第28話ようじょ、産まれて初めてビストロを訪れる

「ここですか……」


 寧子は翌日、愛車のベスパをかっとばし、駅の南口から少し進んだ飲食店街を訪れていた。


 タイル張りのおしゃれな通り沿いにひっそりとたたずむ可愛らしいレストラン。


 ラフィさんの知り合いが経営する”ビストロ グリ・モワル”はどうやらここらしい

 シックな灰色の色遣いはファミレスやコンビニ、はたまたファストフード店は若干の圧力と、入りづらさを抱かせる。


(でもここで立ち止まるわけには行かないのです!)


 友達から貰った大事なワインは、素敵な料理と一緒に飲みたい。

いや、飲むべきだ。すでにラフィさんがここの店主へ連絡を入れていると言うし、何の不安があろうか。


 寧子は意を決して、”CLOSE”の札のかかったおしゃれな木の扉を押し開ける。


「ごめんくださ~い……」

「あっ! お客様申し訳ございません」


 入口のすぐ手前にあるバーカウンターでグラスを磨いていた長い黒髪の女の人がそういい、


「ディナーは五時からの営業です。大変申し訳ございません!」


 卓上の花に水をやっていた栗色をした長い髪の女の人が言葉を重ねてくる。

 顔がそっくりな二人のウェイターだった。

双子か何かなのだろう。たぶん寧子と同い年か、やや上か。

 ちゃんとしたレストランらしく、Yシャツに黒いベストに蝶ネクタイのスタイルでやっぱりここはファミレスとは違うと思い知らされた。


「あ、えっと! すみません! お客さんじゃないです! 石黒 寧子と申しますです! ソ、ソムリエの松方さんはいらっしゃいますですか!?」

「幹夫によう?」

「やほー! 待ってたよー」


 バーカウンターの黒髪の女性の声に、軽やかな男性の声が重なる。

寧子がロボットみたいにカクカクと頭を上げると、びしっとした黒服を着た若い男が親しみやすそうな笑顔を浮かべていた。

 細面でかなりのイケメンで、もし寧子がアイドル好きならば間違いなく興奮していただろう。

残念ながら寧子はイケメンに全く興味は無いが。

しかし松方さん前にしてドキドキしているのは、彼のジャケットの胸で光輝いている”ブドウの形をした金バッチ”があるからである。


「はじめまして! 松方幹夫です。話はラフィさんから聞いているよ。奥で話そうか?」

「は、はいなのです!」

ともー、俺ちょっと石黒さんと話があるから奥のワインの整理引き継いでもらえるかな?」


 黒髪のウェイターさん――智さんは「わかったわ」と落ち着いた様子で答えた。

ふと智さんは店のホールへ向かって行く寧子へ視線を落とした。

もう片方のウェイトレスさんはそん智さんを見て、クスクスと笑いを上げていた。

 寧子は智さんの視線に首を傾げつつも、よく分からないので気にせず、松方さんに続いてホールへ向かって行く。



 ビストロとは小さなレストランのことを指すフランス語で、ワインを提供する飲食店という意味が含まれているらしい。

そんなビストロ:グリ モワルのホールはやはりというべきか、今まで寧子が行ったどの飲食店ともまるで違う。



 店の隅に据えられた茶色の立派なグランドピアノ。

 ボックス席は全部で六つあり、それに皺ひとつない真っ白なクロスがかけられ、真ん中には綺麗な花が生けられている。

 木製の床は温かみを感じさせるが、綺麗に磨かれているため、美しい光沢を放っていた。


 これぞビストロ。当にイメージ通りのフランス料理を出すお店。

ようじょな自分には到底似合いそうもない大人な雰囲気。

 寧子は目の前の光景にごくりと息を飲み、居心地の悪さを感じる。


「石黒さんこっちこっち!」


 と、そんな格式高そうなお店に、松方さんのフランクな声が響いて、僅かに緊張が和らぐ。寧子は松方さんの手招きに応じて、しきりで区切られた店の奥へとパタパタ駆けて行く。


 しきりで区切られたそこは部屋のようになっていた。

そこでは白いコック服を来た背の高い男性がいた。彼の対面には対照的に小柄なで一見、少年のように見えるコックが座っている。二人は昼食の最中だったようだ。料理はたぶん、海鮮たっぷりなパスタ:ボンゴレ・ビアンコ。


「食事中ごめんね。奥使わせてもらうよー」

「バイトの面接か?」


 背の高いシェフが切れ長の目で寧子を見る。

 鋭くて、威圧感のある視線が、まるで寧子へ”お前はこの場に相応しくない”と言っているような気がしてならない。


「おいおい、景昭かげあき、睨むなよ。その子、ビビってるぜ?」


 と、背の小さなコックがそういうと、


「す、すまん……」

「こいつ、元々こういう目しってから気にしないでやってくれや」

「こ、こちらこそすみませんなのです!」


 寧子は慌ててペコリと頭を下げる。

すると松方さんは背の高いシェフの肩をポンと叩く。


「こいつは当ビストロ グリ・モワルの名シェフ:影山 景昭だ! で、こっちが……」

「佐々木風太だ。俺はデザート担当だぜ!」

「い、石黒 寧子と申しますなのです! 不束者ですが、どうぞよろしくお願いしますなのです!!」

「石黒って、こないだラフィの姉ちゃんが言ってた子か?」


 佐々木さんがそう聞くと、松方さんは「その通り!」と笑顔で答えた。


「おっし、じゃあ厨房勢として話に混ぜて貰うぜ。景昭、さっさと食べろよ!」


 佐々木さんはフォークのペースを速め、


「ま、待ってくれ。そんなに早く食えん……」


 影山さんは一生懸命早く食べようとしているが、一口が小さくあまりペースは変わらない。


(なんだか面白い人たちですね)


 店の雰囲気とはだいぶかけ離れているお店の人たちを見て、すっかり緊張が解けた寧子は、松方さんと一緒に一番奥の席に座るのだった。


「で、ワイン会がしたいんだっけ?」

「は、はいです! ここだったら持込みでワイン会をさせてくれるってラフィさんに紹介して頂いたです」

「あはーそうなんだ。ラフィさんがね」

「どうかしたですか?」

「いや、なんでも。で、いつやりたいの?」

「今週末の金曜日なんかが良いなと」


 寧子の言葉を聞いて、松方さんは表情を少し曇らせる。


「ごめん、今週の金曜日はちょっと大きな予約が入っててね。急な話しだから土曜も厳しいね」

「そうですか……」


 やはり金曜は厳しい様子だった。じゃあ一週間後は成人式のために帰省しなければならないし、更に翌週ともなる今度は大学のレポート&テスト地獄が待っている。そうなると次できるのは2月に入ってからになってしまい、さすがにそれは間が空きすぎてしまうと思う。


「木曜日なんてどう?」

「木曜ですか?」

「うん。今週の木曜日だったら今のところ予約もないし、ゆっくりできると思うよ」


 さすがに木曜は盲点だった。幸い、テロワールも木曜定休、クロエ・沙都子・寧子も木曜日の授業日程は午前のみで、午後からの講義は何もない。

あとは別大学の佐藤だが――しかし今ここで決めておかないと、もしかすると予約が埋まってしまうかもしれない。


「わかりましたです。木曜日の18:00からでお願いしますです!」

「はいよー。人数は?」

「四名でお願いしますです」

「おっけー。予算は?」

「えっと、できれば3000円から4000円で収めて貰えればと……」


 サークルなどでの飲み会は、お酒代も込みでこれぐらいが想定されると聞き及んでいた。お酒はワインを持ち込むので、純粋な料理代のみ。

だけどこんなに雰囲気の良いお店が、そんな値段で引き受けてくれるかどうか。

 10000円近くするんじゃないか。


「おっけー。じゃあ間取って3500円位にしとくね。うち、500円は持ちこみ代とかいろいろ含めての部分ってことで」

「あ、ありがとうございますなのです! とっても助かりますです!」


 想定内で収まり一安心な寧子なのだった。


「じゃあ、お仕事的な話はここまで! そろそろ楽しいワインの話でもしようか ? 当日、どんなワインを持ってくるの?」

「おっ、その話を待ってたぜ!」


 昼食を終えた佐々木さんと影山さんが松方さんの隣に座る。

 ずらりと並んだ、きっとワインに精通しているだろう三人。

だけど緊張する必要はない。

だって、寧子のためにみんながくれたワインは、全部素晴らしいものの筈なのだから。


「えっと……甲州の白と、貴腐ワインと、プティ・リオンです」

「へぇ! 良いもの持ってくるんだね! 良いじゃん! バランスもよさそうだし!」


 真っ先にソムリエの松方さんが、少し興奮気味に反応してくれた。


「甲州はなんだ?」


 と、影山さんが眼光を光らせ、ドスの利いた声で聴いてくる。

これが彼の素なのだろうが、やはり怖いものは怖い。


「あ、えっと!」

「山梨のものか!!」

「は、はい、なのです! 山梨に実家のあるソムリエを目指している友達が山梨から買って来てくれたです!」

「そうか……」


 影山さんは腕をギュッと組んで、そのまま黙り込む。


「いや、今こいつよ、甲州ワインにはまってるぽくてよ」

「甲州ワインとは甲収種100%使った白ワインを指す! そんな甲州ワインの国際的な評価は年々うなぎ上りだ! 甲州ワインこそ日本が誇る、素晴らしいワインだ! 俺はそんな素晴らしい甲州を料理を使って広めたい! 白ワインといえはシャルドネ――そんな概念を俺は一料理人として、駆逐、破壊、殲滅!」


 ひとしきり言い終えて満足した影山さんは再び黙り込むのだった。


「と、景昭もこれぐらい気合が入ってるってことで……当日の料理は期待してね」

「貴腐もあるんじゃ、いつもより気合いれてデザート作るぜ! 期待してな!」


 松方さんと佐々木さんも気合が入った様子をみせる。

 最初が居心地が悪いと感じたビストロ。

だけど素敵で、ちょっと面白い店員さんたちのおかげで、寧子の緊張はすっかりなくなっていたのだった。


「よろしくお願いしますなのです!」


 みんなから貰ったワインへ合う料理を、こんなに素敵な人たちが作ってくれる。寧子の小さな胸の内は期待でぱんぱんに膨らむのだった。



「そういえばこのお店って、魔導書みたいな名前ですね?」

「あはー、良く言われるよ”グリモワール”って」

 

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