大森海へ向けて

 ゴトゴトゴトゴト


 数多の人が歩き、踏み固められたその道は雑草などは無くともいくらかはデコボコだった。王都の舗装した道に慣れてるとやっぱり揺れるな。石畳はものすごい事業だったと地球では言われているけどこっちではどうなんだろう。土魔法で石を作り出す魔法なんかがあるのだろうか。


 今の時刻は朝の五時くらい。夜明け前の四時くらいに王都を出発し、今は北に向かう街道を進んでいる。仔竜たちは昨日のうちにハントさんに預けてきた。俺たちがいない約数ヶ月の間にある程度のしつけをしてくれるようだ。竜の躾はどんな風にするのかとても気になる。やっぱりまずはお手とかなのかな。


 そうそう、俺たちが乗っているのは馬車じゃない。竜車っていう馬車の上位互換みたいなものだ。地竜っていう角とフリルのないトリケラトプスみたいな魔物に牽かせる車で、馬車みたいに速くは走れないが、その代わりにかなりの長時間を安定した速度で移動が出来て、多少の荒れ道ならば一切障害にならないタフさを持つ。山道もほぼ同じ速度で登れるって言うんだから驚きだな。

 それでも約一ヶ月もこれに乗るってなるとキツイものがある。大森海に向かうルートとしてはまずは北部統一域に向けて街道を北上し、途中から西に向かう。何故かと言うと、王都から直接北西に向かうルートはあるのだけどかなり険しい山を通るルートになる。それは竜車にも厳しいようで、基本は徒歩となる。しかし徒歩で行くと危険な魔物などに遭遇し、大抵の者は死亡する。いや、竜車で行っても死亡するかもな。なので余程実力のあるハンター以外は侵入を国から認められないほどの危険地帯なのだ。噂によると、これから向かう大森海の一部だとか。


「今日から数日間はこのまま北に向かう街道を進み続けます。ですが、その間は竜車が停められるのうな宿場町などはありません。なのでここからは野宿などがあることを理解しておいてください」


 若い御者が俺たちに向けて出発前にも教えてくれた事を繰り返す。この竜車に乗っているのは俺たち四人に加えて俺たちと同年代か少し下くらいのハンター五人組だ。


「あの、ヤマトさんたちは王都出身なんですか?」

「違うわ。私とヤマトはこの国の南の方の街で、シャリアは北のノーク大陸、マナはイルク大陸の方よ」

「うわぁ!みんな凄く遠いところから来てるんですね。私たちはみんな同じ村の出身なんです。この竜車は第一調査拠点行きなんですけど、私たちの村はその前身なんです」

「昔っからの憧れはハンターになるって変わってないんだぜ!」

「生まれてからずっとハンターの人たちに触れてきましたからね…」

「良いですね、そういうの。憧れます」


 シャリアが話している彼らは順にノンノ、ジャック、ロントだ。加えて、ミシェルとテルがいる。全員仲良しで同じ村の出身という本物の幼なじみだな。俺とルルに似ている。


「ヤマトさんはこっちの方なんですか?」

「おう。この髪と目の色で勘違いされがちなんだけどずっとこっちの方で過ごしてるな。一度はイルク大陸に行ってみたい気持ちはあるけど」

「そうなんですか。私たちは二年前に村を出たばかりでその後は王都で過ごすので精一杯でこれからどこに行こうか、なんて考えられなかったです。もしかしてもう色んな所に行ってたりするんですか?」

「いいえ。私たちはさっき南の方から出てきたと言ったけど、それは貿易都市の辺りからなの。そこから城塞都市、中間都市と……あと学園都市を経由して王都まで来たのよ。だから思ってるより色んなところには行ってないわ」


 俺たちはそういえば貿易都市から河沿いをずっと進んできたから西とか東の方には一切行っていない。シャリアは港湾都市には行ったことあるみたいだけどな。マナは港湾都市じゃなくて北の方にある港町から南下してきたみたいで、港湾都市には行ったことがないらしい。だからこの前、港湾都市で魚が食べたいと話していた。こっちでも魚は生で食べれるのか。それが気になるな。


「あら、私たちだって立派な幼なじみよ?」


 考えごとをしていたらルルにいきなり服の袖を引っ張られた。

 何の話だ?


「初めて会ったのは確か五歳の時だったかしら。今でも覚えてるわ。街道に倒れてた時のこと」

「え、ヤマトさんって倒れてた所を見つけられたんですか?」

「そうよ。私とお父さんが少し遠出した時の帰り道でね。その時持ってた薬草の軟膏を使って、怪我を治療してあげたの。当時は私も魔法がそこまで得意じゃ無かったからね。でもびっくりしたわ。まさか道に人が倒れてるところに遭遇するなんて」


 ルルは笑いながら話しているが、普通の人はそりゃあびっくりするよな。普通の街道とかで寝っ転がってたら魔物とか野生動物に襲ってくださいって言ってるようなものだし。

 あ、そうそう。シャリアは全て知ってるから除外するけど、マナとかこの五人には俺とルルは貿易都市の近くの村出身ってことにしてある。その方が色々と都合が良いからな。


「そんなことが……もしかしてずっと二人で?」

「最初、貿易都市にいた頃は二人でやってたわ。私たち二人とも後ろから攻撃するのが得意だから結構大変な事もあったけどね。でもその頃は私たちの先生って言ってもいい人たちが居たからなんだかんだ上手くいってたわ。その後は中間都市に行ったのだけど、その道中にシャリアと会ったのよ。そうだったわよね?」

「そうですね。馬車に乗り遅れそうになったんです」

「ハンターになって一年目くらいの時だったから実はあんまり二人だけだったのは短いのよ。それで中間都市で半年くらい過ごして、そこからまた数ヶ月経ってからマナと会って……一年ごとに増えていってるわね」

「ということはもうシャリアと会って一年か。早いもんだな」

「本当に色々ありましたね」


 シャリアが俺とルルの乗っていた馬車に飛び乗って来た事から始まって、中間都市でのフィルグレアとの戦い。他にも色々ある。

 特にフィルグレアを倒せたことで今の装備があるわけだけど、あの戦いにはいくつか不明なことが多い。でも今は……自分の中に留めておくとしよう。


「そういえば、テルって言ったよな。その弓、見せてもらっても良いか?」

「あ、はい。どうぞ」


 テルと呼ばれた少年が背にしょった弓を手渡してくる。

 俺は今でこそ銃をメインとしているけど、射撃や狙撃の基礎はやはり弓で教わった。バナークさんから筋トレの一つとしてやらされていたから弓の訓練として時間があった訳じゃないけど。でも十歳未満の子供に銃を撃たせるのは危険だからな。最低限身体が出来上がるまでは弓を扱っていた。だから実は弓も扱えたりする。


「これは……ゲン、いやゲントウか?」

「よく分かりましたね……はい、その通りでその弓はゲントウ製です」

「師匠から昔は弓を習っていたからな。今でこそ機械弓だけど最初は弓を使っていた。ゲントウは軽くてしなりが良いからな。弓にするには最適だ」


 ゲンとゲントウ。この二つは木の名前だ。どちらも似たような木だけどゲントウの方が大きく成長する。見分け方はその色合いだ。ゲンの方がゲントウに比べて乳白色が強いのだ。それでも見分けるのは難しいこともあるが。

 ゲンもゲントウも枝を切り出して板にして弓に加工すれば長年使える名弓となる。竹みたいな植物が無いからその代用品だな。


「近くの森ではゲントウが大量に自生してるんです。だから僕達の村では弓の製作も産業になっているんです。小さいですけど工場もあるんですよ」


 工場制手工業ってやつか。この世界に来た時からの疑問だけどこの世界の街並みは中世と似ている。でも航海技術なんかをみると十九世紀程度の安定性がある。シャリアとマナがいい例だ。他大陸との人の行き来があるからな。更には帝国だ。俺も詳しいことはわからないが、噂によると機械産業が発達しているらしい。もし蒸気機関なんてあるなら帝国を名乗るほどの兵力があるのも納得だな。


「工場か。狩猟が盛んなのか?」

「そこまで狩猟とかはしませんよ……。僕自身弓矢を使っても兎すら仕留められないんですから」

「弓矢で兎は難しいさ。鹿とかを仕留められればそりゃあ一流だが、兎はな。まずは───耳を塞げ!」


 俺は流れるような動作で背におった銃を前方に向けて構え、そのまま引き金を引く。


「……角猪ホーンボアかな。御者さん、ちょっと待っててくれ」


 俺は竜車を降りて仕留めた角猪の方に向かう。


「弓矢を修練すれば、こんな風に抜き打ちだってできるようになるぜ?」

「は、はいぃ……」



 その一部始終を見たテルは驚きのあまり腰が抜けていたのであった。

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