赤煉龍 狼少女 追跡者

「いた……!」


 私は獣人特有の鋭敏な感覚をフルで使って夜の森を駆け抜けた。

 ほとんど休まなかったからか息を切らし、身体にはいくつも生々しい傷があったが私は今はそれどころではなかった。


 目の前にある赤く、黒い存在。

 蝙蝠のような翼を広げ、大きな口を開けて威嚇をしている巨大な生き物。

 あの日見たものと同じ姿。


「ようやく……追いついた……っ!」


 今は先に出発していた調査団が武器に炎や雷を纏わせたり魔法で地面を水浸しにしたり炎の矢を発射するなどして戦闘を行っているが、辺りには龍の攻撃を受けて倒れている姿もいくつもある。


 これもあの日と同じだ。ただ、場所が違うだけの同じ光景。

 あの日からずっと追いかけ続けてきたものと同じ姿形だ。



 今でも鮮明に思い出せるあの忌まわしい記憶。


 あの巨大な口に挟まれ噛みちぎられる隣のおじさんの姿。

 生きながらも焼かれている村の先生。

 尻尾で吹き飛ばされて壁に叩きつけられてそのまま動かない衛兵の青年。

 自分の子を庇ってその爪で貫かれて血を吹き出している女性。

 

 それは正しく蹂躙だった。

 自分達は手も足も出なく、ただ逃げるのみだった。それも、幾人も犠牲にしてようやくほんの数人が生き残れるほどだった。


 そしてそのほんの数人も……


「みんな死んだ。私のために。ただ私が族長の娘だったから。ただそれだけでみんな私を庇って死んでいった。他にもっと生き残るべき人は居たはずなのに」


 おじい様も。

 おばあ様も。

 お父様も。

 お母様も。

 村一番の長老様も。


 みんな私を逃がすために死んでいった。


 

「最後まで一緒にいてくれたのはお母様だけ。でもそれもお前は殺した。ただの尻尾の一振で」


 本当ならあの時私も死ぬはずだった。でもお母様が私を突き飛ばした。


 あの尾で殺される直前。私を突き飛ばした直後、お母様は笑っていた。


 今でもなんで笑っていたかは分からない。


 でも今の私の気持ちは理解出来る。


 私は手に持った両手に持った二本の短剣を今一度握りしめた。


 「皆の仇……赤煉龍フィルグレア、お前はここで殺すッ!私がッ!今、ここでッ!!」


 そう叫ぶと私は足を一気に踏み込んだ。

 普段よりも力が入るが今はその力の全てを制御出来ているように感じる。

 

 地面が陥没し、土煙が舞う。だが、それが起きた時には既に私は龍に肉薄している。白い影と化して音をも超えたそれは誰もが知覚に時間を要した。


 いきなり飛び出てきた何者かに戦っていたハンター達は目を剥くが、それどころでは無いようで攻撃を防いでいた。


 

 私は龍に接近すると、すぐさま龍の身体の下に潜り込んだ。

 そこにあるはずなんだ。あの時、蹂躙されるだけだった村で私たちが唯一与えることのできた傷が。


「あった……」


 そこにはある程度埋まっているものの、確実に深く切り裂いたであろう傷が残っていた。


 余談だが、龍は全身が龍鱗と呼ばれる特殊な鱗で覆われている。その硬度は鋼を凌ぎ、加工は困難を極める。しかし、いくら龍でもそこまで鱗の硬度を上げることができない箇所がある。

 それが腹だ。

 頭部はもちろん。弱点になる首や龍の主な盾とも呼べる背部の鱗はとてつもなく硬い。しかし、腹はどうしても鱗を硬くはできない。

 理由は不明だが、仮説として龍は食事をする時にある程度腹に溜め込む習性があり、鱗が硬いと一定までしか溜め込めないが、鱗が柔らかく、ある程度の柔軟性があれば一定以上の量を溜め込めるから、とされている。


 少なくとも鉄と同等程度の硬さしか無いため、名剣と呼ばれるものならば切り裂くことも可能なのだ。

 それも、一度傷がついた場所ならば。それもまだその傷が癒えきってないならば。


 彼女はそれにかけたのだ。


「賭けには勝ったわ……ッ!」


 いくら龍でもここまで酷い傷はまだ治せないのだろう。頭部や首、背部や胸部といった重要な部位なら相当の速さで治るのだろうが腹である。本来攻撃に晒されにくい場所のため傷の治りが遅いのではないか。

 彼女は傷を見つけた瞬間からそう考えていた。




 私は傷を見つけた。

 あの時お父様が私とお母様を逃がすために突撃してつけた傷。


 お父様は上手く立ち回ったのだろう。それのおかげで私は逃げきれた。でもそれのせいでお母様は死んだ。


 お父様は私たちが向かう方向とは反対に龍を向けようとしていた。その目論見は成功したけど龍が振り向いたときに振られた尻尾でお母様は死んだのだ。


 そこから先はよく覚えていない。


 でもこの傷はお父様が私のために残した傷。

 お父様はあの世で悔やんでいるだろう。お母様は悲しんでいるだろう。


 だから私はこの龍を殺す。

 この龍の首を村の跡の中心に置いて私の足で踏みつける。


 私は龍を殺して帰ってきたと。無念の中死んでいった彼らへの手向けとして……


「はああぁぁぁッ!!」


 私はその傷目掛けて思い切り短剣を突き刺した。






 グオオォォォッ!!


 いきなり森の中に響いたその声は明らかに獣のものだった。

 俺は直ぐに馬の歩みを止める。馬も怯え、抑えなければどんどん後ろへ下がっていくだろう。


「近いわね。どうする?馬はここに置いてく?」


 ルルが後ろから聞いてくる。既に杖も取り出して戦えるようだ。


「そうだな。ルル、一応手順を確認するぞ。まず、俺らが向かった先で既に戦闘がはじまっているなら避けて静観する。もし戦っていなくてシャリアもいれば説得して連れ帰る。シャリアがもし加わって戦闘しているならば……ぶっ放すぞ」


 俺はニヤリと笑いながらそう告げる。


「ええ。その魔砲……〈初典・深焔害為レーヴァテイン〉だっけ?まあ……ネーミングはともかく、威力はあるからね。全力で魔力を込めれば多少はダメージになるとは思うけど」


 そりゃあね?さすがに中二病過ぎるとは思ったよ。こっちでの年齢も合わせたら三十代超えてるよ。でもね?心は二十歳なんだよ。それもかつてはアニメとかラノベとか好きなライトオタクですよ。そんなのが異世界来て自分で自分の魔法の名前付けられるならどうしても中二病チックになるでしょ?


「ね、ネーミングは別に良いだろ。実際そういう意味なんだし。……魔力はまあ頑張るよ。じゃあ行くか!」


 俺たちは馬を降り、この森の奥へと向かう。俺たちの仲間──シャリアがいる場所へ。


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