第114話 なぜ生徒がここにいるのか

 海優


 クリスマスの翌日。

 私は結崎先生に呼ばれてモール内のファミレスにまで来ていた。


 観葉植物や仕切りガラスで店の中はすべては見えない。店内にはそれなりに人が居た。

 私が入ってきたのを見つけた水沢先生は大きく手を振り、私はまっすぐにその席へと座った。

 2人でランチメニューを注文すると結崎先生がニコニコしながら尋ねてきた。


「で? デートはどうだったの?」

「~~~っ~~で、デートってわけでは……」


 私は持っていたミルクティーを零しそうになりながらも否定した。


「でも、何かあったんでしょ? お姉さんに話して見なさい♪」


 ……

 ………

 …………


「……………………………」


 最初は私の話をニコニコ顔で聞いていた結崎先生。

 けれど、お父さんが出てきた当たりからだんだんと笑顔が固まり、最終的には呆れたような顔になった。


「………………アンタは中学生か……」

「え? え?」


 私はなぜ結崎先生がそんなこと言うのかわからなくて尋ねた。


「お父さんが迎えに来たから帰るって……もうちょっとお父さんに反抗なさいよ」

「で、でもお父さんに悪いですし」

「高城先生の扱いの方がもっと悪いわよ!! 今どきないわよ「お父さんが迎えに来たので帰ります」なんて言い訳を使う成人女性っ!! そんな言い訳でデートを中断された相手の方が不憫っ!!」


 結崎先生は大きな溜息をついて私から視線を逸らす。


「むしろ、つまらなくて途中で帰られたって思われても不思議じゃないわよ……」

「そ、そんなことはないですよ!!」

「逆の立場だったらどう? 「妹が泣いてるんで帰ります」って妹さん優先されたら……」

「…………」

「ああ見えて、高城先生は結構シスコンだから十分あり得るわよ」


 きっと前の飲み会や普段の話の中に何気なく歩波さんの話題が入ることから結崎先生は高城先生のことをシスコンだと思うようになったみたいだった。私も同意見だけと。


「次は誘ってもらえたかもしれないのに……次のデートの約束もせず解散なんて」

「そ、その時はもう一度私から……」

「今回のことで断られる可能性も考慮なさい。これから大晦日に正月、バレンタイン色々なイベントがあるっていうのに。そのチャンスを潰したのよ」

「……………」


 1つの出来事はその後のことにも繋がってくる。

 そんなことはとっくにわかっていたはずなのに……ちがう、分かったと思っていただけだった。


「どうすればいいんでしょうか?」

「……まずは親離れなさい」

「親離れ?」

「そうね、一人暮らしでも初めて見るといいんじゃないかしら」

「両親が認めてくれるか……」

「それよ! それ! まずご両親の許可を求めるところがダメなの!」


 つい出てきてしまった言葉。それを結崎先生は真っ先に注意した。

 結崎先生は私を迷子の子供を見るような目で見てから息を吐いた。


「……けど、これは私の考え。どうするかは海優が決めなさい」

「……アドバイスありがとうございます」

「アドバイスなんて私が言える立場ではないけれどね。来月にはめでたく30だし……どうしてくれるのよ。あのバカは……」

「ああ、そういえば、結崎先生の誕生日って来月でしたね」

「嫌だわぁ。私もそのうち静蘭学園30代の13人サーティ・パーティの一人になるかと思うと気が滅入るわ」


 静蘭学園には独身の30代の教師が男女合わせて13人いる。(全員性格に難あり、小杉先生、剛田先生も含まれている)

 30代の13人サーティ・パーティというあだ名は生徒がどこかの漫画を真似てふざけて呼んだのが広まったもので、いつの間にか教員の中でも使われるようになっていた。

 来年もこのままなら結崎先生もその一員ということになってしまう。結崎先生は本当に嫌なんだろうな。


 私はそのまま結崎先生の話を聞くことになった。


 主に内容は座間先生の愚痴が大半だったけれど、所々にのろけみたいなことも言っていたので結崎先生の結婚はもうじきなんじゃないかと思った。


 ◆

 カレン


「「「「…………………」」」」


 私たちの後ろで水沢先生たちの話を聞いてしまいました。まさか、私たちの席の後ろに座るなんて思ってもいませんでしたし、高城先生の名前が出てきたので出ようにも出られなかったのもあります。


「……へぇー、クリスマスはミズちゃんと一緒にいたんだ……どうしてあげようかな~」

「それは間違いないみたいだよ。さっき夕葵からこんなメッセが送られてきたから」


 涼香さんは自分のスマホを私たちに見えるように置くとその画面に2人で映っているセンセと水沢先生がいました。

 他には何も書きこまずこの写真だけを送ってきたところだけを見れば、夕葵さんも怒っている様子が伝わってきます。


「怖……」


 私の隣で前の二人を見た歩波さんが震えています。

 …………ちなみに私も結構怒ってますよ。

 センセは昨日は何も話してくれませんでしたから。ふーん、デートしてたんですね。


「……水沢先生も兄さんのこと好きなんだ」

「同じ先生だし大人だから何の遠慮もしなくていいしね」


 私たちは水沢先生との差を感じるのでした。

 早く大人になりたいという気持ちもありますが、今が終わってしまうのは寂しいとも思ってしまいます。


『それでねぇ。末次さんってデート中とか平気でスマホゲームに夢中になるのよ』

『あはは。座間先生、ゲームお好きですものね』

『限度があるでしょ限度がっ! それで家に帰ったら今度はテレビゲームよっ!』


 結崎先生から座間先生の名前が出たときには私たちは少なからず驚きました。


「え? 座間先生と結崎先生って付き合ってたの?」

「よく一緒にいたから不思議ではないけど」

「結婚まで考えてるんですね……」


 結崎先生の愚痴という名ののろけ話に私たちは興味本位で耳を傾けるのでした。




 話しを終えた(主に結崎先生)水沢先生たちがファミレスから出ていくのを待ってから私たちはファミレスから出ていきました。


「この後どうする?」


 これからの予定を観月が尋ねます。

 時間は午後2時。

 まだこれで解散というには早すぎる時間帯です。


「カレンは迎えが来るまでウチにいるよね?」

「はい。ご迷惑でなければ」

「全然オーケー!」

「あ、私たちも一緒にいいかな?」

「アタシも!」

「なら、ウチに集まろうか」


 このまま歩波さんの家で遊ぶことになりました。

 モールを出ようとした時に涼香さんのスマホに着信が入りました。


「あ、夕葵が次の電車で帰ってくるみたい」

「夕葵さんは一緒に来るか聞いてみて」

「あ、来るって」

「返信早っ!」


 ……

 ………

 …………


 15分ほど駅で待っていると静蘭の制服を着た弓道部の人たちが改札口の向こう側にいるのを見つけました。顧問の柳先生が簡単に解散の言葉を伝えると、夕葵さんは私たちと合流しました。


「おかえり。それと優勝おめでとう」


 夕葵さんの今回の活躍はすでにネットにも挙がっていて、待っている間に夕葵さんの優勝を知ることができました。


「ああ、ありがとう」

「疲れてない? ご飯も食べてないなら何か買ってくるけど」

「いや、昼食は帰りの道中で済ませた」

「なら、このままウチに向かおうか」


 ◆


 昼もとっくに過ぎた午後、俺は景士さんのベッドで微睡んでいた。景士さんのベッドはあまり使われていないのかシーツも真新しい。もしかしたら俺の方が多く使っているかもしれない。

 あれから二度寝、三度寝などを繰り返し十分睡眠もとれた。

 ふああ、と大きな欠伸をしてから寝惚けまなこをこすった。


「あー……何して過ごすかな」


 これ以上寝てしまえば今日の就寝に支障をきたす。洗濯や掃除も特にすることはない。この1日を好きに使えるのだから、もったいない気がする。

 だからといってこれからどこかへ出かけようという気にもなれなかった。寝すぎて重い身体を起こすと髪の毛がふわふわ浮いているのに気が付く。


 鏡を見るとひどい寝ぐせができていた。だいぶ髪も伸びてきたな。

 夜にはカレンのご両親が尋ねてくるというのにこれではまずい。


 とりあえず、眠気覚ましもかねてシャワーでも浴びよう。

 黒澤家の風呂場は俺の部屋の物と比べればだいぶ広い。年収の違いが如実に表れているな。

 湯船につかりたいのはやまやまだが、さすがに俺一人だけが入るのに湯を張るのはもったいない。シャワーだけ浴びることにする。


 温度を調整してシャワーを浴びると髪が濡れ、手探りでシャンプーを探し当てると適量出し泡だて、髪を洗う。シャンプーを洗い流し、身体も軽く洗うと俺は風呂場を出た。


 ――あ、着替え忘れた。


 バスタオルは脱衣所に備えてあるものを使えばいいが、着替えをリビングに置いてきてしまった。

 誰もいないとといってもさすがに全裸で他人の家を歩き回るのは気が引けたので腰にタオルを巻いてリビングに向かうために扉を開ける。


「………………………」

「げっ!」

「「「「……………………」」」」


 リビングに続く廊下に出た瞬間に歩波と鉢合わせた。

 歩波は嫌なものを見たような声を挙げる。気持ちはわかる、俺もタオルを身体に巻いて出てきただけの歩波を見たときに同じ声を挙げたことがある。


 だが、そこにいるのは歩波だけじゃない。

 一緒にいたカレンはわかるのだが、なぜ観月や涼香、夕葵も一緒にいるのだろうか。


 皆一同に俺の姿を見て顔を赤くしている。

 普通さ、ベタに行くならこういうのって立場が逆だと思うんだよね。


 やがて、女子たちは正気を取り戻すと大きく空気を吸い込み――


 4人の凄まじい悲鳴がマンションに響き渡った。


 ……

 ………

 …………


 景士さんの部屋で着替え終えた俺は再びリビングに戻る。

 歩波以外の全員が俺をまともに見ない。まあ、当然か。


「スマン。はしたないところを見せた」


 俺はリビングにいる全員に謝罪した。

 リビングに広げられている炬燵にそれぞれ座り、冷えた体を温めている。空いている場所はないので俺は食卓の椅子に座った。


「い、いえ。むしろ私たちの方がすいません」


 涼香も謝罪すると歩波以外の子たちも同じように頭を下げる。


「ってかさ、こんな時間にお風呂入ってるなんて思うわけないじゃん」

「寝ぐせが凄くてな。さすがにそんな姿を見せるわけにはいかないだろ」


 あんなオフ全開の姿を見せるわけにはいかない。

 それに夕方にはカレンのご両親が来るのだ。カレンのお父さんからの印象は最悪そうなのでせめて身だしなみは整えたかった。この子らにはもっとひどい状態を見せてしまった。ほんと、ヘタしたら訴えられる。


「買い物してたら、みんなと会ってさ。ウチで遊ぼうってなったの」

「そっか」

「あと、みんなが兄さんに聞きたいことがあるんだって」


 俺に笑いかける歩波。

 この時の歩波の笑みは俺は何度も見たことのある。絶対碌なことを考えていない。俺をおもちゃにして楽しむ気だ。


「……聞きたいことってなんだ?」


 俺は警戒心をにじませながら4人に尋ねる。


 涼香は俺と視線が合うと、先ほどのことを思い出したのか恥かしそうに視線をそらず。目をそらしたいのは俺の方だよ。

 そして、涼香に変わりカレンが俺に尋ねる。


「……センセは私と駅で会う前に何をされていたんですか?」

「……………」


 oh……これは……あれかな。

 もしかして水沢先生と一緒に出掛けていたことを知られてる?

 いや、鎌をかけられている可能性もあり得る。どっちだ。


 だがあの時、弓道部の子たちに水沢先生と一緒にいたところを写真を撮られたことを思い出す。

 そして、ここには弓道部の夕葵……もう知られていると思った方がいいだろう。隠していたらいったいどんなことを言われるかわからない。


「……水沢先生と一緒にイルミネーションを見に行った」


 俺は正直に答えた。


「へ―……認めるんだ」

「別にやましいことは何もなかったぞ」

「別に言い訳なんて聞いてませーん」

「じゃあ、何を言えばいいんだよ。「水沢先生とデートできて嬉しかったです」とかか?」


 観月の言い方にイラっとした俺は売り言葉に買い言葉のように答えた。


「嬉しかったんですか?」


 カレンが俺の発言に食いついてくる。


「………まあ、それなりに楽しかったな」


 同じ教員同士で年も近いから気兼ねなく話をすることができる。

 もちろん、水沢先生の方が年上なので敬語は使うが、それほど苦でもない。教師の中では話しやすい先生だ。


 誰もが認める美人なため男性教員方からの人気も高い。

 小杉先生をはじめ多くの先生方が水沢先生に好意を抱いているだろう。

 先生方には悪いが、水沢先生と一緒に出掛けられたというのは少し得をした気分でもある。


「どう思う?」

「鼻の下伸ばして、いやらしい」

「「あわよくば」なんて考えていたんじゃないかな」

「不潔……」


 ――聞こえてんだよ! 


 鼻の下が伸びてるなんてことはない……と思う。

 だが、俺はなぜか何も言うことはできず、あの子たちの陰口にチクリチクリと心を痛めることになった。それに、水沢先生には途中で帰られてしまっているから向こうはそんな気はさらさらないだろう。イルミネーションが見れれば相手は誰でもよかったんじゃないだろうか。たまたま、予定が空いていて年齢の近い俺を誘ったんだろ。


 客人もいるということでコーヒーでも出そうかと俺はキッチンに立つと人数分のカップを用意する。


「っと……コーヒー飲めない奴いるか?」


 確認のために尋ねてみると、特にコーヒーが苦手な子はいないようだった。


 コーヒーの粉末を入れてから湯を入れてさっと作り、机の上に置いておいた。

 俺は基本的にブラックで飲むのだが、歩波はコーヒーフレッシュと砂糖を入れて飲む。ほかの子たちはどう飲むかわからないのでコーヒーフレッシュと砂糖を袋のまま持って行く。


 みんなが飲むのを確認すると俺もコーヒーを飲んだ。


「夕葵さんってブラックで飲めるんだ。私はブラックなんて無理」


 歩波は夕葵が飲んでいるコーヒーを見て、味を想像したのか苦そうな顔をする。


「苦いことは苦いが風味が好きなんだ。苦いのも嫌いではない」

「おー、大人」

「紅茶ならストレートで飲めます」

「私は紅茶にも砂糖入れちゃうかな」


 コーヒー一つでも飲み方や味覚の違いが分かれるものだ。


「そういや、兄さんっていつごろからブラック飲むようになったの? 高校の時ってジュースとか牛乳の方が多かったよね」


 歩波が昔の俺の好みを思い出したのか聞いてくる。


「きっと受験ときだな。眠気覚ましのコーヒー飲んでたら、いつの間にかそのまま飲むようになった」


 大学に入ってからはブラックしか飲んだことがない。高校の時は眠気覚ましに嫌々ながら飲んでいたのだ。


「無理して大人ぶっちゃって~」


 からかうような口調の観月。イラっとする。


「ま、おこちゃまのお前にはわからんだろうけどな」

「どの部位のこと言ってんの!?」

「味覚に決まってんだろ」


 観月が胸元を押えながら俺を睨み付けるが、俺は呆れて答えた。


「……コーヒー飲めるだけで大人ぶってる教師に言われたくなーい」

「別に大人ぶってねえよ。俺が大人に見えるんなら、お前が子供なだけだ」


 大人と子供の境界線なんて曖昧だ。

 経済面、社会面、法律面と大人と子供を分けることができるが、そんなことを引き合いに出す時点では正直大人げない。

 少なくとも「大人を意識しなくなった」というのは精神面で大人になりつつあるということではないのだろうか。


「聞きたいことはもういいか? 俺と水沢先生と一緒にいたからってからかってやるなよ。俺はともかく水沢先生には迷惑だからな」


 以前、生徒に夕飯を一緒にしたことを噂されただけでその日は口をきいてもらえなかった。次の日には何度も頭を下げられお互いに気まずい思いをした。あんな経験はもう嫌だった。


「じゃ、俺は景士さんの部屋にいるからご自由に」

「え? 一緒に遊ばないの?」


 歩波が俺も一緒に遊ぶものだと思っているような口調で尋ねる。

 女の話に男の俺が付いていけるわけがないだろう。

 ましてや、日々情報がアップデートされていく女子高生だ。たまに、生徒たちの言っている言葉の意味が分からなかったりする。


「俺がいても邪魔だろ」


 というのは建前で、先ほどのような話をされる前にこの場から離脱したかった。


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