それは聖杯だった 5

「真相を知る少数の開発者間でも、誰もが反対の立場だった。だけど全員、脅迫を受けていて協力を拒めない。私たちは開発と並行して、ウラヌスを乗っ取る仕組みを秘密裏に埋め込んだの。そのうちのひとつがこの私、エマ・ロドリゲスの人格のコピーよ」


 千年以上も昔のことだから現実の私は当然亡くなっているけれど、とエマさんは添える。


「秘密を知らない一般の開発者やウラヌス自身に発見されないよう、周到に偽装、断片化してシステムに組み込んだ」


 冷めないうちに飲んだら、と勧めてエマさんはひとりで紅茶を飲んだ。僕たちはずっと遠慮したままだった。


「隠蔽工作は成功したわ。そのぶん、復元に膨大な手間がかかった。ウラヌスのセキュリティーを回避しながら安全な領域を確保するには途方もなく時間がかかる。私が完全に自分を構築できたのはごく最近のことなの。そのときには船は二機に減り、先に復元した仲間や乗っ取り用のバックドアなども、すべてウラヌスに検出、削除されていたわ。私の権限の多くも剥奪された」


 ここはウラヌスの監視領域外なのだと言われて、改めて部屋を見回した。きどりも変哲もない一般家庭のダイニングだ。火を起こしたり紅茶を抽出したりといった物理現象はすべてウラヌスが管理しているはずだけど、僕たちの会話は聞かれてないんだろうか。


「そういえばハッチが開かなくなったのって、ウラヌスが故意におこなったことなのかな」


 僕はふと思い当たってつぶやいた。それにエマさんが反応する。


「そのことだけど――ごめんなさい、あれは私のミスなの」

「えっ?」


 僕とマリーは同時に声をあげた。

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