試し撃ちとコート

 「すぅ…………はぁ…………」


 細く息を吐き集中する。狙いは百メール先の丸い的だ。


 銀色の照門と先にある赤い色の照星を重ね、さらに先にある黄色に塗装された的を合わせる。

 ピッタリ重なり、吹いていた風が少し収まったところで俺はしっかりと引き金を引いた。


 パンッ!


 今まで使っていた銃とは短めであり少し小さめの音が鳴る。

 どうやら消音用の魔法陣が機能しているようだ。反動も小さかったから対衝撃の魔法陣も機能しているとみて良いだろう。


 手のひらでボルトハンドルを跳ねあげ、そのまま握り手前に引く。すると中から空薬莢が飛び出てきて地面の小石に当たり、キンッと高い音を立てた。ボルトハンドルはそのまま前に戻し、元通り倒す。これで次弾の装填は完了だ。


 その場で俺は銃口を右に動かす。次の的は五十メール先の青い的だ。

 俺は照門の部分に取り外し可能なパーツを腰のポーチから取り出して付ける。これはピープホールと呼ばれるもので近・中距離狙撃用のパーツだ。遠距離狙撃は無理だが現状では十分だろう。


 一セール程の小さな穴を覗くと、ハッキリと赤い照星が見える。何とか効果って名前があったはずだけどなんだったかな。あとちょっとで思い出せそうなんだけど。まあ今はいいや。

 

 俺は照星の先に青い的を重ねる。さっきのアイアンサイトだけの状態よりも少しだけよく見える気がする。

 風はまだ収まったままだ。

 しっかりと腕を固定し、俺は引き金を引く。


 

 ……命中だ。さっきの的は倒れたりしなくて当たったのかわからなかったが、今度は明らかに的の一部が砕け散った。


「ふぅ……」


 さっきと同じように次弾を装填してさらに右を向く。

 約百メール先の緑に塗装された丸い的だ。


 今までと同じように狙いを定める。


 クソッ、風が出てきた。

 俺は急いで、しかし落ち着いて引き金を引く。


 ……命中か?掠ったような気はしたけど。

 まだまだだな。もっと練習しないと。

 でも無風状態での大きなブレは無かったから調整は大丈夫だろう。


 俺は今まで撃っていた伏射の姿勢から立ち上がり、撃った的の方へ向かうのだった。





「あ、ヤマトおかえりー」


「おかえりなさい」


 俺は二人に手を振って答える。俺がさっきまで試し撃ちに行っていたのは王都の外側だ。王都は東は川だが、北、南、西は近くに山とかもないだだっ広い平原なのだ。だからたまに弓とかの訓練をしている人もいるらしい。

 それにしても初めて間近で王都の城壁を見たけどめちゃくちゃデカかったな。石造りで高さは数十メールはあるんじゃないか?上には見張りの兵士の人たちと何か大きな筒みたいのが見えた気がするけどあれは何なんだろう。もっと近くで見れば分かったかもしれないな。


 工房に戻ると、見た事のある顔が増えていた。


「あら、来たわねェ♪」


 マダム・ジュリーだ。手にはデカい木箱を持っている。それが完成したコートなのか?


「少年も戻ってきたしちょうど良いワ。ここでお披露目といきましょウ♪」


 そう言ってマダムは木箱を力づくで開けると中からいくつか布の塊を取り出した。

 ……うん。何となく言いたいことは分かる。でもあの腕を見せられたら納得するしかないんだ。あの腕ならボディビルやってるって言われても速攻で信じれる程の筋肉量だから。


「これがまず少年のネ。この二つが二人の分ヨ。ラベルがあるからそれで判断してネ」


 茶色の布の塊を手渡されたが、どうやらこれは包み紙の代わりらしい。表面には服とかを買うと付いてるタグみたいのがあってそこに俺の名前があった。


 紐で留めてあるからそれを解くと、中からは龍の鱗と似たような色合いの布が出てくる。取り出して広げてみると立派なロングコートだ。襟の部分には短めの黒毛が付けられ、フードもある。首元の小さな金具を留めると詰襟のようにも見えなく無い。ちなみにその金具には細かな龍の意匠があった。

 腰の部分にはベルトのようなものが腰の後ろで縫い込まれ、前裾の通し穴で引っ掛けられて普通のベルトのように留めることも出来る。もちろん、普通の金属ボタンで前を閉めることも出来る

 裾には銀糸で細く刺繍されている。よくよく見ると、二重螺旋を描くようになっている。

 着てみると足首の少し上くらいに裾が来た。これから身長伸びるだろうから膝丈くらいにはなるのだろうか。


 内側には四つくらいポケットが付いていて小物をしまい込めるようになっているしナイフなどの暗器も三、四本は仕舞えそうだ。外側にはポケットは二つだが中でいくつかに分けられるようになっていてとっても便利だ。

 腕を出す所は少しだけ広くなっていて動かしやすい。ここにも金属製のボタンが付いているがこれは飾りだな。

 肘は外からじゃわからないけど少し分厚くなっている。俺は伏射の姿勢でも撃つから肘が分厚いのは結構嬉しいのだけどそんなこと要望したかな?よく覚えてねえや。

 

 今も実は鎧を着たままコートを着ているのだけど全く窮屈とかは無い。マダム・ジュリー……すごい人物だな。


 ルルやシャリアも鎧を着たままのようだ。シャリアは上半身はいわゆるジャケットのような見た目で動きやすさ優先でポケットなども少なめなのだけど下半身の部位は腰の鎧に留められるようになっているみたいでジャンプしたりと色々動いてみていた。


 ルルはコートと言うよりはローブに近いものを着ていた。かなりゆったりとしていて動きやすさというものはあまり無さそうだ。デザインは俺のと似ていて、ボタンは俺のと同じ銀色だし裾には銀糸で刺繍がされている。ただ、一番俺のと違う点は……


「見て、ヤマト!似合う?」


 彼女の帽子だ。

 が広く、先がとんがっている魔女のとんがり帽子みたいのを被っている。当然、似合っているな。

 帽子とローブは同じ皮を使っているようで色合いは同じだ。でも帽子の方にはの上に白いリボンが巻かれている。でも多分普通のリボンじゃないんだろうな……


「あなたたちのコート、ローブにある刺繍は鋼蚕の糸を使ってあるわァ♪加えてちょっとした魔法を付与エンチャントしてあるワ。なにか当ててみテ」


 んー?俺は魔力を動かすことは出来ても強く感じることは出来ないんだが……

 

 ルルに助けを求めるように視線を送るも、逸らされた。

 ……なるほど。ルルも関わっているのか。もしかしてこの前俺が置いていかれた時にやってたのか?


「……すまん、わからない」


 しばらく考えてみても検討もつかなかった。


「あラ、じゃあ説明してあげてちょうだイ」


 その言葉にルルは頷く。


「えっとね、まずそのコートの裏地に魔法陣が二つ仕込んであるの。一つは温度調節、もう一つは耐久をあげる魔法陣。私のにもシャリアのにも入ってる。ここでさっきの鋼蚕の糸なんだけど、その糸って魔力を吸収する特性を持ってるの。そこでマダムが糸でちょっと特殊な刺繍を施して魔力の消費を抑えてくれたの。と言っても鋼蚕の糸は私たちからじゃなくて外から魔力を吸収するんだけどね」


 ルルがここまで説明すると、引き継ぐようにマダムが話し始めた。


「耐久を上げるのはよくあるワ。でも温度調節はあまり無いわネ。これは暑ければ涼しク、寒ければ温かくなるワ。でも限度があるから気をつけてネ」


 なるほど、温度調節ってそういう事か。どこぞの青タヌキっぽいネコ型ロボットが出しそうなやつだな。でも言われてみればここの工房は結構暑いはずなのに今は全然だ。これがその温度調節なんだろう。

 

 俺はジャケットやローブを着てはしゃいでいる二人を見ながらさっきまでテストをしていた銃の調整に入るのだった。

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