k-156

 翌朝。



 俺は昨晩書き、翻訳した手紙をユリナさん、マルゴ、サラサの順番に見せる。


 ユリナさんは嬉しそうに、マルゴは難しい顔でヒゲをジェリジョリして、サラサは悲しそうに目を伏せていた。


 俺たちは大事な話なので、テーブルを囲んで座り、ジェスチャーと筆談を交えて話し合った。


 バイエルン様の右腕を、ポーションで治療したこと。ゴロツキに襲われ、ユリナさんが攫われそうになったこと。


 おそらくゴロツキはバイエルン様の息子、ハインリッヒの差し金であること。全てを包み隠さず話した。


 バイエルン様の腕を治療した俺ならバイエルン様に言えば助けてもらえるんじゃないか? という話にもなった。


 でもユリナさんはお店、マルゴとサラサは商売をやっているため顔が広い。それらの情報を総合すると、ハインリッヒはバイエルン様と権力争いをしているらしく、バイエルン様がハインリッヒを抑えられるとも言い難いそうだ。


 そしてバイエルン様が再び欲に目がくらまないとも言い切れない。



 こういった諸々を考えて出した結論は、俺と同じものだった。



 権力者である貴族が本気になったら、おそらく抵抗する間もなく、捕らえられてしまうだろう。


 つまり、俺とユリナさんはこの家から出て、馬車で逃避行の旅に出るのがベストだということになった。



 サラサは「そんなの駄目!」と悲鳴を上げていたが、マルゴに諭されていた。



 マルゴは俺に、周辺地域の地図を渡してくれた。今まで俺には全く不要のものだったが、これからは逃亡生活に入るのだ。


 俺はマルゴに感謝した。地図のタイトルを読むと『ランカスタ王国地図』と書いてある。



「ケイゴ。俺はジュノやエルザと一緒に必ず、ハインリッヒの野郎を打倒する。そうしたら、必ず迎えをそちらによこす。それまで、ユリナさんとのハネムーンを楽しんできてくれ。俺たちに任せろ」



 マルゴはいつもの陽気な笑顔を浮かべて、紙にそう書いて俺に寄越した。



 鶏は、サラサの知り合いの農家に預けることにした。


 この小屋は、モンスター討伐に出かけることの多いジュノに預ければ良い。喜んで使ってくれるだろう。


 家を出るなら急いだ方が良いということで、俺とユリナさんは荷物を荷馬車にまとめることにした。



 マルゴとサラサは、せめて別れだけでもと、ジュノとエルザを呼びにレスタの町へ戻っていった。



 ◇◇◇



 荷造りを終えた俺は、畑からとある一輪の花を摘む。雪をかぶっていたので、俺は優しく手でほろう。


 俺は背中にその花を隠し、ユリナさんの前で片膝を地面につけ、彼女に下からスッとその花を差し出す。



 ――それは、ユリファの花だった。



 そして俺は、サラサからだったろうか。


 どこかで聞きかじった、この世界でのプロポーズの『決まり文句』を、彼女の目を見つめながら紡ぎだした。



 ――あなたを生涯愛します。私の大地となってください



 上手く言えては……、きっといなかったと思う。


 それでも彼女の目にはみるみる涙があふれ、返事を返してくれた。



 ――私もあなたを生涯愛します。私の太陽となって、大地を照らしてください



 そうして俺たちは、永遠を誓うキスをした。逃避行前の二人だけの結婚式だ。


 神父役はアッシュ。ずいぶんと可愛い神父さんだ。アッシュは俺たちを見上げながら可愛い遠吠えをする。


 すると、遠くでブルーウルフたちが次々と祝福の遠吠えをあげた。



 ――俺は、その遠吠えを聞いて、不思議と勇気が湧いてくる感覚を覚えた。



 ◇◇◇



 俺とユリナさんはアッシュを抱っこして、荷造りの済んだ馬車に乗り込む。



 積荷は金貨3000枚以上、薪、布団、衣類、歯ブラシなどの生活雑貨、椅子二つ、木のテーブル、干し肉、果物、酒、水などの食料。


 ウオーターボードのついたドラム缶。砥石や素材などの鍛冶道具も積んだ。


 とりあえずレスタを迂回して、北のタイラントに向かおうと思う。そこで、幌馬車を手に入れよう。



 そうすれば、幌馬車の中に布団を敷いて快適に野宿ができるはずだ。


 そんなことを考えていると、ジュノ、エルザを馬車に乗せ、マルゴとサラサが戻ってきた。レスタの町にはもう戻ることはできないだろう。


 マルゴは貴族を打倒すると言っていたが、正直それを果たせる可能性は、低いと思う。きっと、もう会うことは適わない。



 ――そう思うと、俺の目頭はジーンと熱くなった。



 俺は、荷造りの合間をみてしたためた別れの手紙をマルゴ、ジュノ、サラサ、エルザの順番に手渡し、抱き合って別れを惜しんだ。



 別れに涙は不要とわかっていても、涙が止まらない。



 マルゴとジュノは仏頂面をしながらも、上を向いて涙をこらえている。サラサ、エルザ、ユリナさんは抱きあって泣いていた。



 このままでは、家を出ることはできない。



 俺は赤く目を腫らしたユリナさんの手を引いて、再び荷馬車に乗り込む。



 サラサがアッシュを抱きしめて別れを惜しんでいたが、マルゴがそっとアッシュをサラサから引き離し、俺に渡してくれた。サラサが泣き崩れた。



 これ以上、ここにいては駄目だ。どんどん辛くなるだけだ。



 俺は四人に「じゃあ、ちょっと行って来るわ」と、まるでその辺を軽く散歩にでも行くみたいに別れを告げた。



 (重苦しい別れなんてごめんだ。それに、俺はここにまた絶対戻って来る予定だからな)



 ロシナンテ(馬)がヒヒーンと鳴き、カッポカッポとゆっくりと歩みを進める。


 ユリナさんが泣きながら荷台から身を乗り出し、四人に大きく手を振っている。


 俺はあえて涙をこらえて前を向いた。


 今あいつらの顔を見たら、涙をこらえる自信がないからな。



 それに泣いている場合じゃない。


 俺は何としてもユリナさんを守り抜かなきゃならない。


 今にも、ハインリッヒの私兵どもが、大挙して俺とユリナさんを取り囲むかもしれないのだから。



「しっかりしろ、俺」



 それでも俺は、涙で景色が歪むのを止められなかった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 みなさんこんにちは! ここまでお読み頂きありがとうございます🐔


 横暴貴族のハインリッヒから逃げるため、ケイゴがマルゴたちに別れを告げる。この後どうなる!? 


(作者のモチベになりますので本作が気に入ったら、☆、♡、お気に入り登録、応援コメントよろしくお願いします🐉 書籍、コミック、ニコニコ漫画での連載も宜しくです🐕)

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