第45話 疫病神

春さん引退宣言は、突然だった。

私には、一言も相談してもらえなかった。


たしかに、その頃は、私と春さんは、ほとんど会話をしていなかった。

理由は簡単で、勝手に固定給の金額を決められたことや

ジョージの接待に目をつぶっている事、

坂本さんのいう事にしか耳を傾けない春さんにウンザリしていたからだ。


だが、春さんが辞めると同時に、店は私が回さなければならない事を意味する。

春さんからは

『上からは、今まで通りのスタイルを継続で』としか言われなかった。

春さんが居なくなれば、必然的に私の仕事は増える訳で

それでも『今まで通り?』と。

そりゃないだろうと思った。

が、前回の話し合いの時にはすでに、この話は通っていたらしかった。

もう私には春さんに話しかける言葉はなかった。


私は、冬のシーズンには出て行こうと考えていたのだ。

春さんの家を出てから、東京に居た時の借金をガンガン返済し

あと少しで完済するところだったのだ。

秋には完済し出て行くのは私だと思っていた。


あぁ、疫病神だ。

と、坂本さんを恨んだ。

あっさり私を捨てた春さんを恨んだ。

たかが20万の金が足りなくて完済出来てない私を恨んだ。


仕方がないので、腹を括るしかなかった。

完済出来ていたとして、無一文で行く当てもない私なのだから。


それからは、またとにかく仕事ばかりした。

オフシーズンも終わりが近づき、冬のシーズンに入る準備をしなければ。

だが、案外とやる事はなかった。

今までは募集をかけ、履歴書をみて、春さんと私で採用を決めていたのだが

インチキオーナーのジョージが自分が仕切ると言い出したのだ。

『上』からも、そういう指示がきたし、

今シーズンはペンションの営業もするらしく

寮として使う家の手配もしてきたらしい。

私は、店の仕入れもあるので、そのまま部屋を使うことを許されていた。

部屋は店と同じ、半地下にあるので、客室としては使えないからだろう。

今シーズンは、私ともう1人、

先シーズンからボードのために残っていた女の子しか残らない事が決まっていた。

彼女『うてな』は白馬に数年住むつもりでいるようで、

すでに部屋を借りて寮にはいなかった。


春さんが店を辞めてから、ジョージが店に顔を出す回数が増えた。

こいつも疫病神だな、と思った。


もっと厄介なのは、タダ酒を飲みに、ほぼ毎日来るお客様が1組いた。

引き上げが決まってる女の子たちは、喜んでその席に座りたがった。

いつも何かしらの差し入れを持ってきてくれるからだ。

店が暇な時は、『みんな来て食べな』と何度も声を掛けられたが

私は、頑なにその席には着かなかった。

『うてなは、行って遊んでおいで』と言っても

うてなは、あまり行かなかった。

直々に私を呼んで来てとお願いされると、

私の代わりに断りに行き、その席に着いていた。

そのお客様たちは、いつもほぼ開店から閉店までいた。


冬のシーズンバイトの子が少しづつ入店しだした頃、

何も知らない新人が私を呼びに来た。

件のお客様が『雨月以外は着かなくていい』と言い出したからだ。

すでに、席に着いていたハズの女の子たちは外れていた。

いち早く気付いたうてながフォローしに行ったが

もう手遅れだった。





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