パラドックス
「いい感じいい感じ……あとちょっと……よーしそのままそのまま…………あ!」
「はいダメー」
「くっそー今のはいい感じだったんだけどなあ……ん」
「んってなんだ」
「百円。ちょーだい?」
「アホ吐かせ」
「ケチ。いいもん。自分で払うもん」
「当たり前だろーがすかぽんたん」
「あーはいはい。いいから横見て横」
「へーへー」
言われるがままに筐体の横に回る。戦闘開始時より確実に状態は良くなっている。あと数度のチャレンジ内で確実にいけそう。
「……ここ!」
「オーライオーライオーラストップ!」
ピタリと動きを止めたアームがゆーっくり下降して、ターゲットの足先を捉えた。アームが内側へと動いて、元の位置に戻るべく上昇しようとすると、キレのいい足払いを受けたかのように、ターゲットの体が浮いた。
「やたっ! 取れたー!」
「マジか……まだ七回目のトライなのに……」
最初に投入した五百円で六回チャレンジ。追加の百円でツモ。流石過ぎる。ゲームと名の付く物への勝負強さなんなんこいつ。
「うーん取れた取れたー。楽勝ー」
投入口から取り出されたのは、イリュージョンランドのマスコット、エモペンのデカデカぬいぐるみ。
「エモペンちゃー可愛くないけど可愛いねーエモペンちゃんやー」
取れたてほやほやエモペンさんを抱きしめ頬擦りをする美優。あの、エモペンさん? 美優の胸に座ってない? え、胸って座る所? 座れる所なの? とりあえずそこ代わってくださいお願いします。
「これ、俺が口出ししなければもっと早く取れた説あるのでは?」
「それ説あるかもねー」
「俺要らなくね?」
「ハナっから横見てもらう為に呼んだじゃないし。これこれ」
エモペンの頭に頬を埋めたまま美優が指差した先を目で追うと、同種の景品、お一人様一点まで、との注意書きがされていた。
「この辺りのゲーセン、プロやらウーチューバーとかがやたらと乱獲してくらしくてさ、同じ景品はお一人様一つまでってなってんのよねー」
「なーる」
それがデートの中身っすか。どの辺がデートなのだろうか。
「って事で、エモペン取って」
「えー」
「奏太が取らなきゃあたしが取るから」
「それルール的にどうなん?」
「規則は破る為にあるって、パパが好きなドラマに出てた脱サラ刑事が言ってたから問題ない」
「何処の国の王様だよその刑事。つーか、なんで二つ?」
「あたしと夏菜の分に決まってるでしょ」
「あー」
何かしらの徳を持って生まれたんじゃないかってくらい賭け事だったりの勝負運がバカ強い夏菜だけど、運だけじゃどうしようもないこの手のゲームはダメダメ。そんな時に颯爽と現れるのがこの女。要するに、一石二鳥なのだ。ゲームで遊べるし、夏菜の好感度稼げるし。
「わかったらチャレンジチャレンジ。頑張れ、男の子っ」
「背中叩くな……」
「袋もらってくるー」
デカいビニール袋を探し始めた美優のステップは妙に軽やか。楽しそうで何よりだけど、夏菜の好感度とかとっくにカンストしてると思うんだかなあ。まあいいか。せっかく来たんだし、爪痕残して帰りますかね。
五百円玉を投入し対戦権利を六回お買い上げ。出来ればこの六回でなんとかしたいものだが、そうはさせるかと言わんばかり、ピンピロポンポロ喧しいサウンドが集中を乱しにくる。
「すーっ…………ふっ」
大きく吸って、小さく吐いて、自分のリズムに耳を傾ける。雑音は聞くな。目の前の状況にだけ集中するんだ。ぐわんぐわん揺れるアームが戻る位置。X軸Y軸の稼働限界。アンバランスに置かれたエモペン。ついさっき見た七度の挑戦。全ての情報を統合。狙うべきポイントは、左足。ここをクレーンで押し潰すようにすれば……。
「…………マジか」
レバーをガチャガチャし、ぼけーっと俺の仕事っぷりを眺めていると、ガタンって音を立て、排出口にブサイクな生き物が転がってきた。クレーンだのなんだののプライズゲームって、景品の単価分くらいの金使わなければ取れない的な話を聞いた事があったのだが。ちい、百円でやればよかった。
「ふにゅ」
「仕事早いねー奏太くん」
屈んでブツを回収しようとした俺の頬を強襲する、誰かの人差し指。子供か。
「ビギナーズラックきたわ」
「まさかのワンコイン?」
「それ」
「天才?」
「転売ヤーでやってけるくらいには天才かも」
「転売ヤーは死ね」
「いや直球過ぎて笑う」
「なんだよーやる時はやるじゃんかー」
楽しげに笑いながら、大きなビニールを俺に向けて差し出す美優。左手にはエモペン一匹で膨れた袋。二匹入れたらパンパンになっちまうか。
「あ、待って。あたしやる」
「いや俺やるし」
「いいからっ。ほら、奏太はこっちの袋持ってほらほらっ」
「わかったから押すなバカこら」
袋にインしたエモペンを押し付けられ、袋にインしてないエモペンとビニールを掻っ攫う美優。
「んふー」
なんか、めっちゃ機嫌良さそう。袋ごとエモペン抱いてるし。なんなんだ。しっぺ返しありそうで怖いんだけど。まあ、水差す事はしないでおこう。
「あークレジット無駄にしちまったなあ。最初から百円でやればよかった」
「無駄にならないよ?」
「なして?」
「あ、すいませーん。クレジット移動お願いしまーす。よし、次こっち」
「お、わ」
通り掛かった店員さんに別筐体へのクレジット引き継ぎをお願いし、俺の手を掴む美優。後を追っかけてくる店員さん、苦笑してんだけど。何これ恥ずかしい。
「この台で」
「かしこまりました」
ゴーイングマイウェイな美優様が急停止した台の中には、エモペンのガールフレンドのエモペンヌちゃんのデカぬいぐるみが敷き詰められていた。色々察した。
「ペアで揃えようと」
「エモペンはエモペンヌと一緒にいてこそでしょ。それにほら、エモペンとエモペンヌをまとめて抱えてる夏菜想像したら超可愛くない? いや可愛いから。疑問系とかないわ。ほら、やるよ」
「自己完結ぅ……」
「ほら、奏太から」
「そりゃ俺の金だしよ」
「細かい事言ってるとハゲるぞー」
「律儀にそんなツッコミ入れてくるヤツの方が将来心配だわ。触んなこら」
さわさわペシペシと、無遠慮に人様の後頭部で遊ぶ美優の手を払って、筐体と睨めっこ。さっきのエモペン台と同じパターンか。アームの強さ次第だけど、これならなんとかなりそうだ。
「……ここ…………ここ!」
喧しいサウンドを撒き散らしながらアームが落ちる。予想外にも強めに設定されているらしいアームが、ぐぐぐっとエモペンヌの足を押して押して、バランスが崩れて……。
「おいマジか」
エモペンヌさん、ワンパンでした。
「すごーい! わ、普通に声出しちゃった。いやでもマジ凄いよこれ。どうなってんの。ズル? ズルか!?」
俺だって内心かなり盛り上がってるけど、美優の盛り上がりっぷりは内側に隠しておけないほどらしく、軽く飛び跳ねたりなんかしちゃってる。乳が揺れている。素晴らしい。すばらっ。
「ビギナーズラックのバーゲンセールきた」
「いやー今日の奏太は良い奏太だ」
「ゲーセンの戦績の良し悪しで俺の良し悪しまで決まるのか」
「調子の話。奏太がバカだけどいい子ってのは昔から知ってるもん。いい子いい子ー」
「頭を撫でるな頭を」
「よしょ…………っと」
投入口から取り出したエモペンヌを手持ちの袋に無理矢理押し込む美優。も一つ袋もらうのが正解なのでは。ぬいぐるみに変なクセ付くぞそれ。あなた、時たま大雑把になるよね。
「やったぁ……大収穫ぅ……」
エモペン&エモペンヌでパンパンに膨れたビニールを抱いて、美優が目を細める。喜んでいただけたのならば何よりだ。ゲーム廃人だったりするもんでイメージにないかもしれないが、美優は結構な可愛いもの好きだ。ぬいぐるみとか集めるの好きだし。ベッドの上にも置いてるし、なんなら抱いて寝たりしてるし。何それ可愛い。
「っていうかわかった。設定甘いんだこのゲーセン。配信者が集まるはずだ」
「なーるほどー」
「お前もやってみたら? 顔出しで配信やれば人気出そう」
「わざわざ顔出しなんて頭に置いたのはあたしの顔が良いと思ってるから?」
「あーそうそうそうだよその通り。顔だけはいいからな顔だけは」
「あぅ」
顔だけじゃなくてスタイルもいい我が校のミスの頬をつんつんしてやると、間抜けな声が飛び出てきた。なんだそれ。狙ってても狙ってやってなくても可愛いな。
「照れ隠しは上手くならないねー」
「お互い様だろ」
「かもねー。ふふふー」
ビニールを抱きながら笑う姿は、まだランドセルを背負っていた頃に見せていたような、無邪気な笑顔と重なる。今日は終始ご機嫌なご様子。デートなんて触れ込みのいつも通りの放課後、楽しんでいただけているのだろうか。
「エモペンヌ取るんだろ? 残りのクレジットやるからやっつけちゃえよ」
「うん。見とけよ見とけよー」
エモペンヌを取りたいと俺に負けたくないでは後者の方が強いらしく、美優の背後には対抗心がメラメラと燃えている、ように見えた。完全に目の錯覚だが、気の所為とは言えない程度にはマジ顔していらっしゃる。
「袋預かる」
「ダメー。これはあたしのだからダメっ」
「えー」
気を利かせたつもりなのだがサクッと拒絶された。それだけに留まらず、すらっと伸びた二本の足の間に袋を挟んでしまった。ただでさえヤバそうなのにそれやっちゃうとマジで形崩れるぞ。つーかエモペンさんのアングルからだとパンツ丸見えだぞ。さっきから羨ましい案件多過ぎてエモペンさんに殺意湧きそう。や、正直何度か見てますけどね、美優のパンツ。俺は悪くない。人の部屋で好き勝手にゴロゴロしている美優が悪い。
「よーっし…………ほいっ」
「おお、いい感じ…………あらま」
上手い具合に足払い出来たかなと思ったのだが、落下させるまでには至らず。惜しい。
「くそぅ……奏太に負けた……」
「俺との勝ち負けじゃなくて、夏菜の笑顔の為に戦うんだろ、お前は」
「そ、そうだった……待っててね、夏菜!」
いや乗っかるんかーい。何処のお子様向けヒーローだよそのモチベーション。
お股にオスとメスを閉じ込め鼻息を荒げ、美優様が行く。なんか卑猥。
二度目のチャレンジは失敗。三度目は凡ミスによりエモペンヌに触れられもせず。四度目はいいセンを突き、かなりバランスを崩した。あともう一押し。
「なんかさー」
「うん?」
「誰かの為に戦うって、奏太みたいだね」
「は?」
ラストクレジットを前に焦る様子を見せない美優が、世間話くらいのノリでそう言って、筐体に集中し始めた。
なんだそれ。どういう意味だ。誰かの為になんか戦ってないぞ。
楽しいと集中の混ぜ合わせが、綺麗な横顔にありありと浮かんでいたから、もう何も言えなくなってしまった。
「お? おお! キター! 取れたー! 実質無料で取れたー!」
やったやったーと、普段なら絶対見せない無邪気さで喜んでいる。こんな姿見せられちゃうと、尚更触れにくいな、とりあえず保留しとくか。
「俺の金な、俺の金」
「固い事言わないのー。ふふ……夏菜ったら喜ぶだろうなあ……んふふ……」
「汚い。笑い方汚い」
「喧しい小童。ほら、これよろしくっ」
「はいはい」
きゅっと抱いたばかりのエモペンヌを受け取り袋詰め。窮屈な思いをさせてすまないが、エモペンとイチャイチャ出来るのだとプラスに捉えてくれると助かる。
「よし。じゃあそろそろ」
「他ので遊ぼっか」
「はあ?」
「あたしあれ見たい。奏太がキックターゲットやるとこ。ここの屋上にあったよね。行こ行こっ」
「いや、もう要件は」
「済んだけど済んでないよ」
「は、イミフ」
一歩、そして二歩。ローファーを鳴らしながら距離を詰めて、美優が言う。
「奏太と。二人で。遊びたいの」
こうして間近に立たれて、一つ気付いた。多分俺、背が伸びた。だって、以前はもっと、美優の目が近かった。
中身だけグズグスのままデカくなっちゃったのかな、俺。
ねえどうかな? えっちゃん。朝陽さん。
「ダメ?」
浮き沈みとは違うベクトルに引っ張られていた思考を引き戻す一言と、小首を傾げる仕草。可愛いスキル身に付けやがって。
「……これも、お前のデートプランに入ってんのか?」
「そんな感じ」
「……なら、行きますかあ」
「うん」
如何に自分勝手で一方的な誘いだろうと、断らなかったのは俺自身。こうしてここで美優の隣を歩いてしまっている以上、承諾しているのと違いない。であれば、ここで美優に背中を向けるのは違う。それだけの理由で、この後数時間を美優に明け渡す事にした。
「ほんと真面目だねー奏太は。昔っからずっとだ」
「そんなんじゃねえ」
「ううん。わかるよ」
「お前に俺の何がわかるってんだー」
「何そのダッサいセリフ。何処の映画から借りパクして来たの?」
「昔見た朝陽さんの映画」
「あーあったねー」
無実の罪に問われて殺人犯の汚名を着せられた、朝陽さん演じる冴えない公務員が、東奔西走しながら真実を追求していくサスペンス映画。
よくある設定ながらもすげー面白かったその映画が、朝陽さんが初めて日本国産の映画で主演を務めた作品だったと記憶している。朝陽さん本人の口から語られたもので、よく覚えている。
「今のモノマネ、朝陽さんに言うなよ? 理不尽パンチ貰うの目に見えてっから」
「さあどーしよ。っていうかモノマネだったの今の。恐ろしき低クオリティ」
「言うな。色々な意味で」
「はいはいはいはーい」
適当に左手を振り、膨れ上がったビニール袋を右手に下げ、美優が遠去かる。
「ほーんと……バカ真面目」
何やら、独り言をポイ捨てしながら。
ゴミでもなんでもない、貴重な物だと理解していながら、それに向けて手を伸ばす事が、俺には出来なかった。
* * *
深く吸って、浅く吐いて。目を凝らし、目標を見据える。何も聞かず、何にも思考を浸食させず。うん、いい具合。自分のリズムだ。あとは形にするだけ。俺なら出来るさ。
「ふっ!」
さっきより力を入れてインパクト。左足に押し出されたボールは鋭いカーブを描き、ゴール左上隅、1とデジタル表記されたゾーンに吸い込まれる。1が○に変わった。クリア判定、いただきました。
「うっし」
「おー! クリアじゃーん!」
俺以上に昂ぶっているらしい美優が、グリーンのネットの向こうで上半身を縦に揺らして喜んでいる。その喜び方は、夏菜がよくやる喜び方にそっくりだった。だからさ、揺れるんだ、乳が。んあーいいもん見れましたわ。やってよかった……!
「いけちゃったな」
「十一球で九枚とか! 奏太もまだまだ捨てたもんじゃないねー。って、その顔……」
「うん?」
「九球で九枚いけたなー。って?」
「まあ、いけたよなって思う。一球目からもっと丁寧に組み立てときゃよかった」
自分の調子というか、感覚的な所を掴むべく、あの辺でいっかーと軽めに蹴ったらポストを叩いた初球が悔やまれる。もっと大切に使っていれば結果は違っていた事だろう。良くなるか悪くなるかはさておいて。
「全部いけたんだからいいじゃーん」
「そうなんだけどさあ」
「もっかいやる?」
「やらんやらん。いやでも…………とりあえず、美優がやれば?」
「そんなにあたしのパンツが見たいのかー」
「曲解し過ぎ問題」
「あたしはいいから奏太やんなよ。順番待ちいない今がチャンスだぞー」
「……確かに」
「あたしが払ったげるー」
夏菜絡み以外では基本ケチな美優にしては珍しい奢り宣言だ。パーフェクト取れなかったら倍返しーとか後出しジャンケンしてくる展開かなーこれは。
美優が金を入れると、上から下まで合わせて九個表示されていた丸記号が数字に直され、脇からボウリングの球よろしく五号球が射出されてきた。そういやあいくつか空気甘いボールがあったっけ。気を付けなきゃ。
「あ、そうだ。パーフェクト取れたらさ」
ほらきた。
「またデートしてあげる」
「はあ?」
キツめのはあ? が出てしまった。金よこせよこせー言われるのよりはマシかもしれないけど……なんかねえ?
「嬉しくない?」
「微妙」
「えー」
「つーか、もし失敗したらどうすんだ?」
「その時は……リベンジマッチに付き合ってあげるとか」
「それは結局デートと相違ないのでは?」
「そうかもねー」
「……なんなんお前。俺の事好きなの?」
「好きだよ」
いつも通りのノリの、軽い冗談だ。美優だってわかっているはずだ。だって言うのに、グリーンのネットの向こうには、とても冗談じゃ済ませてくれそうにないくらい、真剣な表情をしている女の子の姿しかなくて。
「好きだよ。奏太の事」
ダメ押しと言わんばかりな言葉に晒されて、鼓動が加速する。ボールとゴールに集中しなくてはいけないのに、ネットの向こうの女の子から、目が離せない。
どうせ嘘なんだろとか。はいはいそうですかーとか。あーそうなの俺も俺もーとか。どうしてだろう。受け流す言葉の一つも出て来ないのは。
いや、ダメだ。言わなきゃ。どうにかして、いつもの俺といつもの美優に戻れる言葉を用意しなきゃ。そうでないと……どうなってしまうんだ?
「……ど」
「じゃなきゃ、ずーっと昔から一緒になんていられないじゃーん。でしょ?」
俺が口を開くのを待っていたのか。それとも偶然重なったのかはわからないが、いつも通りに戻れる言葉を、美優が先出ししてくれた。それに甘えよう。今の俺には、それ以外の選択肢がないらしいから。
「……そんな大げさなもんじゃねえだろ」
「あ、照れてる」
「照れるとこねえし。恥ずかしい事言ったからって俺を巻き込もうとするな。恥ずかしさのお裾分けなら他所でやれ」
「可愛げないなー奏太は」
「お前が言うなお前が」
「あれ? 顔が良いって褒めてくれたのはどの口だったかなー?」
「そうそう、そういう所が可愛げないってんだよ。つーかこれやるから。ちょっと集中させてくれ」
「はいなー。あ、やっぱパーフェクトの景品変更で」
集中させてくれって言ったし。肯定してくれたし。だってのに掻き乱しにくる浅葱美優、やっぱタチ悪いわ。
「今度はなんだよ」
「奏太がこのワンチャレンジでパーフェクトを取れたら……あたしの事、たくさん教えてあげる」
「……スリーサイズとか?」
必要なのはいつものノリ。軽いノリ。気楽なノリ。だから、そういうノリに持っていけそうな言葉を用意した。
いつかの花火の夜みたいなノリは、俺たちには不似合いだ。そうだよな、美優?
「それは有料でーす。向こう三十年分の奏太の儲けの全額からで交渉のテーブルに着きまーす」
「交渉成立ですらないのか……」
「ま、とにかくそういう事。まずは頑張ってみよー」
おー。とか自分で言っちゃってる、変なテンションの美優さん。すげー笑ってるし。
ダメだ。わからない。本当の本当に、浅葱美優がわからない。こんなに長く、一緒に生きてきたってのに。
「…………ふぅ……」
足下に転がるボールに足の裏を載せる。そうだ、今はこいつをなんとかしないと。
今以上、これ以上に、浅葱美優の事を知りたいのならば、やらなきゃ。
「ふーっ…………っ!」
深く吸い、浅く吐き、イメージをして、それを形にする。それだけ。それだけをやりきれば、狙った通りの所に表示された数字が、大きな丸に変わる。ほら、こんな風に。
「よし……」
これを繰り返す。出来るよな、山吹奏太? ああ、出来るさ。きっと。
自問自答の声は響かず。周囲に響くのは珍妙なBGMと、俺とローファーとボールが奏でるメロディーと。
「おお、やるぅー」
可愛い幼馴染の声ばかり。
いけない。乱れるな。いける。いくぞ。
二枚目を抜いた。結構ギリギリのラインだった。三枚目を抜いた。ミスキックが狙っていなかった所を抜いただけ。要修正。四枚目。修正が上手くいきイメージ通り。そして五枚目。六枚七枚八枚九枚。俺の成功を讃える音楽が九回。連続で鳴った。
「よし……」
パーフェクトを達成したぞと、不慣れなりにドヤ顔ってヤツを作って、美優を睨んでみた。すると、おかしいんだ。
喜んでくれればいいのに、悲しそうな顔してんだよ、あいつ。
「……やりましたけど?」
「…………マジでやるとは思わなかった」
「マジでやるつもりでやったからな」
「……おめでと。景品は君の物だー」
それ、受け取りどうすんだ。何時、何処で、どのようにするんだ?
「とりあえず出て来なよ。次の人来ちゃったみたいだし」
言われるがまま外に出ると、近所の高校の制服に身を包んだ男女が、あの人すげーとかヤバーイとか、俺を見てや好き勝手言っていやがった。カップルか。なんでもいいけど人を指差すんじゃねー。
「本日何度目かわからない褒め言葉をプレゼント。やるじゃん、奏太」
「きょうはアタリ日だわ。今ならガチャとかで大勝利が」
「それは危険な発想ですやめておきなさい」
「あ、はい」
「……っていうか。ずーっと気になってたんだけどさー」
人工芝を踏み締めて、美優が迫る。
「やっぱり」
「んぁ?」
美優の手が伸びて、俺の額に触れた。いや違うな、訂正する。
「前髪、めっちゃ伸びたね」
前髪。というか、俺の髪に伸びていた。
「ほら、目が隠れちゃった」
美優の手に弄ばれた前髪が、俺の目の前に黒いカーテンを降ろしてしまった。
「流石に放置しすぎちまったか」
ゆらゆら踊るカーテンの隙間から、美優の笑顔がチラついては消え、また姿を見せては消えていく。
「横も後ろも伸びたねー。これはテコ入れが必要案件だね」
「……じゃあ?」
「うん。行こ」
言葉少なでも、この後の行動や目指す場所も伝わってきた。当然だ。俺と美優なんだから。何年もこんな事してきたんだから。
「路線変更。お外デートを、おうちデートに変更だー」
美優との初めてのデートはどうやら、ここからが本番らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます