白雷虎⑤
「あとは、この杭を装填してっと」
銃身に差し込むように音玉入の杭を装填する。その時、杭から出ている紐は外に出して薬室を塞ぐボルトのところに挟む。こうすれば紐が引っかかって発射された時に紐だけ抜けて起動させられるし、排莢のときには一緒に薬莢と排出させれる。
まあこの杭を発射するのに一番面倒なのは薬莢になる。話せば簡単なのだけど、実際にやるとなると大変だ。
そもそも既存の薬莢じゃあ足りないから特注品を作ってもらったよ。杭を捻りながら薬莢に差し込むことで簡単には抜けない。でも火薬の力では簡単に抜けるという不思議な薬莢だ。これは親方じゃなくてエヴトさんの細工技術で実現した。
内側を見てみると捻りながら、と言うように螺旋状に溝のような物がかなり縦に彫られていた。イメージとしてはペットボトルのキャップが近い。螺旋状で、薬莢はキャップみたいに横向きの螺旋じゃなくて縦向きの螺旋だけどな。あれは自分で捻らなきゃ開かないけど、これは後ろから押されれば簡単に滑って螺旋で回転しながら薬莢から抜けて発射されるみたいだな。
一つ注意と言われたのは、火薬の力で抜けやすくしたから装填したら基本は銃口を下向きに出来ないこと。抜ける可能性があるからだ。まあ試作品なんだ。分かってくれと言われたから我慢だな。
「ヤマトさん。本当に行くんですか?」
「そうしなきゃ始まらないし、何よりも男の俺が身体張らなくてどうするよ。せめてこれくらいはやらせてくれ」
「お兄ちゃん、怪我しちゃダメだよ?」
「それは運次第。二人はルルを守りながら来てくれ。……それじゃ」
やっぱり三人は心配そうだ。そりゃそうだよな。だって俺後衛だし。さらに言えば多分四人の中で一番火力が低いの俺だし。でもこの作戦で必要なのはこの工程だ。何としても成功させなきゃいけない。でもこっからシャリアたちには無茶をしてもらわなきゃいけない。せめて俺がやれることは……な。
俺は三人に別れを告げ、駆け出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
三人と別れた俺はそのまま雷虎のいる方へと駆ける。木々の間を駆け抜け、一度行った道を戻る。いや、進むか?
まあいい。なぜ俺が一人で雷虎の元へと向かっているのかと言うと、音玉入の杭を雷虎にぶっ刺すためだ。シャリアには「雷虎は視覚以外の何かに頼ってる」と言ったけど、俺の考えは本当は違う。
俺の予想はもしかしたら雷虎は視覚をもはや有していないのではないか?ということだ。理由としてはシャリアと雷虎が接近戦をしていた時だ。あの時何度か雷虎は蒼雷を放っていたけどどれもこれもかすりすらしていない。それでも威嚇にしては外しすぎだ。それによくよく思い出してみたら、彼女がこの先進むであろう場所に向けて放っていた気がするのだ。
つまり、あの高速移動の中で急に曲がるのはほぼ不可能なのだから、ほんの数秒後の位置は簡単に予想できる。そこに雷虎の長年の知恵が加わった結果、あの蒼雷は威嚇と同時に置き攻撃になったのではないか?って思ったわけだ。
でも雷虎は視覚が無い故に正確な位置も分からない。だから余裕を持たせた置き攻撃にしかならなかったんじゃないか?
魔物の思考はわからないからもしかしたら本当に全て威嚇だったのかもしれない。でもそんなことを考えている余裕は無い。
何故ならわずか五百メール程先に地面から既に抜け出て蒼雷を纏い、仁王立ち、いや四王立ち?している雷虎が居るからだ。
十分に距離をとって今一度雷虎を観察する。
パリパリと音を立てていそうな蒼雷が俺より十メール程先の木に当たる。当たっても煙が出ているわけじゃ無いからそこまでの威力は無いようだな。それが雷虎の周囲の木々に向けて時おり発生していた。
なにか意味があるのかな。さっき戦ってた時みたいに強力なものじゃないから攻撃では無いのは明らかだけど、木に当たってもろくに傷も付けられないような攻撃は必要なのか?
以後も観察を続けると、雷虎が動く時があった。何事かと身構えていたのだけど、どうやら違うようだ。その後も雷虎が動く度にビクビクしていたのだけどそこからある種の規則性がわかった。
まず最初の木に向けた雷はだいたい一分から数分に一度雷虎の周りにある木に向けて放たれているようだ。理由はわからない。俺が見える範囲だと四本くらいの木に当たっていたのだけど距離もバラバラで距離によって何か特殊なことが起きたわけでもなかった。
次に雷虎の動きだが、あれは雷を放ってからしか動かないってことがわかった。だから俺の視界に入ってなくても雷虎が動いたから雷が放たれるタイミングと雷虎の動きの関係がわかった。
「あの雷が放たれるたびに雷虎は身動ぎをする……」
雷虎の動き方は様々だ。まだ三十分ほどしか観察してないが、前から後ろを向いたり、数歩歩いたり、ただ尾を一回振るだけだったり。どんな形であれ雷虎が動く直前には雷が放たれているはずだ。見えてない角度だから、「〜はずだ」になるけど。
「ふむ……雷虎に動きはほとんど無いって言ってもいいかな」
この距離からなら俺が狙撃すれば数発に一発は当たるくらいの精度になるけど、高速で動かれて当たらないってことは無い。
マナやシャリアの二人での近接戦闘はさっきの戦闘から厳しそうだな。
まあ、それはそうと……なぜ、
「なぜ雷虎は俺に気づかない?」
雷虎とは相変わらず五百メールの距離がある。警戒心が強い獣なら気づくほどの距離だ。ましてや俺と雷虎がいるこの森は、木はたくさん生えているけど土地そのものはかなり平らだ。今俺がしゃがんで隠れているような低木もあるけど、それも障害物程度にしかならなくて、本格的に身を隠せそうな岩すらもない。森の中にしては相当珍しい地形だ。
このバードダル大森海という原生そのまま古代からずっとこの土地が形成され続けているのにだ。不思議なことに木の根が地面を持ち上げたりということも無い。それほどまでに平で、障害物が無いと自然というものの不思議さを感じ得ないな。
それでも気づかないで、こっちを向いても今までのように蒼雷を放ってこない。もしかして本当に俺の予想は当たっていたのか?でもだとしたら聴覚だけであそこまでの機動をしたのか?コウモリもビックリな音波探知能力だな……
ん?
俺は雷虎が雷を放って少し動いたところを観察して視線を少し動かしたときに視界の端に映ったものに注目する。
なんだあれ?
俺は近くの木の根元に刺さる白いものを睨む。
形は細くて、長さはよくわからないけどかなり短い。木の根元にあると言ったが、少なくともキノコじゃないな。
距離はまあ三メールくらいか。雷虎のあの雷には当たらない距離だとは思うんだがな。
俺はそっと立ち上がると、木に刺さる白いものの方へと近づく。
しゃがんで隠れてた木から出ると、そのまま中腰で音を立てないように歩くがこれが思ったより大変だ。
近づくとよりどんなものかがはっきりわかった。まるで棘だ。イメージとしては長さ十セール弱ほどの長さの毛のように細い針。でもこれは色合いからして確実に雷虎の物だろうな。
「これは」
さすがに指で直接触れて引き抜くのはなんか危ない気がするからちゃんと布を間に挟んで摘む。あまり力を入れずに引き抜くことが出来た。触った感覚だとあまり固くはない。でも柔らかくもない。鋼鉄のように固くないから直接武器のようには使えないだろう。遠距離用の攻撃に使えるとも思えない……
そもそもこれは雷虎のどの部位にあったものだ?それがわかればもしかしたらこれの用途とそこから雷虎自体の攻略法が導き出せるかもしれないな。
「とりあえず一旦持ち帰って三人に見せてみよう。どこまで来てるかな」
そう思い、立ち上がった時だ。
今までと同じように定期的に飛んでいる雷の気配を感じ、そちらを見ると、ちょうど木に当たったところだった。
そして俺が注目したのはその当たった部分。
あれは……
そこには木に突き刺さる白い棘のようなものが存在していた。
距離があるから正確にはわからない。でも俺の手の中にあるから物と同じだと直感が告げている。
でもこれと、本当に同じものなのか?
俺は手の中の物と小さいがちゃんと見えているそれを見比べる。
直感は役に立つが、それを鵜呑みにするほどバカじゃないことは俺が一番よくわかっている。仮にも俺はハンターだ。それ以前にルルの従者、地球風に言うなら専属SPだ。常に何が起きてもいいように、対処法を予想し続けないといけない。直感による対処じゃない。ちゃんと見極めた対処だ。すぐに対処出来ないならわかるであろう人物に聞けばいい。
多分、あの雷虎と高速戦闘を繰り広げた人物ならわかるだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これは……」
「シャリア、わかるのか?」
「はい。これは雷虎の物で間違いありません。多分、前足の爪の傍にあった棘です」
雷虎の物で確定か。じゃあ次だ。
「俺が観察している時、これに蒼雷よりも圧倒的に弱い雷が雷虎から放たれていた。戦っている時にもそれはあったか?」
「無かったです。あの時は避けるので必死でしたけど、それでもそういうのはありませんでした」
「そうか……じゃあ雷虎は俺たちが撤退してる間にこれを仕掛けたのか。でも多分目は見えてないのになぜあそこまで正確に木に刺すことが出来たんだ?」
「ヤマトさん、単なる憶測に過ぎないですけど、雷虎がこの棘を木に刺していた方法、わかるかもしれないです」
「教えてくれ。情報が今は欲しい」
シャリアは少し申し訳なさそうに。でも自信を持ってその憶測を話してくれた。
「雷虎は私と戦ってる時にも前足の爪を使って攻撃してきたんです。でもたまに変なところを引っ掻くような動作があったんです。ヤマトさんの言うように目が見えてないなら有り得ますけど、その棘は前足にあったもので間違いないです。だとしたらその引っ掻く動作で棘を飛ばして木に刺していたんじゃないでしょうか……すみません、ありえないですね」
「いや、有り得る。師匠から聞いた話だが、北のノーク大陸の奥地には腕に生えた棘を飛ばして縄張りを張る魔物が居るという。珍しい魔物だからあまり知られてはいないが、その棘には強い毒性があって、その毒の強さで縄張りの主の強さを意味することもある。これを雷虎に当てはめたら、この棘は一種の縄張り……つまりは雷虎にとっての攻撃の射程範囲を意味するわけだ。その魔物は毒を使うが、雷虎にとっての毒はあの蒼雷。……この棘の意味はわかったな。あとは棘に放たれてた雷だ──」
「あれですね」
シャリアたちと合流して話しているうちにさっきまでオレがいた場所に戻ってきていた。
雷虎の放つ雷はどうやらちょうどシャリアの目には見えたみたいだな。
ほら動いた。今度は少し大きいな。前足を振ったよ。でもあれももしこの棘をどこかの木に刺しているのであれば、かなりの正確さに驚きだ。
「──っ」
「どうした?」
「いえ、ちょっと違和感が」
「あ、シャリアお姉ちゃん。それ私も同じかも」
違和感?さっきと今で何か変わったところはあったか?
「お兄ちゃん、さっき雷虎と戦う前にピリっとした感じとか、身体中の毛が逆立つみたいな感じ、無かった?」
「なっ……」
「お兄ちゃん?」
あの感覚は間違ってなかったようだ。単に緊張感から来るものだと思ってたけど、本当に毛が逆だっていたのか!?
でもこれで憶測が推測にまで格上げされた。疑問そのものは残るけどな。
まずこの毛が逆だつような感覚。これは多分静電気だと思う。雷虎の放つ蒼雷やら雷やらで僅かながらに帯電していたからだろうな。でも雷虎本体からは離れていたのになぜ感じるのか。それに関しては俺の手の中にある棘だ。
これ自体が帯電することでそこを中心とした静電気をばらまく。わからないのは雷虎自身とこの棘を木に突き刺して、雷で繋いでいる理由だ。
まあ当然ながら金属製の武具を身につけて入ったら帯電して冬場の静電気みたいにパチッてなりそうだ。あれ痛いんだよね。
「あの雷、どれくらいの威力があるんでしょう」
「わからないけど、あれは木に直接じゃなくて雷虎の棘に当たってたんだからそりゃあ木に傷はつかないよなあ」
「そうですね」
木に直接当たってたなら煙とかが無かったからかなり弱いのだと思ってたけど、この棘に当たってたのだからある程度の威力予想が無意味になってしまった。でも仮に蒼雷よりは弱く、予想していたよりも強かったのなら雷はどこへ行ったのだろう?木を流れて地面へか?それとも棘に蓄電?どちらにせよ、俺の持ってる棘には雷が当たってなくてよかった。
「ヤマトさん、一つ試してみたいことが」
「なんだ?」
「このナイフを全力で雷虎の領域の中に放り込んでみたいんです。気づくのかどうか」
「──領域か」
「どうしたんですか?」
「いや、なんかあとちょっとで繋がりそうなんだが……」
本当にあと少し。あと少しで何かがわかりそうなんだ。
雷 静電気 棘 領域 盲目 聴覚 金属
これらから導き出せるものは……?
「シャリア、さっき言ってたように思いっきり鉄製のナイフか何かを雷虎から外れた場所、まあ領域の中に投げてくれないか?」
「え?あ、はい。……………はっ!」
シャリアは脚力ばかり強いように思えるが、そもそもの獣人族特有の身体能力でそれなりに肩の力も強い。それをフルに使って投擲されたナイフは空を切って雷虎から少し離れたところに突き刺さった───
「なるほどなるほど……シャリア、もう何本か頼む。俺の使っていいから」
「分かりました」
───瞬間にナイフへと蒼雷が襲いかかったのだ。俺たちに向けて放ってきていたものと同じように。白煙を上げるナイフがその威力を物語っている。もしかしたらさっきよりも威力自体は上がっているのかもしれない。
「………ふっ!」
両手を同時に振るい、ナイフを二本、位置的には雷虎の前と後ろに投擲する。
するとやはり、突き刺さった瞬間に蒼雷が襲いかかった。
その後も何本かナイフを投擲するが、その全てに蒼雷は襲いかかった。
ただしここで重要なのは全て地面や木に突き刺さった瞬間だということだ。
「シャリア、ありがとう。これで雷虎、奴の攻略法が見えた」
俺は口角を上げ、ニヤリと笑うのだった。
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