街への帰還

18 ナツい登校

ナツい登校 1

 父さんと母さんがあくびを繰り返していた。

 コーヒーを片手に、ベーコンを焼きながら、それぞれ何度も口を開ける。母さんは口元を隠すけど、そうでない父さんはよく目だつ。朝が弱い僕ならともかく、ふたりが眠そうにしているのはめずらしい。


「あれからみんなでコクーンの夢で飲みなおしに出かけてな」

「だいぶ遅くまで飲み歩いちゃったわ。何年ぶりかしら」


 ベーコンを皿に盛りつけながら母さんは恥ずかしそうに笑った。


「えー、俺たちより先に使うなんてずるいー」グミはレタスにフォークを突き刺して文句を言った。「大人だけ夜に遊びに行って」

「僕たちが学校や遊びに行ったりするし、家のこともしなくちゃいけないんだ。父さんたちがコクーンを使える時間は限られるだろ」


 僕は弟をたしなめて、夕食の残りのドリアにスプーンを入れる。

 グミは、俺が一番乗りしようと思ってたのに、と不満そうだ。歳のわりに幼いところがある。


 朝食を済ませた僕とグミはコクーンの部屋に入った。狭い室内の大半を占拠する楕円形の機器が、音もなく僕たちを出迎える。

 ときどきやるせない気持ちを抱えて眺めに来ていたから見るのは久しぶりじゃない。使用するのは三カ月ぶりだ。

 初めてコクーンを使ったのは四歳のときで、以来、ほぼ毎日、この機器を通じて「外界」とつながってきた。長期間あいてしまうなんて経験が今までになく、奇妙な気分だった。


 グミは「母さんと父さんが一番二ばーん、俺、三ばーん、兄ちゃんビリー」とうれしげにコクーンへ飛び込んだ。おいおい、壊すなよ。せっかく解禁された矢先に故障なんてされたらかなわない。

 グミほどはしゃぎはしないけど、浮足だつ気持ちは同じだ。

 僕もあとに続いてコクーンに入る。内側のクッションの手触りが久々だ。隣の弟は早くもログインしていた。寝顔にうっすら笑みが残っている。ミリーとさっそくケンカするんじゃないぞ。


 目を閉じる。脳内でコクーンの夢へのログインを意思表示した。意識は数秒でさらわれる。

 その感覚に軽い懐かしさを覚えたときにはもう、仮想ゆめの世界へ飛び込んでいた。

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