第112話 クリスマスの終わり
カレンに電話を替わっている間は景士さんの部屋で本を読んでいた。
20分ほど経過すると扉に遠慮がちのノックされた。
「どうぞー」
「失礼します」
俺の部屋ではないのに入室を促すとカレンがまるで職員室に入るかのように会釈をしながら入ってきた。そんなに気を張らなくてもいいのに。
「センセ……そのすいませんでした」
「ちゃんと話ができたか?」
「はい……なんというか……」
カレンは恥ずかしそうに視線を落とす。
「…………………私の勘違いだったようで……」
「ん?」
「どうやら私の親戚が日本に来るということだったらしくて……」
え? ということは何か?
カレンが引っ越すという話ではなくて、向こうの子がこちらへ引っ越してくるということだったのか?
「に、日本語って難しいですね!?」
声を大きくして誤魔化そうとするカレンだがそんな手に乗るかっ!
「どんな聞き間違いをしたらそんな風に間違えられるんだ」
「す、すいません!」
結局はカレンの聞き間違いってことかよ。
俺はカレンの頭をつかむと、ぐしゃぐしゃとかきまぜる。
なぜかは知らないが腹が立ってしまった。それと同時にほっとしている。髪イジリを満足するまで行うと俺はカレンの頭を離す。
「ムゥ……髪が乱れてしまいました……」
「ったく、取り越し苦労かよ。なら、明日には家に帰れるんだな」
「ハイ。お父さんたちも明日には帰ってくるみたいで「今日はよろしくお願いします」といっています」
どのみち、俺はカレンをこの家に一泊させないといけないんだよな。
というより、ご両親はよく許したな。いくら教師といえど男の家だぞ。むしろ最近では教師の犯罪の方が目に余るくらいなのに。
「あ、そういえば電話繋がってます。お母さんから変わってほしいと」
そういうのはもっと早く言おうよ。下手なことを言う前でよかった。
「……すいません。お電話変わりました。お嬢さんの担任をさせていただいております高城です」
『高城先生ですか? 初めまして、カレンの母です』
「はじめまして」
『電話ですけれど、ようやくお話することができました。娘からたくさんお話を伺っております。先ほどのやりとりもとても仲がよろしそうで」
上品そうな声が耳元に届く。随分と優しそうな人だ。
電話向こうで何かが爆発する音が聞こえる、クリスマスだからクラッカーでも鳴らしたのだろうか。
だが、カレンは一体、俺のことをどんな風に話しているんだ。
それに、俺とのことについてどこまで話してるんだろうか。これはうかつなことは言えない。
『今回のこともそうですが、いろいろな意味で、お世話になっております。本当、いろいろな意味で』
二回言った!
しかも何かを言及してこないあたり俺がうかつに余計な事を話さないかと探っているのではないかと疑ってしまう。
「本来なら自宅や警察に送り届けるのが正しい判断だと思っていたのですが、どうしても目を離すことができなくて」
『いえいえ。ですが、本当にそちらで預かっていただいてもよろしいのですか?』
「ええ、私の方は大丈夫ですよ。しかし、教師といえど男の家です、心配だと思いますが決して何事もない事を誓いますので」
とりあえず、お母さんの前で改めて誓っておこう。
『先生の事は信頼しています。それに、本来なら私たちが迎えに行くべきところを手を差し伸べてくれたのですから、何も言うことはできません。今回のことはお互い目をつぶることが一番いいと思いませんか?』
こちらとしても大変ありがたい申し出だ。俺は二つ返事で了承する。
『明日の夜には迎えに行くことができますので、それまでは何卒宜しくお願い致します』
「はい、責任をもってお預かりいたします」
『夫の方には私から言いくるめておきますので。先ほどまで猟銃取り出して帰ると騒いでいましたが静かにさせましたので』
「…………」
俺は先ほどの爆発音を思い出す。
もしかしてあれって、クラッカーじゃなくて発砲音だったのではないか。
寒くのないのに足が震える。
『あ、大丈夫ですよ。さっきのは空砲だったようです』
それは下手なことをすれば空砲から実弾へと変わるっていう脅しですか? つーか、やっぱ撃ったんだ。
『先生なら安心だと何度もお伝えしているんですけど』
「あはは、信頼頂いて……」
『だって』
俺はこの後きいた言葉を一生忘れないだろう。
『……だって先生は男性の方にしか興味がないんですよね?』
――………………………………………え? お母様はいったい何とおっしゃいましたか?
俺は「信頼頂いてありがとうございます」って言おうとした言葉にかぶせて何かとんでもない言葉を発したような気がしたんですけど。
『私も世界中渡り歩いていますから、そのような風習にも理解はあるつもりですので……むしろそちらの方が……グフッ』
先ほどまで上品だったお母様とは思えないほど下卑た笑い声が聞こえた。血のつながりはなくてもカレンの母親であることは間違いないようだ。
『シルビアの本は私も愛読させていただいて、いつも影ながら応援させておりますの』
「いやっ! 何を言ってるんですか!?」
『大丈夫です。職業柄、口は堅い方です。個人情報は守秘義務ですので、また明日』
「あ! 待っ……」
何かを言おうとするがそれよりも俺の話を聞いてほしい!
だが俺の弁明を聞くまでもなく電話を切られる。
「~~~っ~~あ~~~~~」
自分の声を絞り出すようにゆっくり息を吐く。
とりあえず、後日シルビアには文句の一つでも言ってやろう。
「センセ?」
「ん、ああ……とりあえずさ。カレンに聞きたいことがあるんだけど」
先ほどの電話向こうの会話はカレンには聞こえていなかったとは思うが、先ほどのカレンのお母さんの話で少し引っ掛かるところがあった。
「カレンのお母さんって何してる人?」
なんか守秘義務とか聞こえたから気になった。
「えっと……弁護士です」
カレンが少し言いにくそうにしたのは今この状況のまずさを理解しているからなのだろうか。俺もちょっと背中に嫌な汗をかいた。
……
………
…………
「なら、カレンは歩波の部屋を使ってくれ。俺は景士さんの部屋にいるから何かあったら俺のところへ」
お母さんとの電話を終えて、カレンの宿泊の許可はもらったがあまり一緒にいるわけにもいかない。
「え? もう寝てしまうのですか?」
「いや、俺は景士さんの部屋で映画でも見てる」
さすが映画監督という職業についているからか大量のDVDが景士さんの部屋には置いてある。朝まで時間を潰すにはこれが一番いいだろう。
「寝ないんですか?」
「…………過去に寝込みを襲ったお前が言うのか?」
「……」
俺が理由を尋ねるとカレンは頬を赤らめて視線を逸らす。
「そんな理由もあって俺は今日は映画でも見てるよ。カレンは寝なさい」
「わ、私も映画を見たいです」
「ダメ、子供は寝る時間です」
「まだ11時じゃないですか!」
さすがにこんな理由では素直に従ってくれないか。
「それに……ちゃんと監視しておいてくれないと……変なことしちゃうかもしれません」
カレンの恥ずかしそうな脅迫に俺は結局折れることになった。
◆
カレン
センセは女心というものが全く分かっていません。
こんな風に好きな人にやさしくされてしまったら抱き着きたくなってしまいますよ。
センセは私の言葉を聞くとため息をつきながら景士さんの部屋に通してくれました。
景士さんの部屋には大きな画面とサウンドがあってシアタールームのようになっていました。本棚には大量のDVDと映画の資料などがびっしりと入っていました。
「凄いです」
「カレンの家にもこれくらいはあるんじゃないのか?」
「あ……ウチのはそのシルビアさんが」
「あー……アニメばっかそうだな」
驚異的な理解力でウチのシアタールームがどのようなことになっているか把握しました。シルビアさんとお母さんと私の趣味で浸食されつつあるあの家に本当に親戚たちを招いてもいいのかと少し不安を覚えました。
センセは私に見たい映画を選ばせてくれました。
「言っておくが、アニメはないぞ。あ、歩波の出てるアニメの物ならある」
さすがに私でも空気を読みます。
……
………
…………
『んぅ……っふぅ』
『あ……ん……ちゅ……』
部屋に水っぽく艶めかしい音が響きます。
私が選んだのは海外のラブロマンス映画でした。最初はなかなかくっつかない二人にやきもきしていたのに、後半では隙あらば人前でもイチャイチャしています。今も大胆にしてます。
――ふあ……あんなすごいの……。
私の隣で画面を見ているセンセはどんな顔をしているでしょうか。どう思っているでしょうか。
私はセンセの顔を横目で見ます。
「………」
センセの表情からは何も読み取れません。じっと画面を見ていました。
しかし、あえて表情に出さないようにしているようにも見えます。
「……どうした? つまらなかったか?」
「ちょっと恥ずかしくなっただけです」
「確かにラブシーンやたらと多いな」
先生は苦笑して画面に視線を戻しました。
「その……すいませんでした」
「何がだ?」
「……そのオリエンテーション合宿での……」
「ああ、あの事なら……もう気にしてないから」
センセは私が何を言いたいのかを察してその先を言わせませんでした。
けれども、気にしてないというのはちょっと失礼ではないでしょうか。
ちょっとむっとしましたがセンセを襲ってしまったのは事実です。
もし私が同じ立場で相手がセンセではないと思うと……考えたくもありません。やっぱり、センセには申し訳ない事をしたのでしょう。
◆
――今その話題を出すなよ……。
やたらとねちっこいラブシーンをみて、隣にいるカレンを意識していた時に狙ったかのようにカレンが問いかけてきた。もしかしたら同じことを考えていたのかもしれない。
今ならカレンと二人っきりだ。
病院でのキスのことを聞けるかもしれない。
――だが、もしカレンではなかったら?
修羅場の火種になる可能性もある。
俺はいつものあの子たちの中にいるのではないかと疑っている。
妹である歩波を除けば全員が俺に好意を寄せてくれている。
俺の勘違いでこの子たちの関係を俺が壊してしまってもいいのか。
知らないままでいてもいい。むしろその方がいいのかもしれない。
なぜ俺はキスをした子のことがこんなにも気になっているのだろうか。
そんなことを考えている間に映画は終わり、日付も代わりクリスマスは終わっていた。
……
………
…………
時間は日付も変わった午前2時。
クリスマスも終わり、いつもと変わらない普通の日常が戻ってきた。俺は欠伸を噛み殺しながらエンディングロールが流れるモニターの電源を落とした。
大きなサウンドから流れる音が聞こえなくなると一気に部屋の中は静かになる。
「………んぅ……」
日付が変わった頃にうとうととしだしたカレンは映画を観ているうちに眠ってしまった。
二本目の映画は正直面白くなかった。だらだらと長い語りが続いていたのでそれがカレンの眠気を誘ったのだろう。
俺の左腕を枕代わりにスヤスヤと寝息を立てるカレンをベッドへ運ぶべく、そっと立ち上がる。さすがにここで寝かせるわけにはいかない。
細く小さな身体を両手で抱き上げ、歩波の部屋にまで連れていく。
それにしても随分と軽い。
球技大会の時に運んだことがあったがその時は必死だったから何も思うことはなかったが、改めて抱き上げるとやっぱり軽い。
歩波の部屋の扉を開けるとカレンをベッドの上に寝かせてやる。
風邪をひかないように掛け布団を被せ、カレンが寝ているのを確認する。
ふと俺はカレンの唇に視線が移る。
あの時のことしっとりとした唇の感触思い出してしまったがすぐにその思い出を消し去る。
部屋の電気を消して部屋を出た。
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