第十一章…「その眼が意味する姿は。」


「あの人は、ちゃんと君の力になれた?」

 ヴァージットの妻フラウは、ちょっとだけ寂し気に、弱った声で、少し話をしないか…そう私に切り出した。

 そんな彼女の願いを受け、直接ヴァージットのいる家へと戻るのではなく、遠回りをして行こうと海沿いを通り、その足を工場区の方まで伸ばす。

 人気の無くなった工場区まで来て、フラウから出された最初の問いは、夫の心配からだった。

「彼なりに善処してくれていたと思う。まぁ、途中で横槍というか、横大砲が飛んできて、調べ事なんてしてられなくなっちゃったけど」

「たいほう?」

「…あ~、それは気にしないで。横槍のすごいのが飛んできた程度に思ってくれればいいから」


---[01]---


「いや、大砲ぐらいわかるって」

「わかります? 軍の方でも見た事ないですけど。それ以外の場所だとなおさら」

「はい。鉄の筒に火薬と丸い鉄の球体を入れて撃ち出す武器の事よね?」

「うん。だいたいそんな感じ」

 これは、いわゆる彼女が作られた時に得た、ヴァージットの記憶だろうか。

「その知識、どこで?」

 良い機会、この会話は偶然か、それともあの怪物の策か…、どちらにしても探りを入れるのに持って来いの場…かもしれない。

「どこかな~。そんなの本とかで見た事がある訳でもないのに、なんでか知ってるんだよね」

「不思議な話ね」

「ホントそう。最近そういう事が多くてね。多分その頃からだと思うんだ。あの人が私を見る度に怯えるようになったの。まぁ他にも違和感は出てるけど、そんな中であなたが現れたから、私の頭の中は乱闘交じりのカーニバルが開催中よ」


---[02]---


 この世界の人間からは聞いた事のない単語を交えつつ、彼女は私の顔を覗き見る。

 それとも、こっちでもあるのかな…、カーニバル?

「ごめんなさい。こちらも色々あったから、あなた達の事情を汲む事ができなくて」

「・・・はぁ。そうよね~。ここの軍の人達って、訓練ばかりで忙しいの方向性が、ちょっとだけ違うイメージだったけど、今はそんな事言ってる場合じゃないぐらい忙しそう。ゴ〇ラみたいな怪物とか、漂流船とか…」

「それはもう」

 まぁ大変なのは、私とかではなく、フィアとかそれにあたっている人達だけど。

「だからさ。そんな状態であなたが、その辺の一般人と変わらない旦那に、なんでこのタイミングで近づいてきたのか。それが気になったのよ」

「偶然の積み重ねって感じかしら」


---[03]---


「まぁ現実は小説より奇なりとは言うけど」

「何か心配事でも?」

「心配事? そりゃ~アリアリよ。内気で人付き合いの苦手な人が、家に女の人を呼んだのよ? 心配しない妻がいるものですか。あなたがリータさんじゃなかったら。相手が軍人だろうが、まず挨拶代わりにその腹へ正拳突きをお見舞いしてやるわ」

 なんだそれは。

 大人が接触してきたらガチ蹴りをくれてやるシュンディのような思考だ。

 一瞬とはいえ、背を何か冷たいモノが伝うぞ。

「私の事、知っていたのね」

「何言ってんの? この島の人達からしてみれば、貴女は英雄様だよ? 今じゃ皆貴女の事を知ってるって。周りの人からなんか言われたりしない?」

 現実で言うなら…象より大きい肉食動物が街を襲って、それを撃退した…並みの一大ニュースだろうし、有名にならないはずがないか。


---[04]---


 あれから、そんなの気にする事もなかったし、普通に道を歩いていてそれ関係で声を掛けられる事もなかった。

「皆名前は知ってても、私がそのリータだって気付いていないんじゃないかしら。そもそも訓練で朝が早いし、帰りも遅い、その辺の事情もあると思うわ」

「そっか…」

 そして、隣を歩いていたフラウの足が、不意に止まる。

「どうかしました?」

 フラウは、片目が隠れるように、右手で額を押さえる。

 普通とは違うその仕草に、若干の不安を覚えたが、彼女は私の問いかけに、ゆっくりと首を横に振った。

「最近、頭痛が多くて…。酷い時には立っているのもやっとなぐらい」

「大丈夫?」


---[05]---


「大丈夫大丈夫。すぐ収まるから」

 そう言ってこちらに視線を向けた彼女の目は、どこか遠くを見ているようで、一瞬だけ何かに怯えるような、そんな色を見せる。

 不審に思った私は、彼女が私ではなく、その先を見ているのかと思い、振り返るが、しかしその先には何もない。

 夕焼けに染まる空は終わりを告げ始め、その色を黒へと変えながら、いくつもの星々を空へとばらまき始めている時間。

 太陽が最後の力を振り絞るかのように、その光を届かせている私達の進む道の先には、人の影はない。

 彼女の、その変化は何に対しての変化か…。

 それがもし私なら、その意味する所は…。

 不信感が積もる。


---[06]---


 自分の見間違いだろうか…、それを確かめようと、再びフラウの方へと向き直った時、自分の映るモノは、頭痛に苦しみながら、何かに怯える女性の姿ではなかった。

 自分の顔目掛けて飛んできていた拳。

 その唐突な攻撃にデジャヴを感じつつ、咄嗟にそれを横に動いて避ける。

「急にどうしたの?」

 急な事に戸惑う私。

 明らかに雰囲気の違う彼女、危険な雰囲気を感じ、私はすぐに距離を取る。

 さっきまでと同じ、頭痛を堪えて額を押さえる仕草、ちょっとだけふらついているその立ち姿は、なんら変わらない。

 でも振り返ってこちらから見えた彼女の姿には、明らかな変化があった。

 見間違いと思いたいけど、見間違いじゃない。

 私を見ていたダークブラウンの目はその姿を隠し、変わって向けてきた目は、血のように赤く、この薄暗くなってきた周囲とは対照的に、その色を浮かび上がらせているかの如く、はっきりと、そして光っているかのように見せた。


---[07]---


 何の前触れもなく、唐突に操作する人が変わったかのように、その様相を変える。

 ヴァージットの言っていた赤い眼、それが寝ぼけた身間違いじゃない事は、今、自分自身で確認が取れた。

「私の声…、聞こえている? フラウさん?」

 さっきまでヴァージットの事を思い、悩んでいた女性が、その目に何の感情も灯さず、顔からは感情の火も消えた。

 まるで、何かを取り繕う仮面が剥がされたかのよう、それか本来持っていた感情の上から別の何か、自我を消す何かをされたかのようだ。

「フラウさん?」

 こちらの問いかけには何の反応も見せない。

 その代わりというかの如く、向こうから出てきたのは、言葉ではなく拳だった。

 俺は、格闘技というものに対しての知識は持ち合わせていないが、その容赦なく私の顔に向かって突き出される拳は、私からしても素人のソレとは違うと感じる。


---[08]---


 いわゆる正拳突き上段…からの下段蹴り…。

 テレビなり、漫画なり、ゲームなりで得た知識を振る動員して、何とか分かったソレは、普通に受ければ確実に痛いだろう。

 避けた時に自分の体へと当たる風は、普通の女性のソレとも違う力強さを感じる。

 それは習っていたからとか、そういうモノではなく、魔力による強化の強さ。

 冗談では済まない力の入りようだ。

 止めなければ…。

 そう思って出した右手を、彼女は左手で掴み、空いた右手が私の腹へと、容赦なく、まっすぐにめり込む。

 痛いと頭が感じるよりも、お腹へ強烈な圧迫感が襲い、空気を含め、体の中に取り入れていたモノが全て押し出されていく。

「がはっ!?」


---[09]---


 彼女は掴んだ右手を離すと、さらに一歩前へと踏み込んで、めり込ませた拳を思い切り振り抜いた。

 軽く10メートルは殴り飛ばされる私の体。

 望まない形で、彼女の体が魔力で強化されている事を実感する結果となった。

「げほっ…ごほっ…」

 肺から…胃から…、実際には何も出てはいないけど、そう感じさせるほどの吐き気を伴う咳が出る。

 これはまた…。

 膝を付く体を立ち上がらせながら、私は腰の左側へと手を伸ばす。

 しかし、そこにあったはずのモノは無くなり、それの入れ物だけが、寂し気に腰に下げられていた。

「・・・」


---[10]---


 言葉が出ない。

 私の器の大きさでも図ろうとでもいうのか?

 なかなかに苛立ちを覚え始め、その感情の籠った視線を、自分の腹へ拳をクリティカルさせた女性へと向ける。

 少しだけ前屈みになり、左手で額を押さえる彼女の右手には、その容姿には不釣り合いの両手剣が握られていた。

 現実で言うなら、警察を襲って拳銃を奪うが如き、絶対にやってはいけない愚行。

 何かに操られているのか、こちらの事など意に帰さず、相手を叩きのめす敵プレイヤーのように、彼女は動く。

 両手で私の剣を握り、虚ろな赤い眼がその標的を捉え、臨戦態勢に入った。

 決して速くはない動き、しかし、その刃が狙うモノは本物の様だ。

 一瞬で距離を詰めた彼女の振るう剣は、その間合いも、力加減も、明らかに人の命を奪うにはあまりある動き。


---[11]---


 ガキンッ!と、私の両手剣と抜いた短剣のぶつかり合う音が周囲に響く。

 得物を市民に向けるなんて…などと、忠義に満ちた事を言うつもりはないが、この状況はまさに予想外の想定外だ。

 短剣越しとはいえ、攻撃を防いだ右手が、ジンジンと痛みを覚える。

 さっきの素人とは思えない拳技とは違い、剣の方はただ力任せに振るったような…そんな感じか。

 振るった側なはずの彼女の体が、遠心力に負けてフラフラと揺らめきながら一回転する。

 力配分をしない、その両手剣を自由に扱うだけの肉体強化ができていない証拠。

「・・・」

 短剣を構えて、私が冗談抜きの戦う仕草を見せても、彼女の反応は無いに等しく、両手剣の切っ先で地面を擦りながら、こちらへと歩いてくる。


---[12]---


 異様な眼の状態に、感情の籠っていないその表情も相まって、なかなかに怖さを醸し出す。

 B級のホラー映画にありそうな絵面だ。

 まぁそう言った映画はあまり見ないんだけど…。

 甘く見たとか、不覚を取ったとか、言い方は多々あれど、剣を取られた以上は兎にも角にも、彼女の鎮圧あるのみ。

 やりづらさがあるとするなら、殺さず、怪我をさせずの手加減を有する所。

 ヴァージットの言葉が正しければ、ここで命を取って力尽くな鎮圧もやれるだろうけど、彼の言葉を信じないのではなく、それをしてはいけないと頭の中で何かが叫ぶ。

「手荒になるかもしれないけど、勘弁してね」

 ふわりと全身が瞬く間に軽くなるのを感じる。


---[13]---


 そして、今度は自分から、彼女の方へと突っ込んでいった。

 戦闘に入ってから、彼女が反応を起こすようになったのは、少しながら複雑な気分だ。

 不釣り合いだからこそ、振り上げてから振り下ろすまでの流れも遅い、狙いも正確に定められずに落ちてくる刃を、片手剣を叩き込む様に剣の側面に打ち込んで、その軌道を逸らす。

 切っ先が的を外れ、地面を砕くと同時に、私の周り蹴りが彼女を捉える。

 蹴った時の感触は、訓練の時の模擬戦で感じる時のソレとは明らかに違う。

 鍛えられた体ではない、人らしい柔らかさがダイレクトに自分の足へと伝わって、魔力に関しての強化の熟練度の差を感じずにはいられなかった。

 ただただ、罪悪感が私を襲い、胸糞悪さが感情を逆なでしてくる。

 蹴り飛ばされ、地面を転がった彼女は、何食わぬ顔で立ち上がり、その赤い眼がこちらから視線を外す事はなかった。


---[14]---


 できる限りの加減は確かにしたけど、それだってあんな直撃の仕方をすれば、痛みを感じないはずがない。

 等身大の人形と戦っている訳じゃないんだから、それ相応の反応が返ってきてもいいだろうに…。

 無力化するにしても、その目的に対して一直線になれない。

 相手が普通の人間の姿であるという事がやりづらい、訓練ではないある種の実戦であるこの状況が大きな足枷になっている。

 彼女の振るう剣のスピードが増す。

 一振り、二振り、それは何かを確かめるように…、スピードと共に、その力もまた大きくなっていった。

 それでも動きが鈍い事に変わりないからと、短剣ではなく拳や蹴りで、彼女の体へとダメージを与えていくが、いくら攻撃しても立ち上がる。


---[15]---


 何回目か…。

 彼女は再びその体を地面に転がし、そしてそこからはまた同じ、スッと立ち上がってその赤い眼をこちらに向ける。

 でも、全てが同じという訳じゃなく、その瞳からは一滴の涙が、その頬を流れ落ちた。

「…ッ!?」

 一瞬、全身の力が抜けるような、そんな感覚が、私を襲う。

 同時に、彼女の体を覆う様に、風が舞い上がった。

 それは私自身が何度となく経験してきた事。

 魔力による肉体強化、その過剰な魔力供給時に、必要以上の魔力が体から溢れ出る事で起きるソレだ。

 それはつまり…。


---[16]---


ガキイイィィーーンッ!

 数メートルの距離を、一瞬で…、まるでワープしたかのように、彼女は私との距離を詰める。

 瞬く間とも思える速さで、剣の刃が私を襲い、それに食い殺されない様にと、短剣が弾いた音が、今日一番の衝撃音となって周りに響く。

 その瞬間、今まで私の中にあった邪念が消え去った。

 感情の籠らない剣は、何も汲まない、何も介さない…、ただそのスペックを発揮するだけの、凶器。

 人が扱うのなら何かしら、その剣に混じるもの、それがはっきりとわかるほど、私は経験を積んじゃいないけど、そんな私でもわかるほど、今の剣は無機質に、ただただその刃を光らせた。

 剣の扱いは相も変わらず乱暴で、子供が振るう棒のように統一性が無い。


---[17]---


 それでも、その速さや力は、剣士を相手にしているように鋭かった。

 横なぎに振るわれる剣を、走り幅跳びのハードルを越えるように避け、その時に剣が振るわれている方向へ、振るう力に上乗せするように短剣で叩く。

 剣を振るった力以外で、別の余計な力の追加によって体勢を崩す彼女に、その腹へと拳をお見舞いした。

 体がその衝撃によって後ろへ叩き飛ばされる刹那、横から襲い掛かる彼女の刃…。

 肉を切らして骨を断つとでも言う気か。

 短剣での防御は間に合わない、自分の体を襲い掛かる剣とは逆の方へと逃がす…、それだけでも足りないから、姿勢をできる限り低くもして剣の下を潜った。

 体勢は崩れ、避けようと動かした体の勢いに逆らわずに、転がる様に受け身を取って膝を付く。

 髪を結んでいた紐が切れ、不自然になった毛先が垂れ落ちる。


---[18]---


 髪は女の命というが、そんな事を気遣っている場合も無く、私はすぐさま彼女の方へ向けて走った。

 ゲホゲホッと胃の中のモノを吐く彼女は、こちらの動きに気付いて、すぐに剣を振るう。

 それを、短剣を斬り上げて弾き、刃を逆にして、峰を相手に向かって振るった。

 しかし、それは空振り。

 姿勢を低くして避けた相手は、足払いで私の体勢を崩すと、倒れた私を蹴り飛ばす。

「んがッ…」

 素人なのか経験者なのか、唐突に出てくる要領の良い的確な攻撃に翻弄される。

 立ち上がろうとする私に、彼女は加減なく剣を振り下ろし、私は地面を転がる様に避けていった。


---[19]---


 ガンッガンッと、地面にいくつものひび割れを作っていく。

 両腕に魔力を集め、次に剣を振り上げられた時、手で体を飛ばし宙を舞う、空中で不格好ながら体勢を整えて着地。

ガキイィーンッ!

 すぐに距離を詰めてくる彼女の剣を、今度は全身に力を入れ、捌くのでなく完全に受け止める。

「く…」

 衝撃で足が地面を少しだけ滑る。

 人の事は言えないかもしれないが、その体のどこにそんな力があるというのか…。

 訓練していなくても、無理を承知した魔力による強化が、これだけ使用者に力を与えるというのは、厄介であり、今回ばかりは恨めしい。

「うがあぁーッ!」


---[20]---


 鍔迫り合いのようになっていた状態で、押し込んでくる剣を、全力で押し返す。

 それに押され、彼女の剣を握る手から、僅かに力が緩んだ。

「…ッ!」

 そこを攻め時と見て、一気に短剣を振り上げた。

 相手が完全に体勢を崩す、得物を放すまいと両手剣を何とか弾き飛ばされずにいた彼女だったが、すぐに私は両手剣の柄を空いている手で掴む。

 そして、蹴り飛ばす形で、かなり強引だが、自身の両手剣をその手に戻した。

 例の如く、すぐに立ち上がり、こちらに向かって来ようとする彼女に対し、私は両手剣の切っ先を向ける。

 さっきまでの流れなら、そんな事をした所で、彼女の威勢は衰える事をしないだろう。

 しかし、彼女は止まった。


---[21]---


「・・・」

 終わったと思いたかった。

 でも、今もなおその眼を赤く染める彼女は、無表情で、無言のまま、こちらを見続ける。

 緊張が辺りを包み、口の中の水分はより一層の干からびを見せた。

『自分に牙を向けた相手を殺さないのか。お優しい、お優しい』

 そんな時、彼女とは反対側、私の後ろの方から声が聞こえ、悪寒と共に彼女へと向けていた剣先を、声のした方へと向けた。

 その先には、何もない、何もないはずの空間に、そいつは姿を現す。

 黒い靄が充満し始め、それが一か所に集まり、次第に人の形へと、その姿を変えていく。

 そして現れたのはあの怪物だった。


---[22]---


「相変わらず、ゾンビなのかミイラなのかわからない姿だな。」

『カヒッ…。酷い事を言うじゃないか。我だって好きでこんな姿をしてる訳じゃないっつ~の』

「ふんっ…。人は見かけによらないと、胸を張って言えるなら、今の言葉は訂正してもいいけど…。あなたの場合、それに含まれないだろ?」

『ん~…。ン~…? ん…。うん、確かにそうだ』

 顎に手を当て、考える素振りを見せるも、結局返って来た言葉は、こちらが思っていた事。

『じゃ~、見かけが大丈夫なら…。その人は安全なのかな?』

「…ッ!?」

 命の危険を感じてか、全身の神経が敏感になり、後ろで彼女が動く音ですら、大きなモノが地面に落ちたかのような反応を、私は見せてしまう。


---[23]---


 両手剣の切っ先を怪物に向けたまま、彼女の方へは短剣を向けた。

 一歩二歩と後ろへ両者を視界に入れられるように後退り、怪物、彼女、自分で三角形を作るような形で対峙する。

 まるで、怪物の声に反応するかのように、動きを見せた彼女。

 怪物と彼女、同じ赤く染まった眼が私を見やる。

 戦った後とはいえ、それにしたって多い汗が、体を伝っていく。

『面白い面白い。目が覚めたら、作物同士が仲良くお話しているんだから、我も混ぜてほしくって~。お邪魔しちゃったかな?』

「自分が、来てほしいってお呼ばれされる程人気者だと思ってるのなら、見た目相応に頭の中身も腐りきっているな。私達と仲良しごっこをしたい訳でもないくせに…。人が困る所を見て喜ぶ愉快犯が…」

『あらあら、よく我の事をわかってくれているじゃん。なんか照れるなぁ。あははっ!』


---[24]---


 言葉を交わす度に、虫の居所が悪くなる。

『でもま~、楽しんでくれたかな? 今のキャットファイトは、題名を付けるなら…ドロドロ、軟弱夫を奪い合う妻と愛人…て所かな?』

 自分の立場と言うモノを理解していない軽い口調に、イライラが募り、思わず加減なく怪物の体へと剣を振るってしまう。

 しかし、その結果は前と同じで、そこには何も無いかのように、私の剣はスッと空を斬る。

『うわぉッ! 危ない。君、敵と判断したらどんな会話をしても首を取ろうとする感じ? 我らよりその思考の方が怖いと思うんだけど?』

 斬りかかった事で、怪物と彼女が一線に並び、私の前に来る。

 短剣を逆手に持って、両手剣を切っ先だけを敵に向けた。

『はぁ…。楽しく話でもしようと思ったのに。そんなにやる気満々じゃ、こっちまで気が張って疲れちゃうよ』


---[25]---


「話? なら聞かせて。あなたはなんなの? 目的は何? この世界は…」

『チッチッチッ…。時間切れだ。自分から話の邪魔をしておいて、いきなり話をしようなんて…。しかもこっちに質問攻めとか…、虫が良すぎ。そんな事、許さないに決まってるだろ。全てはこちらの都合で動く、そういう存在なんだよ、お前たちは』

「なに?」

『所詮は食料のくせに…いけしゃあしゃあと…。君は我の作物じゃないけど、作りは我のと同じ。扱い方は知っているんだ。だから痛めつけるのだって簡単、ほらこんな風に…』

 怪物が私に手を向ける。

 その目に浮かぶ笑みに、私は危険な臭いしか感じなかった。

 やられる前にやる。

 勢いよく地面を蹴り、怪物との距離を詰めた私は、剣をその脳天に向かって振り下ろす。


---[26]---


 どうせ当たらない、そんな諦めめいた感情が渦巻く中で、直撃ではないにしろ当たった事があるのもまた事実、何もしないで相手が何かをやるのを、指を咥えて見ているなんて、私にはできなかった。

 しかし、僅かに抱いた可能性は、不発に消える。

 剣の刃は空を斬り、斬れたモノは地面だけ。

 その瞬間、全身を撫でられたかのように、冷たい何かが、私の肌を撫でる。

 そして、さっきまで何ともなかった視界がぼやけ、自身の意識もまた黒く塗りつぶされていくかのように霞んでいった。

 何とか抗おうとするけど、全身の力が抜けていく。

 体がぐらついて、地面に倒れ行く中、ぼやけた視界の中で、あの怪物に光る何かが当たり、その姿勢を崩す姿だけが見え、私の意識は闇の中へと沈んでいった。


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