第50話甘々甘口ワイン


「クロエちゃーん、ピザ追加―!」

「わ、わかったネ!」

「クロエちゃん、ケーキ冷蔵庫から出しておいてね! あとそろそろパイが焼けるから!」

「Yes!」

「お会計入るから、盛り付けよろしく! マディラソース足りなくなりそうだから仕込みもね! あー、それとお肉に焼き目を付けといて!」

「Yera!」

「クロエちゃーん!」

「Yes ma'am!!」


 今晩のワインバー:テロワールは普段通りに戦場だった。店主のラフィさんは時にはコマンダー、時にはソルジャーとなって立ち回る。

 料理が得意と言ってしまったクロエはキッチンを預かるキャプテンに任命され孤軍奮闘中。次々と来る、オーダーの嵐とコマンダーラフィさんからの指令の数々。

 しかしお料理キャプテンに任命されたことが、ホールを基本一人で回しているアサルト沙都子よりも、どんなに楽かと思うのだった。

 

「お待たせしました! ブルーチーズのピザと貴腐ワイン&アイスワインセットです! 塩気の強いピザを食べたあとに、ワインを召し上がって頂くと、美味しいですよ!」

「サっちゃん、ロービーあがりね!」

「あ、うん! お客様、後程またご案内しますね! ごゆっくりお楽しみください!」


 クロエが出したローストビーフと、マディラの入ったボトルを、沙都子はひょいとお盆(トレンチ)へ乗せた。

走らず、しかし急いで別のテーブルへ向かってゆく。


「お待たせしました! ローストビーフとマディラのマリアージュセットですっ! ローストビーフにかかっているのはマディラを使ったソースなので相性はばっちしですよ! それでマディラというのは……」

「サっちゃん、チョコケーキと、チェリーパイできたネ!」

「あ、はーい! お客様、また後程ワインのご案内しますねっ!」


 沙都子はケーキとパイを盆に乗せて、更に重そうなポートワインと日本の五郎さんワインのボトルを乗せて、ホールへ飛び出してゆく。

 

「お待たせしました! お客様がチェリーパイとポートワインで、お連れ様がチョコケーキとこちらですね! 両方とも赤ワインがベースの甘口で、とっても美味しいですよ! 特におすすめなのが、山梨県産のこちらのワインでして……」


 忙しいし、明らかにオーバーワーク気味なのにも関わらず、沙都子は笑顔でワインのことを丁寧に伝えながら接客をしていた。

 すごく頼もしくて、なんだかキラキラと輝いているように見えて、料理をするクロエの手も自然と早まる。

お客さんもすごく楽しそうだった。しかし男性客はワインや料理よりも、沙都子の胸元を見ているような気がしてならない。


(まったく男はこれだから駄目ネ。サっちゃんのが立派でも、じろじろみるの失礼ネ)


 そんな中、コマンダーラフィさんはというと……

 

「ラフィさん、牛丼!」

「はいよ! つゆだく肉マシマシにしちゃうからね! 紅ショウガは!?」


 店を取り仕切りつつ、お客さんの無茶なオーダーにも笑顔で、元気よく答えていた。

 顔色がほんのちょっぴり必死な沙都子と対照的に、ラフィさんは全く顔色と一つ変えていない。

 さすがプロである。

 

(ワインバーで牛丼って、よくわかんないお店ネ……)


 そんなことをクロエは思いつつ、ひたすら肉とパイを焼き、ケーキを切って、その傍らでマディラソースを仕込んで、ローストビーフを切ってを繰り返す。

 そんなこんなで五時間限りの夜の営業はあっという間に過ぎて行き――

 

「お、お疲れ様、クロエちゃん……」

「もう駄目ネ。ワタシ、ノックダウンね……」


 掃除を終えて、沙都子をクロエはぐったりテーブルへ突っ伏した。ついさっきまで、ここにお客さんが座っていたなど想像もできない程、店内は静まり返っている。

 

「おー! クロエが真面目に労働してるのです!」


 と、どんなに疲れていても、元気が出る声が聞こえて、クロエは飛び起きた。

 

「ネコちゃん! どうしたネ!?」


 石黒寧子――クロエが愛してやまない、見た目はようじょ、歳は成人の無二の友人である。

 

「ラフィさんの投稿見て、来たですよ。営業時間中だと修羅場だと思って閉店後にしたです」

「営業時間内に来て働いてくれても良かったんだよ?」


 気づくと、あの修羅場をくぐり抜けても尚、笑顔が崩れないラフィさん。

彼女はクロエに茶封筒を渡した。


「はい、これワインの代金ね。お疲れ様、クロエちゃん!」

「ホワッツ!? 一枚多いネ!?」

「お陰さまで今日は結構儲かりましたから。余分な一枚はクロエちゃんのバイト代だよ! よかったらまた手伝ってね!」


 あの修羅場を再びーーだけど、案外楽しかったと思うクロエだった。

しかもここでは寧子もバイトをしているし、一緒にいられる時間が増えるので、一石二鳥である。


「さぁて! みんな遅い時間だけどカロリーとか、明日のこととか気にするタイプじゃなかったら、残った料理とワインを片付けちゃおうか!」


 クロエをはじめ、誰もがそういうことは気にしないタイプだった。

そうして始まった余り物料理と甘口ワインでのちょっとしたお疲れ様会。


「ど、どうですかラフィさん!?」

「日本の酒精強化ワイン、美味しいね。このちょっと熟成感があるのはなんでだろ?」

「ソレラシステムらしいですよ!」


 沙都子とラフィさんは日本産の五郎さんワインを囲んで、あれやこれやと楽しそうだった。


 クロエはこの中で、ワインのことなんてわかんないし、あんまり興味もない。

だから一杯のワインで話題に花を咲かすことはできない。

でも隣には寧子がいるので、それだけで十分楽しい。


「ネコちゃん、あーんネ!」

「いや、自分で食べるから良いですよ!?」

「遠慮せず食べるネ! ブルーチーズのピザと、貴腐ワインの相性はバッチグーネ!」

「そりゃそうです。最高のペアリングです。てか、クロエ、前試したはずですよ?」

「そうだったかネ?」

「もう、クロエは……興味がないことは全然覚えてないのですから……」


 寧子はちょっと寂しそうに、クロエの差し出したピザへかじりついた。

そして黄金色をした貴腐ワインを口へ運び、笑みを漏らす。

 本当に美味しそうで、嬉しそうな、眩しい笑顔だった。

見惚れてしまうほどだった。


「クロエ?」

「な、なんでもないネ! ほら次はローストビーフ食べるネ! マディラソースはワタシが仕込んだネ!」


 ワインを知れば、今以上に仲良くなれるだろうか。もっと近づけるだろうか。

 不純な動機ではある。だけどもほんのちょびっと、クロエはワインへ興味を持つのだった。


「ネコちゃん、あーん!」

「いや、ですから……」

「嫌ネ?」

「むぅ……あーん」

「くふ。ネコちゃん、可愛いネ。また一緒にワイン飲もうネ!」



***


久々の更新でした! 永らくすみません。貴腐ワインに関しては“ソーテルヌ”でも検索可能です。日本の酒精強化ワインに関しては、商標うんぬんがありそうなので、ああいう書き方です(笑) 中国人料理人わかる人いるかなぁ……


それではまた!

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