それは聖杯だった 4
「そ、そんなことをしたら世代が僕たちで途絶えてしまう」
僕は、非難まじりの反論が恐怖でうわずらないよう、懸命に抑えなければならなかった。
他方のエマさんは、ごく冷静にさらりと返す。「生き残ったどちらかの夫婦に新たに子を産ませ、あなたたちを
もう、言うべき言葉がなかった。
僕は金魚のように口をぱくぱくと動かした。話がめちゃくちゃで理解が追いつかない。
父さんたちを説得するときに、ウラヌスは信頼に値する、なんて滑稽なことをよくも言ったものだ。とんだお笑い草もいいところ。かのシステムの正体は、羊の皮をかぶった狼だった。
「あなたはそれでも――」マリーが声を震わせ憤る。「それでも、人間ですか」
むき出しの非難に、僕は「マリー」となだめたが彼女はとりあわない。「ううん、ウラヌスの操るコクーンの夢の人だから血も涙もないのよ」
「あなたは友達や先生をそんなふうに考えているの?」
マリーの静やかな舌鋒に動ぜず、老婦人はやんわり問い返した。
「違うでしょう? 彼らも私も、実体を持たない存在ではあるけれど、血の通う人間と等価です」
エマさんの落ち着き払った物腰に、マリーは押し黙る。
「誤解しないでほしいの。この非人道的な計画に私は賛成しなかった。そもそもこんな恐ろしい試みは、明るみに出ればたちどころに頓挫する。運営母体の一部の上層部以外には厳重に秘匿されていたわ」
エマさんはカップをつまみ、琥珀色の液体を揺らす。
「開発責任者のひとりに選ばれ、秘密を明かされたときのことをよく覚えている。人気のない会議室に呼び出されて、タブレット上で夫や親族、友人の写真を順番に見せられた。その担当者はこう言ったわ。『彼らを大切にするように』。暗に脅された私は、心底、血が凍る思いだった」
本当に寒そうに彼女は顔をしかめた。
だから悪事に加担した、とマリーは声をひそめ責めたてる。
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