白雷虎⑥
まずは結論から。
雷虎はあの微弱な雷を使って物の位置を探っている。
一つ目の理由だ。雷虎が俺たちと初めて会敵した時、つまりはダルクたちを追っていた時だ。その時になぜ俺たちの前に現れることが出来たか。
最初は盲目なんて知らないから普通に追いかけてきただけだと思っていたけど、戦っているうちに違うとわかる。一番わかりやすかったのはやはりシャリアとの戦闘だろうな。生物の肉体そのものを微弱な雷で見つけていたと言えばいいだろう。サメと同じ方法だな。サメも器官を使って生物の持つ微弱な電気を感知できるからだ。えっと、なんて言ったかな……
二つ目の理由。これはかなりわかりやすいが、さっきのナイフだ。鉄製のものが飛翔している時にはどうも出来ないが、位置が確定、地面なんかに突き刺さった瞬間に襲った雷だ。
あとは金属鎧だな。俺たちはあまり金属系の物は身につけていない。ダルクなんかは金属鎧を含めて感知されてたんだろうな。戦闘の時に追われてたシャリアの場合はベルトなんかに使われていた鉄などを感知していたと思う。
じゃああの棘はなんなのか。
俺の予想は雷虎の感知範囲を示すものだと思う。つまり雷虎にとっての蒼雷の射程だ。雷虎が雷を使って周囲を感知していたとしても、具体的にどうやっているのかなんて知りようがない。知っているのは目の前の雷虎、本人、いや本獣だけだ。
だからこっからは銃以外ではもう大して役に立たない現代知識だな。おっと、チートじゃないぞ。大学生が普通に知ってるような知識しか持ってないからな。
雷虎が周囲を感知していたであろう方法はいわゆるレーダーだ。
自身を中心とした半径五百メールに自身の棘を木に突き刺すなどして円形を形作る。そこに自ら発生させた雷で棘を介してだいたい円形の弱電気フィールドみたいなのを構築して完成だ。棘の高さはまちまちだが、あの中に入った瞬間には静電気で髪の毛がブワッとなるだろうから電気を感知出来る雷虎にとってはそのレーダーの高さなんて関係ないのだろう。
……とまあ呆れたここまでが二つ目の理由だ。魔物とはいえふざけてるな。
「はぁ……雷もとい静電気を感知できるなんてなんたるチート能力だよ。しかもそれは魔法じゃなくてデフォルトで搭載されてると?レーダー系涙目だなこりゃ」
「どうしますか?さすがに金属のものみんな気づかれるんじゃ……」
観察してた場所からまた少し戻って数十分。この作戦の要のルルは目を閉じて集中し、マナは武具の手入れだ。
「言ってしまえば、止まらなきゃいいんだ。雷虎は雷は感知出来て、さらに動く人間とかも見つけられる。でもそこに向けてな正確に攻撃するには相手が止まってないといけない」
「そうですね。でも実行するのは難しいですね……」
「俺の銃の弾は金属製だが、速さと小ささで感知こそされるが蒼雷に当たることは無いはずだ。そもそもあの蒼雷は動きが止まらないと当てられないみたいだしな」
「じゃあさっき私に向けて放ってきてた蒼雷は……」
「単なる予想だけど、雷虎がその本領を発揮出来る今のこの状況。さっきは雷虎自身による雷の領域が構築出来ていなかったし、雷虎にとって相手は速くて音で探すのも難しい。わかるのはある程度の位置だけ、ならばその方向に向けて蒼雷を放つしか無いな。それで一時的にでも退けられたなら雷虎の勝ちだ。そしてその後今みたいに雷を張り巡らせて相手を待ち伏せるなりする」
「それがあの雷虎の戦い方なんですね」
「そうだな。多分、長年の知識と経験。そしてその二つに裏付けされた勘に頼った獣らしい狩りだ」
狼は群れで相手を追い詰める。それは親から子へと受け継がれた本能とはまた別の知識だ。そしてその知識を生み出したのは経験だ。最後にその知識と経験を活かすには勘に頼る。
そうして獣は繁栄してきたのだ。
「持てるもの全てを用いて生きる獣か……ここまで来ると感心だな」
「ええ。だからこそここまで老いるほど生きてこられたのでしょうね」
「でも、さすがに倒さない訳にはいかないよな」
「大森海の端までがどれくらいかはもう正確にはわかりませんけど、それでも野放しにするのは危険かと。雷虎はたしかにあそこから動きませんけど、万一がありますからね」
「そうなんだよな……やっぱり火力不足が否めない」
「そうなんですか?」
「俺の持つこの銃。本当ならもう一回り大きくする予定だったんだが、俺自身がまだ銃の扱いに完全には慣れていないこと。あとは威力が高すぎると思ったんだ」
「威力が?」
「ああ。シャリアは知っていると思うが、今持ってるこいつは言ってしまえば人や普通の獣に向けるものだ。もちろん魔物にも通用はするだろう。でも、それだけだ。硬い甲殻を持つ魔物……それこそ目の前の雷虎へはろくに傷をつけられていない。自分で威力が低めなこれを選んだけど……いろいろと、複雑な気持ちだよ」
「?」
「俺は師匠との修行の一環で何度か山で銃を使っただけで、実戦ってのは経験が無いんだ。だから多分、怖かったんだろうな」
「怖かった……ですか」
「うん。修行じゃない本当の命のやり取りで、これ以上の威力を持つ武器が手元にあるのが怖かったんだ。でもだからこそ今のこれを手に取って、自分がこれ以上の物を手に取るにはまだ早いってことを気づかせてもくれたんだ」
まあその怖さを隠すために色々と理由も立てたな。「威力が高すぎて素材がダメになってしまう」だの、「音がうるさすぎる」とかな。
そもそも、対人ライフルと対物ライフルじゃ威力以前に弾の大きさや口径なんかも違う。反動も大きく変わるから最初から対物ライフルじゃなくて良かったと思わなくもないんだよな。素材とかその面で。
そんな時だった。
「ヤマト、準備できたわ」
今回の要。ルルが目を開けたのは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時は少しだけ遡る。
私は、ヤマトから手渡された魔砲の試作品を分解しようと試みていた。
「なかなか、開かないわね……」
「普通は開けませんよ?そもそもヤマトさんも無理やりと言ってましたし、開けてもしもがあったらどうするんですか?」
ヤマトは今、雷虎を観察しに行っている。私の魔力が回復するのを待つ間にできるだけ情報が欲しいって言ってたわね。危ないことしてなければいいんだけど。
「ならば……こうよ!」
バキッてなんかなっちゃいけない音が鳴った気がするけど気にしちゃダメよ。うん、そうよ。
さて、中身はヤマトの言ってたようにかなり薄い白い布が一応それっぽく畳まれて入ってるわね。……これってどこかで見たことあるような布な気がするのだけど気のせいかしら。
「ねえ?シャリア?」
「確かにこの布地……どこかで?」
畳まれていただけで実は結構大きな布を広げると、そこには大きな魔法陣が描かれていた。その中心には魔法陣に触れるように魔石が縫い込まれてるわね。
確かにこれならば機能しそうね。
「…………水の魔法を基礎に威力を上げている?あとは貫通力かな……」
なかなか面白い魔法陣ね。ヤマトはこれに私の魔法を組み合わせればさらに強力にできるみたいに言ってたし、私も頑張るわ。
………はぁ。
いくら強力な魔法陣が書けるって言ってもこれは難解すぎるわ。
「まさか私もヤマトさんがここまで魔法陣を好むなんて思いませんでしたよ」
「そういえば結構前に私にいくつか魔法を文字に起こしてくれって頼んできたのよ。その時私調子乗って私が発動出来るものでも相当強力なのを多めに書き起こしたのよ。だからこれはヤマトが色々弄ったんじゃなくて私が半分くらい悪いのよね……」
でもヤマトの魔法陣好きもなかなかね。学園都市で貰ったあの本も何度も読み込んでるし、彼の周りで魔法を文字に起こせるのは私だけだしその分いつまでもヤマトの役に立ててるのだけど。
「私もですよ。私がヤマトさんに魔法陣の事教えたんですし」
「じゃあお相子ね。ずっと気になってはいたのだけど、シャリアはどうして魔法陣の事を知っていたの?廃れてるとは聞いたけど」
「廃れたのはこの大陸で、です。私の故郷のノーク大陸じゃまだまだ現役で使われてますからね。色々と事情もあるみたいですけど」
「詳しく聞きたいけどそれはあとね。シャリア、しばらくこの魔法陣の精査に入るわ。ヤマトの様子を見に行ってきて貰えない?……やっぱりいいわ。私も行く。マナ」
「なぁに?」
「ヤマトのところに向かうわ。手伝ってくれない?」
「うん」
私は箱から取り出した魔法陣を広げ、色々と考察を交えながらどうやったらこれの威力を限界まで引き上げられるかを模索するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「────それじゃあ、シャリア。頼んだぞ」
「任せてください」
「ルルも、今だけは無理を頼む」
「ええ」
「マナ、万一の時は頼む」
「………うん」
「まあ、そうそう万一なんて起こすつもりは無い」
約六百メール先に居るのは雷虎。領域からもかなり余裕を持って立っているから顔は毛で隠れていて見えないが、今は顔側に立っている。雷を放って僅かに動く以外ではやはり微動だにしない。
あれから何度か繰り返した今までの観察を終えて、戦闘できるのはもうあと十数分。それ以上は陽が傾いて帰れなくなってしまう。それにそろそろダルクも着いた頃だろう。無事救援を送ってくれてると助かる。
「それじゃあ、こっからは終わるまでは全て任せるぞ」
俺はそう告げて、耳に布の塊を押し込む。マナを除いた他の二人も同じだ。
なぜならこれは耳栓。つけたら最後外の音なんか聞こえるわけない。特にシャリアには付けておいて貰わないといけない。彼女は獣人族。耳は命だからな。さっきもそのおかげで雷虎の存在に気づけたのだから。
「それじゃあ、行ってくるよ」
マナ以外には聞こえてはいないだろうが、一応告げておく。
今度こそ本当に戦闘開始だ。
俺は銃を抱え、森の中を駆け出す。さすがに全力では無いがな。
この辺りは木の根とかは張り出してこないから足元は石とかにさえ気をつけておけばいい。魔物もどうやら雷虎のおかげで近づいてこないみたいだしな。
さて……あと百メールで雷虎の領域だ。
そこに入ったらあとは止まれない。俺が死ぬか、雷虎が死ぬか、死にものぐるいでその領域から抜け出すまではだ。
なんとしても雷虎の蒼雷に当たる訳にはいかない。シャリアみたいに脚力に任せた動きが出来るなら話は別だが、俺には出来ないからな。
できるのは止まらねえことだけだ。その先に未来はある。
「(あと五十メール)」
さすがに全力疾走じゃないからこの程度じゃ息は上がらない。全力疾走するのは雷虎から逃げる時だ。でも雷虎の目の前に着く頃にはさすがに息もキツい気がしている。
その時だった。
俺の全身を駆け巡ったあの感覚。全身の毛が逆立つようで、ピリッとする感覚。
一瞬だけ脇を見ると、近くの木にはあの白い棘が刺さっていた。つまりここはもう雷虎の領域。既に俺の存在には勘づいて居るだろうし、その気になれば蒼雷で打ち抜けるはずだ。
せめて蒼雷を撃たれないように多少ジグザグに動きながら走ることは忘れない。
雷虎からしてみれば俺は一直線に向かってくる点だ。動いていても動かない的なのだ。
雷虎は直接攻撃を受けない限りはこちらに向けて攻撃してくることは無いようだ。さっきは既にダルクたちが攻撃をしていて、その傷を与えたのが俺たちと勘違いされたからだと思う。
「(あと三百メール)」
徐々に近づいてくる雷虎。今だ動かないが、それでも警戒はしているのだろうか。
相変わらずパチッと音を立てている雷虎の纏う雷。警戒と呼べるのはそれだけだが、
それとも……
「(取るに足らない矮小な獣と思われているか)」
だとしたらなんかムカつくものだ。
こちとら確かに獣からしてみれば最弱なのだけど、それでも牙も爪も持っているのだ。
そして俺の手の中にあるのはなんだ?
魔法とは全く違う。偶然この世界で生まれた物で俺の故郷ではありふれた存在。
個人が持てる中でも最も強いとされる物理学の申し子たる銃だ。
これも牙であり爪だ。
持たないのであれば作り出す。作り出せなければ思索する。そうやって連綿と繰り返された果てに人はこうして食物連鎖の頂点に立ったのだ。
しかしこの世界では違う。言ってしまえば人も捕食対象だ。俺はそれを変えたいわけじゃない。ただ、
「(自分に来るのは気に食わない)」
雷虎は確実に老いている。それだけの時間を生きたのだから。つまりジジイかババアだ。
もう喰らう必要も無いだろう。喰らわせる必要も無いだろう。
牙を突き刺し、爪で切り裂く快感を味合わせる必要も無いだろう。
相手を踏みつけ、見下し、狩る傲慢を持たせる必要も無いだろう。
ならば、
必要なのは突き立てられる牙と切り裂かれる皮膚。踏みつけられる頭と喰われる肉。
だったらそろそろ……な?
「死んでも良いだろう?」
残り、五メール。
俺は目の前に迫った雷虎の顔面に向け、銃口を突き出す。
その時も止まってはならない。決して。どんなときも。
そう。
引き金を引く時も。
パァンッ!!
と、同時に銃口から飛び出る黒く、細長い杭。
それは寸分の狂いもなく雷虎の右頬に突き刺さる。
俺はそれを見届けることなく雷虎の背後へと駆け抜ける。
雷虎は攻撃を受けた。
ずっと場所はわかっているからいつでも殺せる。
「ハハッ。ちょっとキツくなってきたな……」
ジグザグに逃げるせいで走る距離は少し伸びる。それだけではなく常にカーブを曲がるように走っているから体力が結構持っていかれるのだ。
でも早く逃げないと自分まで巻き込まれる。自爆覚悟じゃないが、下手したら自滅しかねないからな。
でも、あと少しだ。
すぐにこの状況が変わる。
なぜなら……?
キイイイイィィィィンッッッ!!!
もはや暴力にも等しい程の爆音が森の中で荒れ狂う。
発射してから三秒。とても長く感じたが、これが雷虎への切り札だな。
音玉入りの杭、音玉数十発分だ。聴力に頼っている魔物の鼓膜と頭を揺らすには十分過ぎるだろう?
さあ、あとはシャリアとルルにお任せだ。
頼んだぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます