老婦人・エマとの出会い 4
そのうち、かぐわしい匂いがダイニングに満ちてきた。ソーサーに乗せたティーカップがふたつ、テーブルに並べられた。
いただきます、と口をつける。おいしい。さわやかで落ち着いた芳香が、疲れた体に心地よく染み渡る。
「アールグレイですね」
「あら、よく知っているのね。紅茶はこれしか飲まなくて。お口にあうかしら」
「とてもおいしいです。お茶は母がよく淹れてくれます」
おばあさんは僕についてよく尋ねた。今日は試合があって負けたこと、この近くの中学校に通っていること、担任の先生は美人だけど怒らせると大変怖いこと、弟がひとりいること、そんなことを話した。
おばあさんは自身についても語った。ご主人とは死別したこと、子供はいないこと、健康のために街や川まで歩いていること。
ひとり暮らしで話相手を欲しているのかよくしゃべった。ボランティア活動で老人ホームを慰問したときを思い出した。
「あなた、スポーツ少年のようだけどチェスはたしなむ?」
僕は、ええ、少し、と答えた。
おばあさんは破顔して、それじゃあ、と隣の部屋からボードと駒の入った箱を持ってくる。
「ひとつお手あわせ願おうかしら」
差し向かいで駒を並べはじめるおばあさんに少々面食らったけれど、僕もならい駒を取った。
チェスには自信があった。船団で唯一勝率が悪いのはマリー相手だけで、ほかはたいてい僕が勝つ。コクーンの夢でもあまり負けたことはない。ゲームのレーティングでは、かなり強い部類と評価されている。人をこてんぱんに
チェスの間も会話が続いた。幼なじみの女の子とときどき指すが負けることが多い、その子にはチェス以外でもよく負かされる、べつに好きというわけではない、生まれたときから一緒に過ごしてきたいとこだ――。婚約していることは恥ずかしくて言えなかった。
しばしの時間が過ぎた。盤上には明らかな決着が見えていた。僕は
「なかなか強いわね。野球もチェスもできるなんて文武両道ね」
「も、もう一回、お願いします」
動揺を隠しきれず頼み込む。おばあさんは、ええ、もちろん、と快諾した。
駒を並べながら
第二局で僕の口数は減った。おばあさんが話の水を向けたけれど、生返事のように曖昧に答えた。僕からは話しかけなかった。
二局目の終局も早かった。
「ありません」またしても僕はリザインした。
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