34『ここからやり直してみようと思ったのだ』
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・34
『ここからやり直してみようと思ったのだ』
明くる日、かかりつけのお医者さんに行った。
「もう、大丈夫だ、明日……は、土曜か。月曜から学校行っていいよ」
先生が、狸のような体をねじ曲げ、カレンダーを見ながら言った。
「あの……」
と、カーディガンを着ながらわたし。
「うん?」
カルテに書き込みしながら、横顔で先生がお返事。
「明日、外出してもいいですか?」
「デートかい?」
と、カルテをナースのオネエサンに渡しながら先生。
「そ、そんなんじゃないですよ!」
ナースのオネエサンが笑っている。
「ま、あらかわ遊園ぐらいにしときな……日が落ちるころには帰ること。で……」
「手洗いとウガイ!」
「まどかも、そんな歳になったんだ……」
わたしの方に向き直った拍子にハデにオナラをした。
「ハハハ、歳くうと緩んできちまってな……窓開けようか。昼に食った芋がよくなかったかな」
狸先生は、お尻を掻きながら窓を開けた。思わず笑ってしまう。
このユーモラスなカワユサに騙されて、ガキンチョのころ、よく注射をされた。
「アハハ」
と、笑っているうちに、ブスリとやられる。油断のならない狸先生だ。
「あらかわ遊園に行くんだったら、一つ教えおいてやろう。まどかもジンちゃん(うちのお父さん)に似て雰囲気と行きがかりってのに弱えからな……」
老眼鏡をずらして、おまじないを教えてくれた。
思わず吹きだした。
狸先生は、いつもこんな調子。昔ケンカ別れしかけたお父さんとお母さんを、こんなノリでヨリを戻したこともあるそうだ。
ま、そのお陰で、わたしがこの世に生まれたってことでもあるんだけど。
帰りに、しみじみと古ぼけたなじみの看板を見た。
――内科、小児科。薮医院……と、診療室の開けた窓からハデなくしゃみが聞こえた。
狸先生に言われたからじゃない。
ここからやり直してみようと思ったのだ。
床上げ祝いにもらったシュシュでポニーテール。ピンクのネールカラー、サロペットスカートの胸元には紙ヒコーキのブロ-チ。そんな細やかな、ファッションへの気遣いにあいつは気づきもしない。
「思ったより元気そうじゃん」
と……間接話法ながら一応の成果はある。病み上がりと思われるのヤだったから。
あらかわ遊園、観覧車の前。むろんあのときのクソガキはいない。
「ここで、まどかが『キミ』なんて言うから」
ヤツ……忠クンが口を尖らせた。
「忠クンの言葉、あのときはとても飛躍してるように感じちゃって……」
「観覧車が回り終えるまでに言わなきゃと思っちゃってさ……」
「で、精一杯アタマ回転させて出てきたのが、あのストレートなんだよね」
「言ってくれんなよ……」
「わたしもゴンドラが着くまでに答えなきゃって……この観覧車、速いのよね。お返事考えるのには」
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