幼稚園バス

 幼児期と言えば、私が幼稚園に通っていた時の強烈な思い出を、ひとつ。


 私は幼稚園に1年だけ通いました。

 その幼稚園には送迎バスがあって、毎日バスに乗って通園しました。

 家は幼稚園から2㎞ほどの場所にあったので、迎えのバスは一番早く乗るようになります。逆に送るバスは遠くから回る為、一番最後に降りるようになりました。


 あの日、送るバスに乗った私は、右の後輪近くの席に座りました。そこがお決まりの席になっていたような記憶があります。


 峠の麓近くの農村から園児を順に降ろし、いつものようにバスは水田地帯を長閑に走って行きました。

 だんだん車内に残る園児が少なくなっていくのですが、それでもまだ騒々しかったのは、仲良し二人組の男児がはしゃいでいたから。その二人組も、バスを降りる時がきました。


 先にバスを降りた男児が「先生さよなら!」と叫びながら走り出し、後から降りた男児が慌てて追い掛けます。

 それは毎日繰り返されていた光景で、いつもと同じと、誰もが気にも留めなかったのです。

 扉が閉まり、ゆっくりとバスが発車した時でした。


 ……ゴットン……───


 左の後輪が何かに乗り上げ、バスが大きく傾いで揺れました。

 そして1メートルも走らないうちにバスは急停車し、顔色を変えた運転手が幼稚園の先生を押し退けるように、ドアを開けて飛び出して行ったのです。後を追った幼稚園の先生の悲鳴が響きました。


 道路には、後から降りた男児が倒れていました。

 転んで倒れたのか、バスの下に潜ったのか、定かではありません。

 確かなのは、男児の胴体を幼稚園バスの左の後輪が轢いた、という事実。

 そうして男児が死亡した、という現実。おそらく即死でした。


 男児の柔らかな胴体に乗り上げ、ゆっくりと傾いでいった車体。

 鈍く重い音と共にタイヤが着地した振動───。


 あの時の感覚を、私は未だに忘れられません。



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