試し斬り

「……つまり、三日も掛けたので切れ味は折り紙付きという訳です」


 三十分ほどエヴトさんは語り続け俺たちは嫌でもどれだけ大変だったかを理解することとなった。


「でも、そんなに硬くても変形魔法でそれなりの形までは出来るんじゃないのか?」


「実は、最初の段階で変形魔法を使ってみたのですが翌朝になってその変形させた部分の半分近くが元の形状に戻っていたんです。それから少し調べてみると、この龍の尾棘には再生能力があるらしく……加工した部分の半分程。分かりやすく説明するなら例えばここの柄を作るために三ミール程この部分を細くしたのですが、翌朝には太さがほぼ元に戻っていたというわけです」


 再生能力ねえ。

 よくあるチートだけどまさかそれが武器に宿ってるとは。でもそんなふうに再生してくならこの剣はなんなんだ?


「あなたの言うことは最もです。私は再生する暇を与えないために数日間付きっきりで加工することにしました。そして加工し始めて丸一日がたった頃です。剣としての大まかな形がわかり始めて来た時でした。私はその時少し休憩をしていたのですが、この剣が僅かに震えていたんです。私は再生が始まったのかと驚いたのですが……」


「ですが?」


「剣が震えていく度に形状が少しずつ変わって行ったんです。でもそれは再生ではなかった。剣としての形になろうとしているかの如く柄が作られていったのです」


 ん?エヴトさんは寝不足で疲れているのだろうか?

 その言い方だとまるでその尾棘が自ら剣になろうとしてるみたいじゃないか。そんなの、異世界とかの不思議パワーじゃなきゃ……ってここ異世界だわ。それにさっき銃が勝手に伸びてたわ。なら勝手に形変わってもおかしくないな。


「何はともあれその剣がこれです」


 エヴトさんから手渡された長剣を手に取る。柄は細く切られた黒革を編んで巻いてある。滑り止めのためだろう。

 鞘は口の部分は金属で補強され、刃の通る部分は十五セールほどスリットが入れられて剣を仕舞いやすくされている。無論、その部分も金属で覆われている。鞘の先端は細かな細工が施された金属で覆われている。素材はミスリルらしい。


 早速鞘から抜いてみるとまずはその色合いが目につく。刃の先端は赤黒い色でも少し明るめなのだけど根本はかなり濃い赤黒い色なのだ。刃の長さはだいたい90セール程でその長さでうまい具合にグラデーションになっているのだ。

 柄の部分は少し長めに作られていて約三十セールくらい。両手でも持てるようになっている。柄頭も一般的な錘型だ。鍔は元の素材が細いため正面から見ると菱形をしている。


「ヤマトの剣、かなり細いね」


 ルルが俺も気になっていたことを代弁してくれた。

 俺の持っている剣の長さは90セール程だと言ったが、幅が細い。鍔の辺りでは三セールくらいなのに先端近くでは一セールだ。さらにその先に鋒があって鋭く尖っている。もちろん剣なので厚さは薄めだ。


「この剣は重さと言うよりも鋭さで斬るタイプだな。でも重心とかもピッタリだから振りやすいな」


 俺は皆から少し離れたところで試し振りをする。そこまで重くなく、変な位置に重心がある訳じゃないからバランスがとても良い。バランスが悪いと腕を壊しかねないからとても重要なのだ。


「ちょうどいい機会ですから試し斬りでもしましょう。こっちに来てください」


 エヴトさんが工房の裏にある広めの空き地に案内する。そこには何本か地面に突き立てられている角材や鉄の棒などがあった。


「じゃあヤマトはまずはこの角材を切ってみてください。あなたも同じように」


 まずは俺とシャリアだ。ルルはここでは武器を作ってないから試し斬りの必要は無いからな。


 

 目の前には太さがだいたい三セール程度の角材だ。そもそもこの時点で普通の剣じゃ切れないと思うのだけど違うのだろうか。


「じゃあまずはシンプルに袈裟斬りから……」


 俺は剣を中段に構えると一般的な右からの袈裟斬りを繰り出す。


 ヒュンと風を切る音を鳴らしながら剣は角材をいとも簡単に斜めに切断した。剣を振った俺でさえ手応えを感じなかったほどだ。断面を見ても滑らかに切られている。


 俺はかつてガルマさんから教わった剣の振り方を忘れていなかったことに安堵すると同時に剣の鋭さに畏怖することとなる。


「もう一度……」


 今度は逆袈裟と呼ばれる斬り方だ。これは本来は抜刀術の一つだが、俺が習った剣術では型の一つとしてある。ちなみにさっきの袈裟斬りは基本なので型などではない。


 左下から跳ね上げるように振られた刃は角材をさらに短くした。断面はさっきと同じく滑らかだ。


「こりゃあ……なんつー切れ味だよ……」


「驚くのはまだ早いかもしれませんね。次はこれです」


 エヴトさんが次に指定したのは何かをグルグル巻きにしたようなものだ。イメージとしては刀の演舞で使われる畳だな。


「じゃあもう一度袈裟斬りから……」


 ヒュンヒュンと風を切る音を鳴らしながら今度は袈裟斬りと逆袈裟を連続して行った。それでも手応えはほとんど無い。


「今度はこれです」


 次に指定されたのは細い鉄の棒だ。いくら切れ味が良くても鉄は切れない気がするが……

 でも日本刀は鉄も斬るって言うしどうなんだろう。


 太さは一セール。長さは別にいいか。さすがに立てた状態で斬るのは危ないからって今回は二つの台の上に鉄の棒を乗っけてその間を剣で斬るという感じだな。


「今度は斬り下し……なら、一つやってみるかな」


 俺は十年ほど前の記憶を呼び起こす。


 かつて地球にいた頃は俺は大学生だった。二年に上がってその時に出来た後輩がちょっといい所の娘さんだったみたいで剣術を習っていたのだ。そいつとはなぜ仲良くなれたのかはほんとに謎なのだけどきっかけは当時俺がやっていたゲームで知り合ったからだ。


 話を戻すと、ある時俺が剣道部に所属している知り合いから助っ人を頼まれたのだけど俺は剣道なんて中学の授業くらいでしかやった事が無かった。ただ、その事を聞きつけた後輩が俺に一週間みっちりと剣の振り下ろしについてだけ仕込んだのだ。強制的に特訓させられたし、当時は定期考査直後で暇だったのもあったな。それで結局剣道部の助っ人として参加してみっちりと仕込まれた振り下ろしで偶然一本を取れたのだけどそのあとはぼろ負け……というオチだけど未だにその振り下ろしは覚えている。

 名前も教えられて確か……



「虹月流刀術基本三手弐の型……」


 俺は剣を上段に構え固定する。昔みたいに一週間の付け焼き刃じゃなくてこの世界で身につけた本物の剣術を用いて放つ技だ。

 そう考えた途端体の奥がほんのりと温かくなる。それはどんどんと広がり、次第に指先へ、そして剣へと繋がった。

 俺はその瞬間、何かに導かれるかのように剣を振った。


「〈落鷹らくよう〉」


 地面を踏みしめ、全力で振り下ろした刃は音も立てなかった。


 数瞬の後、カランと音が鳴る。

 中央で真っ二つにされた鉄の棒が地面に転がった音だ。


 剣は地面に食い込んでいた。地面まですっぱりと切れ込みを入れてだ。


「凄い……」


 誰が呟いたかはわからないが俺はしっかりと残心をとる。


「ふぅ……」


 ようやく俺は力を抜く。剣を見ても当然のように刃こぼれは無い。


 実を言うと伯爵家で似たようなものを修行してはいたが、こうやって過去のことを思い出して振るのは初めてだったりする。さっきの技も三手と言うだけあって他に二つあるのだけど俺は習得出来ていない。どんなものかもわかるし最近はそれっぽい物も出来ているが、かつて後輩に見せてもらったようには出来ていない。



 試しに残りの二つも振ってみるがやはり後輩のように鋭くは振れない。


「やっぱり〈無抜〉と〈峰谷〉は無理か……そもそもこの剣じゃ〈無抜〉は不可能だな。〈峰谷〉はもっと速かった……」


 俺は剣を鞘に戻しながら独りごちる。


「な、何ですか今のは……」


「ん?シャリア、何か変なところでもあったか?」


 シャリアの様子が変だ。俺と同じように試し斬りをしていたはずなのだけど。


「今、何か見えたんです。黒くて長い髪の赤いドレスを着た女性が巨大な剣を振る姿が……っ!」


 黒くて長い髪の赤いドレスを着た女性?それにでかい剣?訳が分からん。


「俺も見えたぜ。ヤマトは今単なる振り下ろしを放ったが、その幻影はお前の動きとピッタリと合っていた。俺もまさかとは思うがな、噂程度で聞いたことはある」


「ロック、まさかそれは……」


「ああ。エヴトお前、とんでもねえものを作り出したかもしれんぞ」


 親方とエヴトさんがニヤリと笑いながら話している。


「あの、どういう事なんですか?」


 幻影が見えた張本人であるシャリアが問いかける。


「おとぎ話で聖剣だったり魔剣だったりってのを聞いたことはあるだろう?」


「はい。実在すると言われ、名将カンドの持ったとされる魔剣アルヴートとかですね」


 魔剣アルヴート……三百年ほど前の戦争で紛失したとされる魔剣だな。そして歴史上最後の魔剣。実在が保証されている魔剣は他にも数振りあるみたいだが、場所がある程度確定出来ているのはこの一振だけのようだ。


「その通りだ。物語にも登場するような剣は大抵の場合強い力を秘めている。まあ魔剣なんて呼ばれるんだから当然だがな。しかし、魔剣にも魔剣と呼ばれる所以がある。それはたった一度振るだけで大風を起こすとかじゃあ無い」


「ここからは私が話しましょう。全く、ロックは話が長いんです。あなたは『意思持つ剣』というものを知っていますか?」


「はい。でもそれは正真正銘おとぎ話の……」


「その通りです。ですが、私たちエルフの里には何振りか分の魔剣の詳細な情報があります。その中には魔剣の持つ能力の情報もあるのですが、そのほとんどに『意思』と呼ばれるものがあると記されています」


「『意思』ですか……」


「そもそも先程の魔剣アルヴート然り、持ち主は固定されます。それは何故か。まあここまで話せばわかるかもしれませんが、持ち主が剣を選ぶのではなく魔剣が持ち主を選ぶのですよ。つまり、それこそが『意思』です」


「つまり、ヤマトさんの剣にも意思が?」


「いやわからねえ。だがその剣はそれが有り得るだけの素材を使っている」


 なるほど。

『意思』がある剣か。俺は全くわからなかったがシャリアたちが見たっていうその人影も剣の意思なのかな?


「まあ良い。その剣はまだ魔剣じゃねえ。あくまでもなるかもしれねえってだけだ。でもヤマトよ、覚えておけ。お前はこれから強敵と戦っていくだろう。バルムントも言っていたろうが、何かデカいことを成すはずだ。その中ではその剣の元である龍よりも強いものと戦うかもしれん。だがな、これだけは守れ。絶対に力に呑まれるな。もし呑まれたらまさしくお前がおとぎ話の悪役だからな」


 呑まれるな……か。いずれ俺は黒龍と戦う。その時にはわからないな。もしかしたら呑まれなきゃ勝てないかもしれない。

 いや、その時はその時か。


「さて、まだまだやることはたくさんあるぞ!次はヤマトの機械弓の試し撃ちだからな」


 バシバシと背中を叩かれながら俺たちは謎を残しながら工房の中へ戻るのだった。

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