日曜日の交錯

「え、えーっと……これ!? これなんかいいんじゃない!? 奏太これ似合うし! あーでもこっちの方が大人っぽくていいかな……や、これ! これがいいと思う! うん! これにしよ! 明日はこれ着てくろちゃんとあ」

「会うかアホ」

「うっ! い、いったーい! なんでデコピンすんのー!?」

「するわアホ。明日文化祭だぞ? 登校日だぞ? 制服で行くに決まってんだろ」

「……確かに!」

「確かにじゃないわ」

「じゃあせめてネクタイ! ネクタイをもーちょいイけてるヤツにしよう! そうだ! お父さんならオシャレなネクタイいっぱい持って」

「ネクタイも学校指定のもんに決まっとろーが」

「ふぎゃっ!? さ、さっきより痛いっ! 年々痛くなってるのなんなの!? この天井知らず!」

「褒めてどうすんだアホ……」


 呆れたように溜息吐くのは、歳下の可愛い女の子との文化祭デートを明日に控えているモテ男だ。


「っていうかなんでそんな落ち着いてんの!? 可愛い女の子と二人きりになるんだよ!? 大丈夫なの!?」

「美優と夏菜とねこちゃんとケイトさんで慣れてるしなあ」

「そのメンツは別枠! っていうか当然のようにあたしの名前は入らないんだね!?」

「ぎゃーぎゃー喚くなっての。別にちょろっと文化祭一緒に回るだけだろーが。騒ぐほどの事じゃねえよ」

「で、でも! だってだって!」

「だってなんだよ?」

「その…………奏太は特別に思えなくても……くろちゃんにとっては凄く特別な時間……かもしれないじゃん……」


 直接的な事はもちろん、余計な事を言わないよう頑張った。


「……それもお前が気にする事じゃねえだろ……」


  けど、奏太は気付いちゃったみたい。っていうか、もっと前からわかってたんだと思う。奏太、バカだけどそこまで鈍くないし。


「そ、それはそうかもなんだけど……なんかほっとけなくて……」


 そう。くろちゃん、ほっとけないの。なんでかわかんないけど、ほっとけないんだよ。


「それはお前の事情だろ。知らんがな。つーか、変に気取らずいつも通りの方がぜってーいいって」

「そういうもんかなあ……」

「そもそも気取るって何していいのかもわかんねーし。俺にとって最後の文化祭なんだ。いい思い出作ります。はいこれでこの話はお終い」

「……その前に一個質問」

「あ?」

「どうして断らなかったの? デート」

「……それをお前が聞いてどうすんだ?」

「な、なんとなく気になったの! なんとなく!」

「……ま、断る理由もなかったし、別に嫌でもなかったし。そんだけ」

「嫌じゃなかったの?」

「嫌なら断ってるっつーの」

「なら嬉しかったの?」

「あんな可愛い子に誘われて嬉しくない男いるか?」

「まあ……そうだよね……」

「さっきからなんなんだお前は」

「うーん…………なんだろうね?」

「アホだな」

「アホちゃうわ!」

「もういいからさっさと部屋帰れ。散らかした服片付けてからな」

「うん…………お?」


 おしゃれ番長美優様の一番か二番弟子のあたしが見繕った洋服を片そうと右手を伸ばしところで、あたしのスマホが鳴った。はいはいどちら様……。


「お、おぅふ……」


 この空間にいないのに、この空間の主役になっている女の子からのラインだった。


「どした?」


 あたしが一人ハラハラドキドキしている事なんて知る由もないくろちゃんからのラインはスタンプも何もなく、簡潔な文章が書いてあるだけだった。


『明日、山吹先輩に告白します』


 ハラハラドキドキが、ぐんっと加速した。


* * *


「おはようございます、山吹先輩」

「おはよ、黒井さん。絶好の文化祭日和だねーこりゃ」

「文化祭日和かどうかはわかりませんが、よく晴れましたね」

「うんうん、何より何よりだ。じゃあ行きますかー」

「はいっ」


 対象二人、正門前にて合流。移動を開始。


「よーっし……」


 さてさて! こちらも行きますか!


「行動」

「ほいっ」

「はいひぃ……」


 隠密行動をするには目立ち過ぎるスーパー金髪美少女あたし、早速捕まる。


「はーいデバガメちゃん確保ー」

「み、みゆしゃま……」


 両の手をあたしの脇腹に添え、易々と体の自由を奪ったのは、奏太と並んであたし確保率トップの女王、美優様。夏菜も一緒だ。


「なーにしてっかねー」

「らん、らんれもらいれしゅ……」

「なんでもないって事ないでしょ。ダメだよ千華ちゃん、二人の後をこっそり追い掛けようなんて」

「そ、そんらころしはいよー?」

「ほれっ」

「おぅ……ふ……!」


 美優様の脇腹攻めが止まらねえくすぐったいっていうか辛いしんどい寧ろ痛いもう無理マジ無理ほんと無理。


「千華ー?」

「ろへ、ろへんははい……」

「はい素直でよろしい」

「あぅ」

「ほいっ」

「よいしょっ」


 美優様にポイッと投げ捨てられ、夏菜のお胸にダイブ。あーやっぱここ。ここなんすよ。なんだろね、美優の方が胸大きいってわかってるんだけど、夏菜の胸元の方がパワーがあるって言うかさ、癒しの波動というか包容力みたいなのが強いんだよね。だからここに飛び込むと、自分がめっちゃ強くなったようなそんな気になるんだよね。今なら東京タワーだって軽々投げ飛ばせる気がする。いや無理だわバカじゃん?


「っていうかどーして監視なんてするつもりだったのよーあんたは」

「ら、らっへ……きひなるもん……」

「ダメなものはダメっ。わかった?」

「ふぁい」

「はいっ、千華ちゃんいい子!」


 あ、撫でられた。あ、幸せ。あ、召されそう大変。


「って、っていうかさ……」

「何ー?」

「どうしたの?」

「二人も見たそうにしてるじゃん」


 夏菜の胸元から夏菜の、美優の顔も見たら、なんとなくわかった。


「そりゃあ気になるし」

「あはは……あんまり千華ちゃんの事悪く言えないね……」

「だったら」

「でもそれはそれ。奏太は、奏太が選んだ楽しみ方で高校最後の文化祭を満喫する。それだけの事なんだから」

「うんうん。正直ものすっごーく気になるけど、私たちには他にやらなきゃいけない事があるからここまでだよ」

「やる事?」

「高校生活最後の文化祭を思いっきり楽しむ! だよね、美優ちゃん!?」

「それそれ。あっちに気をつけて取れてて何も残せないんじゃ面白くないし」

「うんうんっ」


 あーそっか。高校三年なんだ、あたしたち。あたしに至っては海外留学するし、みんながみんなか同じ大学って事はないし。


 だから、今日と言う日は貴重なんだ。もう、二度とないんだ。


「まあ……確かに……」

「物分かりが良くてよろしい。って事で早速一年五組行こ。あの子猫のクラス、ちょいとばっか気合い入れた召し物用意してるらしいから」

「あー見たい見たい! オシャレしてる小春ちゃんみたい! タピオカも飲みたい!」

「きっまりー。いいね、千華?」

「……うん…………うんっ!」


 そう、そうだ。そうだよ! あたしはあたしなりの楽しみ方で、今日この日を全身で楽しまないと! そもそもさーウジウジするのはあたしの性に合ってないんだよねー。細けえ事はいいんだよスタイルを貫いてこそのあたし、地球に生まれ落ちた奇跡の存在、東雲千華なんだよねー!


 二人の事は気になる。あのラインの中身を現実にするのなら、尚更気になる。けど、どうせ今直ぐじゃないでしょ。なのにあたし一人でキョロキョロしててもしょうがないよね? いいや! しょうがないの! だってあたしが何かするわけじゃないんだしさー。


「テンション戻るの早っ」

「うっさい! こはるんとこ行くんでしょ!? 早く行こ! あとさあとさ、のんちゃんたちのバンドのライブは絶対観なきゃだね!」

「のんたちは午後からだったね」

「それまでたくさん遊ばないと!」

「あとサッカー部の試合観に行かなきゃだねー。修も出るし」

「それそれ大事超大事! またいつかみたいに謙之介とか引っ張り出されたりして!」

「ありそうありそう! 引退試合は私たち観れてないから今回は絶対観なきゃ!」


 あーそっか。こうして夏菜と美優と一緒に遊べる時間も、そんなに残されてないんだね。だったら尚更楽しまないと! くよくようだうだしてる時間なんてないない!


「だねー。じゃ、行きますかー」

「おーっ!」

「おーっ!」

「いいお返事でーす」


 夏菜と二人、晴れ晴れとした空に向けて拳を突き上げ叫んで、美優の後に続いた。


* * *


「修ちゃんいけー! いけいけーっ!」

「ハットトリックやっちゃえハットトリックー!」

「っていうか夏の大会の時より上手くなってる気がするんだけど」


 美優の言う通り修ってば、前より上手くなった気がするなあ。引退してからも走り込みもボール触るのもやめてないからだろーねー。大学でもサッカー続けるのかなー?


 さっきまで行われていたのが他校を呼んでの招待試合。修たち三年生が抜けた穴は大きかったろうに、県内でも有数の強豪校に一点差で勝っちゃった。いや、凄いな! 修たちのいない川ノ宮高校にも期待出来そうだね!


 んで、今修が出ている試合は、現役サッカー部と今年引退した三年生たちの混合チームと、そのOBたちの試合。前半は混合チームで出てた修だけど、後半開始からOB側に入ってる。正にお祭りって感じのはちゃめちゃっぷりだけど、和気藹々としながらもちゃーんと気持ちの入った熱戦は、観ているこっちまで楽しい気分にさせられる。試合を観に来た人たちも大きな声を出してみんなの応援してる。なんかいいね! こういうの!


「お、色気付いた子猫も見に来てるじゃん」


 美優が目を向けた方をじーっと見ると、制服姿に戻っちゃったこはるんがクラスメイトちゃんたちと一緒にいるのが観えた。なんでわざわざ制服姿に戻っちゃったーなんて言い回しにしたかってーと、さっきまでこはるんさ、まさかのメイド服着てたんだよー! いやー凄い! 兵器だねアレは! 絶対こはるん目当てで来てる人いっぱいいたもん! バッチリ写真撮ったし、後でお母さんたちに見せてあげよーっと!


「元ちゃんと謙ちゃんもいるね!」

「ほんとだー」

「あいつら一緒にいたんだねー。お? おや? おやおや……」

「何そのババ臭そうじゃないれすらからわきはらかりゃれをはらしてみゆしゃま」

「ほらあそこ。あんたが気にしてた二人がいるよ」

「う、うぇ……?」


 美優が指差す先、朝見送った二人が。奏太とくろちゃんがいた。凄く遠い所にいるから当然何話してるかはわかんないけど。


「楽しそうじゃん」

「ね! 奏ちゃんも黒井さんも!」


 美優と夏菜の言う通り。映画館か! ってツッコミたくなるようなサイズのポップコーンを二人で突いて、笑って、お喋りしながら試合を観る二人は、本当に楽しそう。特にくろちゃんったら、めっちゃいい笑顔してる。奏太もなかなかどうしてご機嫌らしいね。きっとサッカーのルールとか今のシーンはどうたらこうたらーとかうんちく語ってるんだろうね。奏太、その手の話になると長いから。


「だねー」

「だねーとか言ってる割には嬉しそうじゃないじゃん」

「そーお?」

「二人の事、気になってたんじゃないの?」

「そうなんだけど……寧ろ気になってたのはくろちゃんの方だから……」

「それってどういう意味?」


 なんだ、この圧の強さ。美優ってば、なんでこんな前のめりで来るん?


「…………どういう意味だろうね?」

「聞いてんのこっちなんだけど」

「わかんないんだよー! わかんないのっ! でもなんか気になるし心配なの!」

「何それ」

「だからわかんないんだってばー!」

「あーっそ。っていうか」

「あ! ねーねー二人共! 見て見て!」


 美優の言葉を遮った夏菜は、ぴょんぴょんと軽く飛び跳ねながら、あっちこっちを指差していた。それらの先には元気と謙之介、そして奏太がいた。


「あーこの展開は例のアレかー」

「だよねだよね! 絶対そうだよね!」


 大興奮の夏菜を横目に状況を確認。どうやら元気たちそれぞれの所に元サッカー部三年生たちが駆け寄って、ほとんど無理矢理に更衣室へと連行してしまったらしい。これが引退試合で謙之介が受けた仕打ちと同じパターンなんだとしたら。


「あー! 元ちゃんが川ノ宮高校のユニフォーム着てるー! 似合うー!」

「奏太も謙之介も似合ってんじゃん」


 ってな展開になるわけで。


 いや、いいの? 確かに奏太たちがサッカーやってた事はサッカー部の面々の中では有名な話だし、なんなら熱心に勧誘してたらしいけど。でも観に来てる人たちは全然何にも知らないんだよ? いやいいのか! だって文化祭だし!? やりたい事やったもん勝ちって昔の偉い人も言ってたもんね! よく知らないけど!


 ノリノリな元気と謙之介とは対照的に、奏太だけはいやいや感が隠せてない。そんな奏太を宥めるみたいに修が肩を叩くと、お返しとばかりに修にデコピンを一発。うわ、痛そ。


 完全に身内ノリのはちゃめちゃなわちゃわちゃを経て、試合再開。意味不明な展開なんだろうに、観戦側はえらく盛り上がってるし。お祭りパワーすげー!


「……うっ……」

「どしたの夏菜!?」

「うう…………ぐすっ……」

「え、ええー?」


 大きな声で手を振ったり飛び跳ねたりしていた夏菜が、急にうずくまっちゃった。


「だ、だって…………みんなが……ま、また一緒に……」


 顔を覆った両手の隙間から、ぽたっと地面に落ちた水気のアレ。それらは止め処なく溢れて来ては、地面に溶けていった。


「う……嬉しいなあ…………うぅ……」


 一番後ろに一番背の低い元気がいて。少し前に、ガタイのいい謙之介がいて。更に前に奏太がいて。先頭に修がいて。


「ま、気持ちはわかるけど」

「懐かしいね、ほんと」


 あたしたちがまだ小学生だった頃、毎日のように見て、応援して、一緒に戦った、あの頃とおんなじだ。


 めちゃくちゃな選手交代を終え、現在川ノ宮高校の三年生のみのメンバーに変わったOBチームのスローインで試合再開。早速奏太にボールが入る。途端、会場が沸いた。


「おお!? 何今のターン!?」

「めっちゃ速かったしコントロールも正確だったねー。カバーに来たもう一人もあっさり躱してるし」

「そ、そうちゃ…………すご……あぅ……」


 足元でボールを受けるなり、なんかよくわかんない動きをして一人、それを見て寄せて来たもう一人もするりと躱しちゃった。ちょーっとサッカー齧った程度のヤツじゃないと観客たちにわからせるには、今のプレーは充分過ぎたみたい。


 けど。周囲のザワザワなんてまるで聞こえてないんだろうね、奏太には。あたしたちにはわかる。


 あの顔だ。試合中や練習中に見せる、無表情に近いあの顔。アレは、奏太が目の前の状況にバッチリ集中している証だ。


「ブランクなんてなんのその、だね」

「ね」

「カ、カッコい……そうちゃあぅ……」


 二人を置き去りにして持ち上がって、詰めて来たディフェンダーを引き寄せ、ディフェンスラインの裏に出来たスペースに優しいパス。そこに飛び込むのは、奏太の得意な形を知り尽くした点取り屋、修。素早い動きで抜け出して、キーパーの手の届かない所へシュートを撃つと、いともあっさりゴールネットが揺れた。


「おー! いきなり決まったー!」

「あいつらお得意の形だね」

「し、しゅーちゃ……ないしゅ……えぅ……」


 いきなり出来上がる歓喜の輪。点を取ったばかりの修をチームメイトたちが捕まえ、頭をバシバシと叩き始めた。奏太と元気と謙之介も合流してバシバシバシバシ。他の三年連中も遠慮なくバシバシバシバシバシバシ。なんか、修がイジメられてるみたいになってんだけど。


「なーにやってんのあいつら」

「修の頭が悪くなったらどうすんだっての……まったく……」

「しゅ、しゅご……かっこ…………ぐすっ……ううぅ……!」


 泣き止む気配のない夏菜を置き去りに試合は再開。と、今度は元気に見せ場が。


 キックオフの流れから連携の取れてないOBチームのディフェンスを崩した現役チームが決定的チャンスを作った。けど、残念そこは松葉元気だ。鋭いシュートに横っ飛び一閃。ゴールの外へと弾き出した。、


「おっしゃああああああ!」


 絶対的ピンチを防いで吠える元気。今度はそんな元気の元に三年連中が集まり頭をバシバシ叩き始めた。


「いやーよく飛ぶねー元気は」

「身体能力は当然向上してるし、今の方があの頃よりヤバいキーパーになってんじゃないもしかして」

「げ、げんてゃ…………しゅご……!」


 今度は、まさかまさかの謙之介に見せ場。


 俺? マジ? みたいなノリでコーナーキックのキッカーを任された奏太が狙ったのが、攻め上がって来ていた謙之介の頭。ドンピシャで合わせた強烈なヘディングが、現役チームのゴールに突き刺さった。そしてまたも出来上がるバシバシの輪っか。アレ、割と本気で叩いてるヤツいない? 謙之介めっちゃ痛そうにしてんだけど。しかもちょっと泣いてない?


「謙之介のヘディングはやっぱ強烈だねー」

「コーナキックで何度も点取ってたっけ」

「げ、げんちゃ……つぉ……!」


 蹲っている夏菜を観客の中に見つけたのか、物凄い剣幕でこっちにダッシュしようとしている謙之介を奏太たちが捕まえて試合再開。本当にお前ら引退組かよと言われそうなくらいの圧倒的攻勢をOBチームが見せる中、試合終了間際、最後に歓喜の輪の真ん中に立ったのは、奏太だった。


 現役チームのシュートを元気が防ぎ、素早いリスタートをして謙之介に繋ぐ。謙之介が持ち上がって、最前線の修に鋭いパス。ディフェンスを背負いながらしっかりボールキープをすると、走り込んできた奏太にパス。ボールを受けた奏太は少しもスピードを落とさずに一人二人をあっさりと、カバーに入ってきた三人目も躱してシュート。相手キーパーは一歩も動けないまま、ゴールネットが揺れるのを見送った。学校一番のイケメン、修が点取った時よりも大きな歓声が湧き上がった。


「うおー! やるじゃん奏太ー!」

「この手のパターン見慣れちゃって感覚麻痺してるけど、控え目に言ってスーパーゴールだよね今の」

「そーちゃしゅご……も、もーむりぃ……!」


 得意の左足で鮮やかなシュートを決めた本人を待ち受ける、バシバシの洗礼。逃げようとする奏太と逃すまいとする三年生たちのわちゃわちゃっぷりがなんかおもろい。


 ふと気になって、二人の後輩の姿を探してみた。


 一人は、両手で大きく拍手をしながら、飛び跳ねていた。


 一人は、両手で小さく拍手をしながら、静かに歓喜の輪を見つめていた。


 この一瞬で感じるものは人それぞれ。あの二人が違うように、あたしだって全然違うんだから。それが何かって? うーんと……なんだろね?


 結局逃げ切れずに一頻り頭を殴られた奏太が輪の中から出て来ると。


「お?」


 絶対偶然なんだろうけど、あたしと目が合った。だけどその途端、なんかぶすーっとした顔になっちゃった。昔だったら笑ってピースとかしてくれたのに。可愛くないんだからほんっとに!


 けど。でも。


「カッコいいじゃん」


 誰に向けた独り言なのかは、あたし自身、よくわかっていない。


 結局そのまま試合終了。修と元気と謙之介はさっぱりしてからあたしたちの所へ来てくれた。


 でもただ一人。奏太だけは、ここじゃないどっかに行ってしまった。


* * *


「はあ……」


 溜息が出ちゃう。止まらない。どうしよう本当に。


「凄かったなあ……」


 あの三人。ついでにオマケ。数年経った今でもあの四人は、息がぴったりだった。ブランクなんて感じさせないプレーの連発で、観ているだけでドキドキが止まらなかった。あの人たちが更衣室に引きずられて行った時は何事かと思いましたけどね。お祭りならではの超展開、ですかね。何にしても、楽しい一時をありがとうございました、ですよ。


 けど、いつまでも浸ってはいられない。明日もあるとはいえ、今日のうちに片付けなければいけない物がたくさんある。せかせか働かないとっ。


 大して重くもないゴミ箱を持ち、ゴミ処理場へとえっちらほっちら。さっさと終わらせて教室戻って……次は機材の片付けでしたね。男子たち、ちゃんと段取り通りにやってくれてるといいんですけど……。


「あ」


 空がオレンジ色に染まりつつある、その中を歩く、一人の男子生徒と一人の女子生徒の姿が、窓の外に見えた。


 一人は、さっきまで無理矢理着せられたユニフォームをしっかり着こなして無双していた、カッコいい先輩。もう一人は、今日一日うちのクラスに顔を出していない、可愛いクラスメイト。どうやら二人で下校するみたいですね。


「……どこ行くのかな…………やめやめっ!」


 色々考え始めたらキリがない! だから後回し! 今は片付けをするんです、片付けをっ! だからそういうのは……。


「…………あ、あれ?」


 三年生さんたちの教室前の廊下を歩いていると、気になる物……というか、気になる者が目に留まりました。


 その人は、結果が掲示されているだけなものでとてもとても静かな三年六組の教室内に一人でいました。上下共に水色ベースのアロハスタイル。目元には黒のサングラスっていう、いろいろぶっちぎったスタイルの人でした。間違いなく本校の生徒ではありません。けど、今日は日曜日ですので、校外の方々がいるのは当たり前の事ですし、そう驚くことでもないのかな。ちょっと浮いた格好してるだけですし、うんうん。


「おややー?」


 その変人さんの独り言に釣られ、三年六組の中を再度見てしまいました。そして、私は気が付いてしまったのです。


「…………な! なんで!? どうしてあなたがここに!?」


 事の重大さに。この状況のヤバさに。


「やっぱりそうだ。確か君はふじのやでバイトしてる……子猫ちゃんだっけ?」

「小春です! 赤嶺小春っ! ちゃんと覚えてください! って、そんなのどうでもよくて!」

「ちょい待ち。親からもらった大事な名前だぞー? どうでもいいなんて事ないでしょ。違う?」

「た、確かに…………軽率な発言でした……ごめんなさい……」

「うんうん。わかればよろしい。じゃあ俺はそろそろ」

「ちょーっと待って待って待ってくださいほんとにマジで!」

「うおっと。意外にパワーあるねー。いきなり腕掴まないでくれよー。あ、そのゴミ捨てに行くの? 手伝おっか?」

「結構です大丈夫ですダメですほんとダメですストップですお願いですから!」

「注文多いなー」

「とにかくっ!」


 この自己認識が甘いのか奔放なのかよくわからない人を抑え込んで、騒ぎが大きくならないようにしないと。こんな人がここにいるってバレたら大変だ……! と、とりあえず確認しなきゃ!


「一体ここで何やってるんてすか!? 東雲先輩のお父さん!」


 きゃんきゃん噛み付いても、ダンディなお兄さんはふふふと笑うだけなのでした。

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