いざ大森海へ

「ルルちゃん、ちゃんと水は持ちましたか?」

「もちろんよ。そういうシャリアはちゃんとナイフは持ったかしら?」

「予備など含めて計七本。これだけあれば万一があっても何とかなります。マナちゃんー?マナはどこでしょう」


 朝になって少しドタバタするのはあまり好きじゃないから昨日のうちに私は準備を終わらせておいたわ。それはシャリアも同じみたいで今は宿の食堂で二人を待っている。というよりも探している。

 シャリアがマナを探している間、私はさっきヤマトに淹れて貰ったあのお茶を飲む。やっぱり懐かしい。この香り、この味、屋敷の裏手の庭でお父様とヤマトと私で飲んだのを思い出すわ。でももう泣かない。泣いたらヤマトを心配させちゃうからね。「泣いていい」って言ってくれたけど……私にだって譲れないものはあるのよ?


「お姉ちゃーん、どこー?」

「あれマナ、どうしたの?」

「あ、いた。お兄ちゃんも準備できたって」

「そう。わかったわ。シャリア、行きましょ」

「マナちゃんはヤマトさんと一緒に居たんですね。準備は出来ましたか?」

「うん。ちゃんと水も食べ物も持ってるよ」


 ヤマトはもう外で待ってるみたいね。なら行きましょうか。

 マナに連れられてシャリアと一緒に宿の外まで出ると、少し離れた広場にヤマトが馬車と一緒に待ってるのが見えた。幌も無い馬車ね。でもこの拠点から数時間も掛からないくらいで大森海には着くらしいし、そこまでの装備は要らないのかも。


「お、マナに呼びに行かせたけど思ったよりも早かったな。準備は大丈夫か?」

「うん。私たちは出来てるよ」

「ならよし。ここを出発する人たちが多く動く時間はもう過ぎてるからいくらかはゆっくり行けそうだ。おじさん、すぐにでも出れる?」

「おうよ。もう出るかい?なら乗ったのった」


 馬車は私たち四人が乗ればもう数人乗れればいいくらいの大きさね。多分一パーティーだけを運ぶことが出来るようなものね。でもこの調査の仕組み的にはそれが一番良いのかもね。

 だって一つの区域につき調査をするパーティーは一つ。人数が多ければまた変わってくるのだろうけど基本的には六人前後。それならそれぞれの区域と調査拠点を結ぶ馬車さえあれば良いのだろうし。王都みたいに色んなところを回る乗合馬車とかは多分必要ない。ならばこの馬車みたいなのが効率よく人員輸送ができるのね。


「そういえばさっきお姉ちゃんたち私を探してたみたいだけど何かあったの?」

「ううん、ただ忘れ物してないかの確認だけよ。何も無いなら大丈夫」

「はーい。ねぇ今日って調査なんだよね?どこまでやるの?」

「そうだな……奥に向けて約十キールほどの距離だ。普通に走れば一時間掛からない位の距離だけど中は森だ。それにかなりの長期間調査をやっているのにそこまで進んでいない事を見るに奥地へ行けない事情があるのかそれともあまりにもこの森の魔物が強いかだ」

「どういうこと?どっちも同じように聞こえるけど」

「まず前者、こっちは奥へ行けない理由ってのは例えば強力な魔物が巣食っているとかあとはあまりにもその危険を冒すには対価が酷すぎるとか。例えばある一定よりも奥へ行くと森に迷わされるとかな」

「迷いの森の伝承ね。確かにそれなら有り得そう」

「迷いの森?」

「ああ、マナは知らないわね。こっちの方で有名な伝承よ」


 ヤマトは昔話とも言ってたわね。確か内容は……


「『南の方には森があり、妖魔が住まう。人を惑わし喰らう妖魔。北の方には水があり、飲めば苦しみ悶え死ぬ。人は叫んだ妖魔だと。東の王は契約し、魔を打ち払う力を得た。西の王は知を磨き、魔を受け入れる余を得た。妖魔は言った。北の水は我の血肉。水が欲しければ我を打ち倒せ、と。なれば東の王は軍を率いた。なれば西の王は知を磨いた。妖魔は嗤った。人は何故ここまで愚かかと。東は西へ向かい、「妖魔」と殺した。東は西へ知でもって「妖魔」と殺した。妖魔は言った。我は惑わしても、毒してもおらぬ。どちらも人の愚かさである。王は怒った。そなたは戯言を申したのか、と。妖魔は笑った。貴様らは惑わされた。術にも、言にも。所詮、その程度。この森から出ることは叶わぬ。もしやすると、そなたらの地位すらも惑わされたやもしれぬな──』ここから先はちょっと覚えてないのよ。でも話の根本は森には強力な幻術を使う存在が居て、出れなくするどころか人間の意識すらも惑わして自らが何かすらもわからなくなるのよ。過去に実際にあったからこうして伝承になるわけだけど」

「迷いの森ってのは文字通り森に迷わされるということと、人間の作り出した虚構に人間が惑わされることの二つを意味するようになったんだ。ある一定よりも奥……互いが互いを疑い続け、それが極限に達した時にみる恐怖の幻覚。それによって生まれたのが南の妖魔の正体さ。言ってしまえば忠告の昔話だ。他人を疑いすぎると自らに返ってくる。そういう事だ。ルル、確かに迷いの森の昔話はそういう名前が着いてるけどこれからのことに関しちゃ違うことだったな」

「私も故郷で習いました。深い森に入る時は呑まれるな……と」

「そ、そういうことよ。私が言いたかったのは」

「そういうことにしとくか。さて、そろそろ見えてきたぞ」


 進む先を見ると、そこにはあまりにも大きな森が広がっていたのよ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ここが大森海か……それにしてもデカイな」


 テレビで見たようなアマゾンやらのジャングル感は無い。どちらかと言えばタイガとかイギリスとかの森林みたいなそんな感じ。


 大森海は奥に行けば行くほど木の大きさがデカくなるみたいなことを聞いたことがあるけど、入口の時点で木の大きさがかなりある。高さだけで数十メールはあるし、幹の太さも数十セール所ではない。入口でこれなら奥の方にいけばまさにどこぞの巨人漫画の巨大な樹の森みたいな事になってるんじゃないのか?


「ここからまっすぐに十キールね。とりあえず進みましょ。順調にいけば日帰り出来るんでしょう?」

「ああ。そもそもこの調査任務だって王都のギルドに所属していてその中で優秀なパーティーに義務みたいな感じで任せなきゃいけない依頼らしいからな。あの拠点を根城としてるハンターみたいに週一で調査に乗り出してお金を稼がなきゃいけない訳じゃない。だからこの調査が終わればそのまま王都まで帰れる。まあ休息も入れて……明後日くらいにはあの調査拠点とはおさらばだな」

「へえ、結構楽なのかしら?」

「楽というかなんというかって感じだけどな。本当にこの区域を調査してるのはここに長い間いるハンターたちのはずだ。こうして俺たちに依頼が回ってくるのはそのハンターたちを休息させる意味もあるはずだ。大森海は広いからな。いくらなんでもここに常にいるハンターだけじゃ足りないはずだし。そういう時に俺たちみたいな王都とかから派遣されてきたハンターが役に立つ。調査も出来て、万一の時の報告も受け取れる。その上で普段依頼してるハンターたちは休息ができる。だから最低限の仕事はこなさないといけないが」


 ルルたちが起きてくる前に調査拠点に行って調べ物をしていたのだけど、過去に俺たちみたいな派遣されてきたハンターが調査を怠って適当な報告をしたせいで魔物の大暴走スタンピードが起きたのだとか。その時は今までの記録とその時の報告を比べて違和感を感じたらしく避難を開始。大暴走で亡くなった民間人はかなり少数に抑えられたとか。しかし、その適当な報告を二度とされないためにギルドは一定のタグ以上の者かつ信用の置けるものに任せることにしたのだとか。この国だけでもギルドは腐るほどあるからな。たとえ一つのギルドから一パーティーずつ派遣したとしても常駐しているハンターたちを休息させる程度の人数は確保できるのだろう。


「ヤマトさん、まずゴブリンが三体。少した離れた所に擬態した岩石猿ロックエイプを見つけました。ゴブリンは討伐済みです」

「お、シャリアありがとう。まず岩石猿だな」


 シャリアにはこの大森海に入ってからは魔物の数の確認をしてもらっていた。では俺たちが何をやっているのかと言うと……


「分かりやすく病気になっているような木は見当たらないわね」

「うん。色々木はあるけどどれもちゃんと実がなってるよお姉ちゃん」


 植物の異常なんかを探していると言えばわかりやすいか。この世界の植物病は地球のものと違って木とかが掛かると毒素を撒き散らすようなものも存在するのだ。───その病気に関しては分かりやすく症状が出るので、発見した場合木の幹などに目印をつけておくべし──だそうだ。以上、調査拠点で貰った一式の中に入っていた大森海調査の手引きより植物の異常でした。


「本人が居ないところで言うのもどうかだが本当にシャリアがいて助かる。俺たちは足が遅いからな。どうしても魔物を見つけても逃げきれない」

「私もシャリアお姉ちゃんみたいに速く走ることは出来ないよ。でも見つからないように頑張れば大丈夫だよ?」

「ははは……いやもう全くもってその通りなんだけどな。結構山とかそういう所に慣れてたつもりだったけどまだまだなんだなぁ」


 マナは生まれはともかく村育ちらしいけど、生活の糧を得るために山には日常的に入っていたみたいで、俺やルルのように訓練でしか山に入ったことがないなんてことは無い。俺も最低限のサバイバルは出来るだけの技術は仕込まれたけど生き延びれるとは思えないな。戦って逃げる技術を持ち合わせてないからね。その点シャリアは生活そのものが森の中だし、マナは前述の通りだ。やはり年季と経験が圧倒的に足りていないのが現状だ。俺は弓よりも強力な飛び道具を持っているし、ルルは魔法の才能がある。それのお陰で山や森の中では二人に貢献出来ているのかもしれない。


「お兄ちゃんお姉ちゃん、止まって」


 マナの真剣な声音に俺たちはその場で足を止め、俺は銃ではなく剣をいつでも抜けるようにする。


「マナ、左だ」

「じゃあ私は右ね」


 マナの返答を合図に俺はその場から左に向け駆ける。

 木の影に出来るだけ隠れるようにしながらその目標に向け走る。時折マナの姿が見えるが、俺よりも段違いで早い。


 何本もの木の脇を駆け抜けた先には数匹の魔物が。


木猿ウッドエイプか。資料にはこの辺りでの確認はなかったはず……マナ、やるぞ!」

「うん!」


 そもそも木猿たちには既に気づかれているから声を張ろうが関係ない。


 数は三匹。多分一番手前にいるのがマナが気づいた個体だな。

 奴らは表面は柔らかく長い緑や茶色の毛に覆われているがその下の皮膚が異様な程に硬いらしい。またその硬い皮膚を活かして長い腕を振り回したりしてくるが一番の理由としてはこの大森海の木々から身を守る為とされているそうだ。そのせいで剣じゃ刃が通らないこともあるらしい。


「弾かれないで欲しいなあ」


 木の影から飛び出て俺は一気に肉薄し、手に石を持って投げようとしている個体に向けて刺突を行う。


 クソっ、避けられた。


 飛び出てから数メール。飛び出てから直ぐに刺突を放ったのに奴らは後ろに下がった。かなり反応が早そうだ。

 ちゃんと不意打ちで攻撃が成功したなら別だが、今みたいに避けられちゃ大変だ。多分剣で戦ったら死闘になりそう。マナも木猿の攻撃を避けながら細かく斬撃を入れている。


「睨み合ってても埒が明かないな」


 先に動いたのは俺だった。

 一気に体を沈め、その反動で前に一気に駆け出す。木猿も右腕を大きく後ろに振り、こちらが突っ込んでくるのを待ち構える。


 このまま行けば俺の剣と木猿の腕がぶつかるな。まあ当たってもなんかこの剣なら切れちゃう気もするけど。


「グギャ!?」


 目の前の木猿が突然悲鳴を上げる。足元には振り上げていた右手が。

 俺はやつの真横を通り過ぎただけだ。


 さて、何が起きたか。

 まず俺はそのままやつに向けて突っ込んだ。ただし剣は刺突の形じゃ無くて後ろに振った状態の遠心力を活かせるようにしている。

 そしてやつは俺が突っ込んでくるのに合わせて腕を振った。これがミソだな。

 俺がやったのはこの剣の切れ味に任せたってだけだ。

 俺は体勢を低くしたままやつの懐に潜り込むように走る。そしてほぼ勘だが、ここぞというタイミングで剣を振る。剣なんて技術を絡めた勘と勘のぶつかり合いとガルマさんは言っていたけどなんかそんな気もする。

 俺の剣は俺自身が走ってきたので速度と小さめの振り下ろしによって僅かに重力に遠心力が掛かっている。さらにここに加えてやつの腕だ。長く、硬い皮膚によって重い。さらに自前の膂力。そのため地面に振り下ろすと陥没するとか。そんなのが真正面からぶつかったんだ。衝撃はかなりのものとなる。


 現に今俺の腕は衝撃で痺れている。確かに馬鹿みたいな切れ味で切り裂くことは出来たものの、やっぱりぶつかった時の衝撃までは無くならないようだな。逆に切れ味が良くても相手からの衝撃が強すぎて弾かれた可能性も考えると、やっぱりもっと筋トレとかして身体を作らなきゃいけない。


 俺は振り向くと、血が流れ続ける腕を抑えながらこちらを睨む木猿を睨み返す。

 手負いの獣は恐ろしい。マナも今だに戦っているのだけど……さて、あと一体どこへ行った?

 俺は剣を構えて目の前の木猿を見つつ、周囲を探る。ルルも既に移動してどこかに隠れてこちらを伺っているはずだ。本当なら援護が欲しいところだけどルルはこういった狭い場所での援護は苦手だ。環境としては魔法を使うには最適な場所なんだけどな。もう少し木々の間が広くないと。


「おっと、逃がさねえよ」


 俺が周囲を探っている間に逃げようとしたみたいだけどな。ちゃんと見てるんで。


 俺は逃げようとしていた木猿の首を飛ばす。やっぱり硬いな、皮膚。

 手負いの獣は恐ろしいと言うが、さすがに片腕を切り飛ばされちゃ、戦う所では無かったらしい。木にもぶら下がれないからな。


 ふむ……あと一体。剣を構えて周囲を確認しているけど本当にどこにいる?

 シャリアが居ればその聴覚で見つけられてるのかもしれないけど彼女は戦闘が始まる直前に先へ行ったばかりでもう少しは帰ってこない。マナもあと少しで終わるだろうけど、マナも自身が隠れるのは出来ても見つけることは出来ないと言っている。

 本当にどうしようか───


「茨は縛り、絡めて、吊るし挙げよ〈蔓鎖ソーンチェーン〉!」


 その長い詠唱の声が響いた途端、目の前に蔓でグルグル巻にされた木猿が落っこちてきた。驚きの声を上げるまもなく次いで彼女の魔法が発動する。


「大地を讃えよ、それは槍、母たる御身の怒りの印、怒りのままに貫け。〈岩攻槍サクスム・ハスタム〉」


 そして、地面から飛び出した細く、するどい岩の槍が地面で縛られもがく木猿を一撃で貫いた。そしてすぐに崩れた岩の槍によって絶命した木猿は地面に横たわる。


「お疲れ様。さて、とりあえず解体しちゃいましょう?」


 木陰から現れたルルはやけに肌がツヤツヤしていた。それになんか嬉しそうだ。

 マナも終わったみたいだし、周りに気をつけながら討伐証拠を剥ぎ取るとしよう。


 ちなみに後から聞いたら、この時久々に魔法を使えて嬉しかったのだとか。訓練ではもう物足りないそうだ。うーむ、彼女の成長を喜ぶべきなのか、なんか戦闘狂に育ちそうな予感もあるが……まあ今は良いだろう。

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