39『なにかがタギリはじめた……』
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・39
『なにかがタギリはじめた……』
ガタガタガタ……気の早い木枯らしが、立て付けの悪い窓を揺すった。
二三人が、そちらに目をやったが、すぐに机の上のSDメモリーカードを見つめる視線の中に戻った。
「再生してみますか……」
加藤先輩が小型の再生機を出した……ほんとは気の利いたカタカナの名前がついてんだけど、こういうのは携帯とパソコンの一部の機能しか分からないわたしには、そう表現するしかない。
「マリ先生が再生するなって……」
「じゃ、マリ先生……」
わたしは持って行き場のない怒りに拳を握って立ち上がった。
「そう……じゃ、マリ先生は、全てを知った上で辞めていかれたのね」
柚木先生が腰を下ろした。木枯らしはまだ窓を揺すっていたが、もう振り返る者はいなかった。
「あとは山埼、おまえががやれ」
峰岸先輩は山埼先輩にふった。
「……今日は結論を出そうと思う」
山埼先輩が立ちながら言った。
――結論……なんの結論?
「部員も、この一週間で半分以上減った。このままでは演劇部は自滅してしまう。倉庫も、機材ごと丸焼けになってしまった。今さらながら乃木坂学院高校演劇部の名前の重さとマリ先生の力を思い知った」
――思い知って、だからどうだと言うんですか……。
「忍びがたいことだが、まだオレたちが乃木坂学院高校演劇部である今のうちに、我々の手で演劇部に幕を降ろしたい」
みんなウツムイテしまった……。
「……いやです。こんなところで、こんなカタチで演劇部止めるなんて」
「気持ちは分かるけどよ、もうマリ先生もいない、倉庫も機材もない、人だって、こんなに減っちまって、どうやって今までの乃木坂の芝居が続けられるんだよ!」
「でも、いや……絶対にいや」
「まどか……」
「わたしたちの夢って……演劇部ってこんなヤワなもんだったんですか」
「あのな、まどか……」
「わたし、インフルエンザで一週間学校休みました。そしたら、たった一週間でこんなになっちゃって……駅前のちょっと行ったところが更地になっていました。いつもパン買ってるお店のすぐ近く。もう半年以上もあの道通っていたのに、なにがあったのか思い出せないんです」
なにを言い出すんだ、わたしってば……。
「ああ、あそこ?」
「なんだったけ?」
「そんなのあった?」
などの声が続いた。外はあいかわらずの木枯らし。
「今朝、グラウンドに立ってみました。倉庫のあったとこが、あっさり更地になっちゃって。他の生徒の人たちはもう慣れっこ。体育の時間、ボールが転がっていっても平気でボールを取りにいきます。あたりまえっちゃ、あたりまえなんですけど。わたしには、わたしたちには永遠の思い出の場所です」
「なにが言いたいんだ、まどか」
「今、ここで演劇部止めちゃったら……青春のこの時期、この時が、駅前のちょっと行ったところの更地みたく、何があったか分からない心の更地になっちゃうような気がするんです。たとえ燃え尽きてもいい。今のこの時期を、この時間を、あの更地のようにはしたくないんです……」
「まどか……」
里沙と夏鈴が心細げに引き留めるように言った。
「それは感傷だな……」
峰岸先輩が呟いた。
わたしの中で、なにかがタギリはじめた……。
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