63『運転手の西田さん』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・63   


『運転手の西田さん』





「せっかく雪だるまになりかけていたのに……!」


「ハハハ……お嬢さまのああいうお姿は、実に二十何年かぶりでございますなあ。降り始めた雪に大喜びされて、お庭で、おパンツ丸出しでクルクル旋回なさって、スカートひらりひらめかせられておられました。ハナさんが――お嬢さま、せめて毛糸のおパンツをお召しなさいまし――モコモコするからやだ。マリはこれから雪の王女さまになるんだから!――この西田、昨日のことのように思い出しますでございますよ」

「西田さん、運転中は運転に集中したほうがいいわよ。この大雪なんだし」

「いえいえ、この西田、ハンドル握って五十五年、無事故無違反。もっとも無違反のほうは、お巡りに見つかっていないという意味でありますがね。本日は、気象庁が発表する二時間前には、この大雪を予感いたしてスタッドレスタイヤに履きかえておきました(ここで急に黒のグラサンをかけて、マイクを握った)オラ! 前のポルシェ、なにチョロチョロ走ってやがんだ! 道空けろ、道を!」


 話しを少し巻き戻すわね。


 潤香のお見舞いの後、タクシーに乗って帰ろうとしたら、急にタヨリナ三人組の雪だるま姿を思い出し、ウサバラシにタクシー降りて自分も雪だるまになろうって思ったわけ。そしたら携帯が鳴って、うかつに出たら(なんたって、画面に出たアドレスはゴヒイキの飲み屋さんの、それだった!)お祖父ちゃん。

――黙って、横を向け――

 で、左を見たら、ショップのショ-ウィンドウに、雪だるまになりかけのハツラツ美人のわたしが映っていた。思わずニコッと微笑んだら、スマホが怒鳴った。

――ばか、右だ、右!――

 で、右の車道を見たら、黒塗りのセダンの運転席で西田さんがカワユクもオゾマシク、にこやかに手を振っていたってわけ。


 しばらくすると、さっきのポルシェがお尻を振りながら、猛スピ-ドでわたしたちの車を追い越し、前に回ったかと思うと二回スピンし、街路樹にノッシンって感じで当たって停車した。



 無視して行けばいいのに、西田さんは車を停めて降りていった。グラサンは外している。ひどく優しげな、人を食った顔になる。

 同時にポルシェから、革ジャンのアンちゃんと、フォックスファーのダウンジャケットのオネエチャンが、ガムを噛みながら降りてきた。



「オッサンよう……」



 アンちゃん、あとは言葉にならなかった。西田さんの左手で腕を捻り上げられ、右手で頬をつままれると、ポンと音がして、アンちゃんの口からガムが飛び出した。

「人と話をするときに、ガム噛んでちゃダメ。言っとくけどね、車線またいで走ると迷惑なんだよ、分かるボクちゃん……アレレ、ポルシェのノーズ凹んじゃったね……アハハ、このポルシェ、オートなんだ。車はマニュアルでなくっちゃ、遊園地のゴ-カートじゃないんだからさ。二回転スピンしたのはテクニックじゃなくて、単に滑っただけなんだね。チュ-ンもハンチクだね。スタビライザーがノーマルのままじゃね(片手でポルシェを左右に揺らした)グニャグニャ。いくらタイヤをスポーツに履きかえてもね。よし、これも何かの縁。オジサンが見本見せたげよう……お嬢さま、しっかり掴まっていてください」

 西田さんは車を五十メートルほどバックさせると、素早くシフトチェンジ。急発進させると、ポルシェの手前でハンドルを左にきって、サイドブレーキを引いた。

 見事に左回りにスピンさせると、ポルシェの手前一センチで停めた。同時に車の横腹は、道路脇に居たアンちゃんとオネエチャンの目の前三センチに位置していた。


「……かわいそうに、あのボクちゃん、チビっていたわよ」



「女の子も気絶させるつもりもなかったんですけどね。ヤワになりましたなあ、今時の若者は……あ、お嬢さまは別でございますよ」

「西田さんから見たら、まだガキンチョなんでしょうね。マリは……」

「いいえ。とんでもはっぷん、歩いて十分。車で三分……間もなくでございます」

 その三分の間に、西田さんは車載カメラ(これで、歩道を歩いていたわたしを見ていたのよね。もちろんお祖父ちゃんのパソコンに直結)を調整。どうやら、さっきのカースタントの時はオフにしていたようだ。むろん、わたしに口止めしたのは言うまでもない。

 わたしに三輪車から、ナナハン、GTの扱いまで教えてくれた師匠なので、黙っていることにする。

「だって、急にポルシェが前に飛び込んできて急ブレーキ。マリ怖くって覚えてな~い」

「……そのブリッコは、いささかご無理が……」

「やっぱし……で、和子ちゃんお元気?」

「はあ、やっと高校演劇のクセが抜けて、寂しいような嬉しいような顔をしておりますよ」

「ハハ、貴崎カラーは強烈だもんね」

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