仔竜の生態

 亜竜というのは魔物である。

 しかしその中でも特殊で、卵から育てれば人に懐く魔物も居るのである。そうやって人に懐き、人と共に戦う魔物の事を従魔と呼ぶ。字面からだと従うとあるから勘違いされがちだが、あくまでもこれは魔物との友好関係を意味する。仮に従魔に対し、暴力などを振るえば即座に食われるだろう。当然魔物に。

 それを抑えて服従させる魔法もあるが、一般的には使われない。そもそも使える魔法士が少ないことと、従魔使いとなる者は皆その魔法を忌避するからだ。理由は前述の通りである。使われるのはせいぜい、研究所などで魔物の検体が暴れだした時か、どっかにあるらしい闘技場とかで使う程度のようだ。


「キュウ?」


 また、魔物でも食事が必要だ。俺たちが先日討伐したゴブリンなどは森で主に生きるため、木の実や昆虫などを主食とする。大陸西部に住まう豚鬼オークは木の実や動物などの雑食である。人を食べたという情報もある。

 しかしここで一つ問題が発生する。既に食性がある程度分かるもの、もしくは見た目から予想できるものを除いた魔物を従魔とした場合は何を食べさせればいいのかだ。

 そう……例えば亜竜とか。


「木の実は食べないし、歯がまだ生え揃ってないから肉も無理か。薄切りにした魚肉はどうだ?」

「キュウ……」


 フルフル


 仔竜は首を振って魚肉を避ける。


「魚肉もダメか……ピ○助ですら魚の刺身は食ったのになぁ」


 少なくともこの子が口にしたのは山羊から絞られた山羊ミルクだけだ。もちろん、生後間もないのだからろくに食べないというのは理解できる。でもハントさんから仔竜は生まれてからすぐには食欲が旺盛になるから、と言われていたのだけど……


「豚肉がダメ、牛肉もダメ、鶏肉は売り切れてて手に入らなくて、ミンチにしても食べず。手に入る川魚の刺身も軒並み食べない。木の実も食べなかったけど……久々に見たなあのリンゴもどき」


 俺の視線の先には丁寧に皮が剥かれたリンゴ───本当の名前はリゴ───が芯を抜いた輪切りの状態で置いてある。俺は昔から兎型とかに切らないでこの輪切りにして食べるのが好きなんだ。どうやらこのリゴ……リンゴでいいやもう。これはこの国の南の方でしか取れないらしく、王都近郊では手に入らなかった。しかし、最近ようやく新たに栽培を始めた領地があるらしく、時たま王都にも流れてくるようになった。このリンゴ風味は大好物だから農業技術の進歩に感謝しかない。


「美味いんだけどなぁ……」


 シャクと音を立てて口に含むと、ひと噛みごとに中から果汁が溢れ出てくる。

 蜜も多くて味が濃い。大森海から帰ってきたらこれ使ってアップルパイとか作れないかな。自分だけでパイ生地とか作れないかな。


「キュイキュイ」


 お、どうした?仔竜よ。

 あ、名前はまだ無い。いい名前が思いつかないんだよね。鱗は生えてきて無いけど多分白だと思う。卵の模様と同じみたいだし。

 そうそう、亜竜にも鱗の色とかで種類が別れているみたいで、例えばルルの仔竜は蒼雷竜と呼ばれるようになる。この名は図鑑などの分類で使われる訳では無い。単純に仔竜の色と扱う竜息ブレスの種類を組み合わせただけだ。「『蒼い』鱗で『雷』を吐き出す竜」と言うだけだ。

 竜息というのは口内の舌の下部分。人間で言う唾液腺があるところに管があって、そこから常時微量ずつ分泌されている液体を用いる。普段は唾液と混ざり飲み込まれるのだが、竜息を攻撃手段として使用する時のみ管から直接噴出させるようだ。まだ直に見たことは無いけど、ハントさんが描いた絵が正しいならテッポウウオみたいに出すみたいだな。

 生まれた仔竜はその分泌されたものをとある方法で調べて、炎、水、雷のどれかかを判断できるそうな。

 俺の仔竜はおそらく白霞竜になると思う。さっき試しにその液体を皿に乗っけたらすぐに霧みたいに無くなったし。なんで霧じゃなくて霞なのかは気にしないで欲しい。単に趣味だ。


「キュイッ!」

「あ、それ俺の……」


 仔竜め、俺の食いかけのリンゴを持っていきやがった。モシャモシャ食ってやがる。爬虫類とかってもの食べる時によく目を閉じるけどあれなんなんだろうな。全く、美味そうに食いやがって。

 ……あれ?


「お前、今まで何あげても食わなかったのになんでそれは食べれるんだ?」


 いや、実際さっき一度あげてみても食べようとはしなかった。なら違いはなんだ?


「もしかして」


 俺はさっきまで仔竜が食べようとしなかった魚の薄切りを少しだけ口に含む。もちろん、リンゴを食べ終わった仔竜に見せつけるようにだ。


「キュイキュイ!」

「やっぱりか」


 仔竜は俺の手から魚の切り身を奪い取ってすごい勢いで食べ始めた。


「まったく、お前は本当にかわいいやつだよ!」

「キュイ?」


 俺は仔竜を抱き上げると、ギューっと抱きしめた。この仔竜はどうやら本当に俺の事を親だと思っているらしい。今まで何も食べなかったのも、だ。しかし、さっき俺がリンゴを食べているのを見てこの子はリンゴを食べ物だとした。魚も同じだ。確かにそうだよな。哺乳類とかと違ってお前は卵の状態で本当の親と引き離されてるんだからな。どれが食べ物かなんてわかりようがないんだ。


「よし、あと少しでしばらくお別れになっちまうが、それまで色々と美味いもん食わせてやる!」


 さてさて、今何が残ってたかなーっと。


 俺は意気揚々と台所へと向かうのだった。




◆◇◆◇◆◇◆



 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ


 目の前の乳鉢の中には三種類の乾燥させた薬草が入っているわ。今はこれをすり潰して出来るだけ粉末状にしなきゃ行けないの。ヤマトがこういうのが得意だった気もするのだけどね。でもやっぱり自分の事だし自分でやりたいじゃない?


「シャリア、そこの瓶の薄く濁ってる液体をちょうだい。蓋が赤くなってるはず」

「蓋が赤くて中身が濁ってる……これですね」

「ありがと。これを匙一杯分加えて……」

「ところでルルちゃん。今は何を作ってるんですか?」

「んー?仔竜にあげるご飯よ。栄養とかそういうのを色々と考えて作ってるから成長すること間違いなしね!」


 この時のことをシャリアは後々少し後悔する。「ここで止めておけばよかった」と。



 まずは鶏肉のを細かく刻んだ物にさっきの薬草の粉末を混ぜる。少し苦味のある木の実。でもこれは栄養価が高いからしょうがないわ。代わりに甘みの強い果実を加えて味を少し中和する。そうして出来た肉団子を鍋で焼いていくのよ。この時に胡椒とかを加えちゃダメみたい。ヤマトに言わせると、生き物には刺激が強すぎるみたいね。



「よし、これで完成よ」


 お皿に盛り付けられた何の変哲もない肉団子。今回は本当に何の問題も無いはずよ。シャリアに色々と止められたし。何故かしらね。でも……前に作ったらヤマト顔色悪くなったし、もしかしてそれの関係かもね。


「キュイ?」


 やっぱりかわいいわね。もう何度となく抱きしめてるけどこのクリッとした目がもうなんとも言えないくらいにかわいいわ。シャリアの仔竜も今は彼女の腕の中で寝ているけど、さっきまではこの子と仲良さそうに向かい合っていたわ。


「ほーら、ご飯よ〜」


 小さめに切った肉団子を口の前に持っていく。美味しいかしら───あれ?


「なんで食べないの?」


 口元に肉団子を持って行ってもまるで嫌がるように避ける。いや、そもそも食べようとしてないみたい。好き嫌い関わらずで。


「やっぱり最初はミルクとかの方が良かったんじゃないですか?ヤギのミルクならばありますけど……」

「でもハントさんは普通に肉団子とか食べるって言ってたわ。ならば食べるはずよ」


 何度近づけても一向に食べようとしないわね……

 ところでヤマトはどうしたのかしら?


「お、やっぱりルルも俺と同じとこにぶち当たったか」


 あら、噂をすればなんとやら。ヤマトはどうしたの?


「ん?俺は先に自分が食べているところを見せたな。だからルルならばその肉団子をその仔竜の前で食べて見せれば良いぞ」


 ……え?


「る、ルルちゃん……」

「シャリア……」


 この肉団子、私が食べることを想定してないわよ……





 

 結果?

 私がこの肉団子を食べたら仔竜もちゃんと食べてくれたことだけは言っておくわ。

 味?………ええ。普通よ、普通。

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