第二章 返事

「今日はお祖母ちゃん家に行くよ」


 翌朝。運転する順子に、圭司はそう伝えた。


「……そう」


 バックミラー越し感じた母の視線を、圭司は代わり映えのしない窓外を見ることで避けた。


 結局、昨日はしょうちゃんから連絡が来なかった。お化けの正体を突きとめるための、最後の道しるべ。きっとしょうちゃんも行き止まりにぶち当たったのだろう。


 ぼくはころされた――。


 お化けがわざわざメッセージを残すなんて、きっと身近な人に違いない、と、しょうちゃんは助言してくれたけれど、思い当たるふしがない。


 少し調、今住んでいるサニーハイムは、半田一家が初めての入居人だと、管理会社の服部は教えてくれた。


 圭司は、果てしなく青い空を走る雲を目で追いながら、「なら、お前は誰で、誰に殺されたんだ!?」と何度も何度も心の中で繰り返していた。


 あれっきり、新しい言葉は書かれていない。彼がどれほど叫んでも、お化けは知らんぷりだった。


「泊まるの?」


 学校に着き、車のドアを閉めようとした圭司に、順子は言った。


「分かんない」

「帰るなら早めに連絡してね」


 ご飯作らなきゃだから、と順子はハンドルを握り直した。


「うん。行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 車の音が小さくなっていく。順子は今日も変わらず「気をつけてね」と言ったけれど、圭司の頭には父である智則の言葉が残っていた。


――いつまで部活なんかやらせているんだ。


 きっと順子も覚えているだろう。田んぼの畦道の中で、小さくなる母の車をいつもよりも長く見送ってから、圭司はグラウンドへ向かった。



「休み?」

「ああ、夏風邪らしい」


 顧問の西山から、練習前にしょうちゃんが部活を休むことを聞かされた。


「お前も気を付けろよ。受験生なんだから」


 西山はそれだけ言うと、いつものように集合の笛を吹いて、練習前のミーティングを始めた。

 来週に控えた大会のこと。初戦はこの春に練習試合をして勝った学校だったこと。でも、油断はするな、ということ。


 圭司は気が気じゃなかった。チームメイトたちが真剣に西山の言葉を聞いている中で、自分だけが宙に浮いている気がした。なのに、情景はハッキリ見える。こんがりと焼かれ、少しハゲかかった西山の顔。真夏の太陽に照らされ、真っ白に光るゴールポストの錆びを、ひとつ、ふたつ、と数えられてしまうくらい。


 色々な、たくさんの思惑が頭を駆け回る。

試合が近いではなく、受験生だからと言ったのは、教師である西山にとって必然のことだろうけど、昨晩のこともあって、圭司には妙にひっかかった。


 しょうちゃんが休んだ。


 今まで一度も休んだことのない彼が、お化けを探すと言ったとたん、今時珍しい夏風邪なんかで。


 呪いだ――。お化けはきっと、正体を暴こうとしたしょうちゃんを呪ったのだ。


 暑さだけじゃない汗がどっと吹き出る。首もとに鳥肌が立つ。


 もしかしたら次は俺や家族たちかも知れない――。


 今日の空には、鳶はいなかった。




 

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