夏と花火と初めてのキッス 8
「クコ、背、伸びたね」彼女は緩やかに頭を擦りつけた。またどきっとさせられる。
そうか。先日、久しぶりに登校したとき、彼女に違和感があったのはそれだったんだ。
三カ月の間に、僕のほうが少しだけ身長が高くなってたんだ。僕は気がつかなかったのに彼女はよく見ている。
「これからいろんなことを追い越されちゃうんだろうなあ」
寂しそうともうれしそうともつかない不思議な調子で、彼女は花火を見上げた。その視線を追いかけて僕も夜空を仰ぐ。青い火の輪がいくつも続けて広がった。左隣の少女はつやっぽく目を細め、僕の胸をいちいちひと跳ねさせる。
たしかに体つきだとか、足の速さだとか、腹筋の回数だとかの身体面では僕が上回っていくんだろう。
けれど、大人じみた立ち振る舞いや、手を握り身を寄せてくる大それた行為は、僕のはるか先を行っている。とても追いつける気がしなかった。
埋められない差にへこむ僕に、彼女は無慈悲な追い打ちをかける。
「だけどこれだけは先を越したらだめだよ」すぐ真横で、ほんのわずかだけ低い目の高さから僕を見つめた。「キスは」
一面が赤で塗りつぶされた。
赤い花火がひらめいたんだろう。彼女と、おそらく僕の顔も、朱に染まって見えるのはそのせいだ。
「ぼ、僕が誰かとそんなことするわけないだろっ」
「だって、クコは浮気性だから」
彼女は意地悪く口をとがらせる。プライのことをまだ根に持ってるのか。後ろめたさはあるから、なんにも反論できやしない。
「今、ここでしちゃおうよ」斜めに視線を下げて彼女はぼそぼそっと言う。「そしたらクコに先を越されずに済む」
「なっ……、君はなにを言いだすんだ。こ、こんなに大勢の前でできるわけないだろ、いや人前じゃなくてもだめだ。だいたい、僕がほかの女子と、その……、するかもってのは心外だ」
僕は躍りあがる心臓を押さえつけるようにまくしたてた。声が裏返りそうだった。
「疑うふうなこと言ってごめん。クコが私以外の子に変なことしたりしないって信じてる。私は今、クコとしたいだけ」
斜め下に目を落としたまま、早口気味に彼女は言葉をつなぐ。
「し、してる人、さっき見たよ。大人の人だったけど……。意外とほら、いるんじゃないかな、気づかないだけで。そうだよ、みんな花火見てるし気がつかないよ、絶対、たぶん」
青、ピンク、緑、紫。
どんな色の花火が上がってもひと目でわかるほど彼女は紅潮していた。夜なのにまるで炎天下を走っているように顔が火照り、心臓が鳴ってる僕もきっと同じなんだろう。
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