は見込めませんからね」


 ランベイルがうんうんと頷く。


「上はいくらでもいる。そして、下にもあるいは。……必要なのは、上を見上げる覚悟と、その道のプロたちを研究し続け良さを盗み続けること。その努力を怠る者は、プロを語る資格を持たない、きっと」


 ルクアが半ば自分に言い聞かせるように、呟く。


「そう、エドワードにはそれが圧倒的に欠けているんす。怠惰に生きても、勝手に才能が開花すると考えている。……物語修正師に生み出してもらった日、あっしはエドワードの相棒として、彼を支えることが使命だと物語修正師に言われたっす。今までずっとその言いつけを守ってきました。でも、もう我慢の限界っす。あっしは、旅に出たいんです。もっと広い世界、お茶会の街以外の景色を見てみたいんす。都合のいいことを言っているのは、承知してるっす。それでもお願いしたいっす。……あっしを、一緒に連れて行ってくださいっす」


 そこまで言って、ベンジャミンはうるうるした瞳を、フィアに向ける。


「少しだけなら、服を作る技術あるっす。森の中であなたたちが話してるのを聞いたっす。服が入用なんっすよね。その服、あっしが頑張って作るから、その代わり一緒に連れて行ってほしいっす」


「どうする? ランベイル」


 ティアシオンが食べ物をほおばりながらランベイルに聞く。ランベイルは、訝し気な表情を、ベンジャミンに向ける。


「しかし。貴方がいなくなったら、エドワードはどうなるのです? 1人で何かできるとも思えないのですが」


「ずっとずっと、口喧嘩してたんすよ。お前なんかいなくても吾輩は何だってできる。むしろお前が邪魔なんだ。そうよく言ってました。だから、あっしから別れを告げてやるんす。自分がいかに1人で何もできないかを、思い知らせてやるんす」


「……ふむ。そうですね、確かに、突き放すときも必要でしょう。エドワードにお別れを言いに行きますか?」

「いえ。……台車に、メモを張り付けておいたっす。あなたたちに断られても自分1人で旅に出ようと思ってたっすから」


 フードの奥で、ベンジャミンの瞳が強い決意で揺れる。ランベイルは、ベンジャミンを見つめた後、頷いた。


「……いいでしょう。1人増えたところで、特に困りませんし。その代わりと言ってはなんですが、この3人の服を仕立ててあげてください」


「喜んで! 感謝するっす、ありがとうっす」


 こうして、三月ウサギのベンジャミンが同行することとなった。

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