第22話 初春の候

本社の人や従業員と飲みに行く事は何度もあり

『相談が・・・』と言われることもあったが、

高橋君は、他人に『相談』するようなタイプの人には見えなかった。

件の『あけみちゃん事件』の後に、本社の『小柴さん』から

『相談が・・・』と2人で数回飲みに行ったことはあるが

そんなタイプの人ではなかった。


黒服として、とても優秀で

使えないマネージャーや素人同然のママに

とうとう嫌気でも刺したのか?とは思ったが

だからと言って『相談』するタイプではない。

2人で飲みに言った事もない。

少し迷ったが、特別予定もなかったので

その『相談』とやらを聞くことにした。


予想は半分は当たりで、半分は想定外だった。

使えないマネージャーのフォローに素人同然のママのフォロー、

酔った姉さんに犯されそうになるし

給料と待遇が追い付いてない、という想定内の内容。

店の女の子の事、タチが良くないお客様の事、

あけみちゃん以外のお姉さま方から私の評判が悪い事、

言わなくていい事までベラベラと喋った。

そして・・・

想定外は、寮住みで行く所がないから辞められない。

だから、しばらく『家に置いてくれ』だった。

それは『相談なのか?』と思った。


1人暮らしを満喫していた私は

当たり前だが『イヤだ』と答えた。

が、相当辞めたかったのだろう。

色々な条件を出して頼んで来た。

『しばらく考えさせてほしい』というのが精一杯だった。

それでも毎日のように『お願い』をされ続けて、

結局、私は折れてしまった。

『最長でも3か月』という約束で、家においてやる事にしたのだ。


高橋君は、まんまと夜逃げして、家に転がり込んで来た。

もちろん、店では大騒ぎになっていたし、

仲が良かった私や姉さんは色々聞かれた。

私は『知らぬ存ぜぬ』で通した。

姉さんは『辞めたいと相談されてたけど引き留めていた』と

訳の判らない事を言っていたが、知らんぷりをしていた。


高橋君がいなくなったことで、店は大変になった。

小さな店の、たかが黒服1人だが、それだけ優秀な黒服だったのか、

他が、みんなポンコツだったのか、両方か。

とにかく店が正常に回らなくなったのだ。

スムーズに回らないと居心地はドンドン悪くなる。

女の子からの相談も増えた。

楽しかった仕事が、ただ疲れるだけになって行く。

『そろそろ潮時かもなぁ』と考えるのに1ヵ月も掛からなかった。


家に転がり込んできた高橋君は、

約束通り、私には手を出さず、きちんと仕事もすぐに決めて来た。

『なぜ寮に入らない?』と聞いたが

『歌舞伎町で近いから』と答えにならない答えが返って来た。

相変わらず休日も私は忙しかったので、あまり気にも留めずに

そのまま奇妙な同居生活は続いた。

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