第106話 調理実習

「今日は家庭科の授業で調理実習がありますが……必ず、必ず家庭科の先生である須磨先生の指示を聞くようにっ!」


 俺は声を大にして懸命に訴えた。

 普段は学校で料理をしないので楽しみにしているの生徒たちの感情が伝わってくる。


「包丁をもってよそ見しないこと、生ものには絶対に火を通すこと、食材は必ず切ること。牛乳の消費期限を確認すること、着色料は使わないこと、砂糖と●の素を間違えないこと、ちょっとできるようになったからといって調子に乗って自分だけの味を追求しないこと、身体にいいからといってプロテインやサプリを混ぜないこと、ダークマター精製しないこと……」


 俺としてはまだまだ列挙しなければならない例がいくつもある。こんなのはまだ序の口なのだが――、


「せんせー、途中から変なのが混じってます」

「っていうか、そんなミスするわけないじゃん!」


 どっと教室から笑い声が挙がる。

 けれど、俺はいたって真剣だ。

 これらはすべて、過去に料理で経験したことのある出来事だからだ。その元凶が今このクラスにいる。

 よく調理実習で作ったものを差し入れで教諭たちに渡すことがある。俺も過去にいくつかもらったことがあるが、今回ばかりは遠慮したい。


 とりあえず、次の授業もあるのでこの話はここまでだ。


 SHRを終えて、俺は教室を出ようとすると観月に声をかけられる。


「歩ちゃん……」


 観月の目は潤み、涙が出そうになっている。


「観月、お前ならできる。料理部でも一目置かれる料理の腕を見せてやれ」

「無理だよ……アタシには……料理は後戻りができなんだよ……生ごみにキャビアかけても生ごみなんだから……」


 "樽一杯のワインに一滴の泥水を入れればそれは樽一杯の泥水になるが、樽一杯の泥水にワインを一滴入れてもそれは樽一杯の泥水である"


 どこかで聞いた言葉が脳裏をよおぎった。観月が言いたいことだろう。


「生ごみって……産業廃棄物の間違いだろ」


 俺と観月はその元凶に視線を送る。


「学校で料理するなんて新鮮だよねー」


 その視線に先にあるのは歩波だった。

 新鮮ってお前、家で料理なんてほとんどさせてもらってないだろう。

 今まで歩波が料理をしてきて成果として――


 下痢、寝込む、嘔吐、火事(未遂)。


 ほかにも、1週間ほど食べ物の味が分からなくなることがあった。

 食べている間に食べ物の味を感じる味蕾が消滅したのではないだろうか。

 要はそれくらいの刺激物だということだ。


 歩波のは料理というより、呪術的な儀式というに近い。嘔吐の回数が多いのは多分、身体からの拒絶反応なんだろう。


 歩波の料理の酷さを知っているのは俺の家族以外では観月だ。夏休みの時に俺が出張とかで観月の家に泊まった時に歩波の料理を知ったのだろう。


「とりあえず、まかせた」

「ちょ、アタシに全部の責任を押し付けないでよ!」

「だったら、グループの子にも手伝ってもらえ。俺は授業の準備があるから」

「歩ちゃん!?」


 俺はダッシュで職員室まで駆け抜けていった。


 ◆

 観月


 1.2時限目の授業はあっという間に終わった。

 アタシたちはエプロンを着用してアタシたちが部活で使っている調理室にいた。

 シンクには前のクラスが使った形跡があるけど、ごみとかはしっかりと片付けてあった。アルコール除菌もしっかりとしてあるみたいだから、少なくとも食中毒の心配はなくなったかな。


 クラスの料理部の子が各班に1人ずつ振り分けられていた。


 ――あの野郎……アタシに全部押し付けやがってっ!!


「観月、美味しいの作ろうね!」


 キラキラの笑顔を向けてくる歩波が憎い。悪気の無い悪意って質が悪い。


「ね、私たちも先生におすそ分けの分を作ろうよ」

「そうだな」

「がんばります!」


 まだ歩波の料理の腕を知らないカレン達はいいなー。

 アタシはこれからが怖いよ……。


「よいしょ……と」


 歩波がゴトゴトと何やら液体やら粉末やらが入った容器を机の上に置く。

 今日作るのはごく簡単なクッキーだ。

 材料はすべて学校で準備してあるから、アタシたちは何も持ってくる必要はない。


 ――だから、これは何?


 アタシその中身を確かめようと一番近くに置いてあるソースに手を伸ばした。


「……ねえ、歩波ナニコレ?」


 そこに書いてある文字はアタシには読めなかった。

 どこか外国の言語だ。少なくともアタシの知らない国。


「うーん。分かんない。とりあえず色が綺麗だったから持ってきたの」

「色?」


 アタシは気になっていくつかあるソースの内の1つを手に取ると、少しだけ手の甲に落としてみた。


 ラメ入りのようなキラキラとした青色はとてもきれいだった。

 けれど、青色に対して「綺麗」とは思っても「美味しそう」と感じることはない。


 自然由来の食材の中に「青」は存在しないからだと聞いたことがある。

 外面は青くても中まで青い食べ物はなかなかない。青い色というのはほとんどの動物にとっては毒になるから。青色というのは一番色の中で食欲がなくなる色らしい。食器とかランチョンマットを青くして食欲を減退させるダイエット方法も存在するくらいだ。


 なんだが、手の甲がピリピリとしてきたので、おそるおそる舌を伸ばしてそのソースを舐めてみる。


 ――ピリッ


「甘……~~~~っ~~!!!!!!」


 ドロッとした非常に強い甘みを感じたかと思えば、舌に電気が走ったかのような刺激が感じられた。

 その刺激がだんだんと強くなっていく前に急いでアタシは口の中をゆすいだ。

 今まで食べたことのない味にアタシの舌はどうにかなりそうだった。


「ほ、歩波っ! ソース!! 禁止!」

「えー、見栄えが良くなると思うんだけどな」

「歩ちゃんに言われたでしょ! 着色料は使わないこと、ちょっとできるようになったからといって調子に乗って自分だけの味を追求しないことって!!」


 アタシが歩ちゃんの名前を出すと歩波は渋々諦めたようだった。

 始まる前からこれって……アタシは額を押えた。


 ――ってゆうか、歩波って味見しないのかな?


「はぁい! それでは今から調理実習をはじめまあす!」


 家庭科教師 須磨美香子先生(38歳 既婚者)。

 年中セーラー服を模したような服を着ているアラフォー女性。ちょっと痛いこんな人でも料理部の顧問なんだよね。


「今日はお手軽なクッキーを作ってみようかと思いまあす」


 黒板に書かれている材料や工程を確認すると、いつも料理部で作っているものよりいくつか簡単なものだった。余程のことがなければ失敗もない。余程のことがなければっ!!


 各班に分かれて料理部の部員を中心に料理が始まった。


「じゃあ、歩波は手をしっかりと洗って。1時間くらい」

「ねえ、なんで私だけなの? 私の手ってそんなに汚いと思われてるの?」


 なるべく食材に触らせないようにしたいの。


「冗談冗談。まずは容器の水分をしっかりとふき取ってね。お菓子って繊細だから水滴だけでも味が変わっちゃうから」

「は~い」


 調理器具の水分をふき取るとボウルを準備する。

 まずは薄力粉をダマにならないようにふるいにかける。そうしないと粉が一つ一つのきめ細やかなにならない。さらっとした粉になることで材料を混ぜる時にきちんと全体的に混ざるようになるんだけど。


「全部入れればたくさん作れない?」

「やめいっ!!」


 歩波が薄力粉の入った袋を垂直に傾けようとするのをアタシは何とか止めた。


「観月。バターですけど、ちょっと温めただけでいいのですか?」

「うん、バターって溶けやすいから目で判断してたらあっという間に溶けちゃうから」


 カレンと涼香には先にバターの過熱を頼んでおいた。意外にこういうのの見極めって難しいんだよね。


 バターをボウルに移してクリーム状になるまでホイッパーで混ぜてからそこに砂糖を入れ白っぽくふんわりするまですり混ぜる。


「卵を入れて……」


 グシャ――


「あ、失敗しちゃった。ま、いっか」

「せめてボウルに入った殻は取って!」


 サルモネラ!!

 卵の殻は意外と最近が付着しているから食中毒の原因になりかねないから!


 卵を加えてからさらに混ぜ合わせてる。

 粉っぽさが無くなったら1つにまとめてラップをし、冷蔵庫で寝かせる。


 ――よし、ここまで余計なものは何も入ってない……はず。


 今までの過程を見てみると何というか歩波の料理は雑だ。

 前は作った結果だけしか見ていなかったから、色々な雑さと不運が積み重なると前の料理みたいになるんだろうな。


 あの時食べた料理がなんだったのかはわからない。

 歩波はパスタだといっていたけれど、アタシはゲル状になったものをパスタとは言わない。


「歩波は料理とかしないの?」

「うーん、次の日が休みならさせてくれるんだけど」


 多分、次の日の体調不良のことを考えてそう言ってるんだろうな。体調を崩すとわかっていても付き合ってる歩ちゃんたちはすごいよ。


「もともと周りには作ってくれる人が多かったし」

「ああ、そういえば歩ちゃんって意外に料理できるもんね。女子力意外に高いというか」


 おかげてやってあげたくても出る幕ないんだよね。男の一人暮らしならもうちょっと雑でもいいのに。


「女子力っていうか、オカンだよ。家事とかはぜーんぶお祖母ちゃん仕込み、家空けることもあったからやれることは全部教えておいたみたい。だから料理は和食中心になることが多いんだよね」


 そんな風に何気なく聞いているけど、歩ちゃんの情報は心の中にはしっかりとメモをしておいた。

 それにしても歩波たちのお祖母さん。どうせなら歩波にもしっかりと教えておいてあげてください! きっと小さかったこともあるんだろうけれど、いくらなんでもこれは酷いです。


「私も家では和食が多い」

「なに? 和食食べれば乳でかくなんの?」

「そうはいっていない! むしろ、和食はヘルシーでカロリーも控えめだ」

「けどさ、高校の時なんて馬鹿みたいに食べたんだよ。それこそ、お肉一枚でお椀が空になることもあってさ。あんだけ喰ってなんで太らないんだろうって子供ながら腹が立ったね」

「あー、前にお弁当を作っていったときも唐揚げたくさん食べてくれたよね」

「お菓子は先生は喜んでくれるでしょうか」

「こーいう甘いもの大好きだから。じゃんじゃんあげてもいいよ」

「けど、私たちは気をつけないとね……」


 涼香はジッと自分のお腹あたりに視線を落とす。心当たりがあるのか歩波も同じようにお腹に手を当てる。


「い、今は食欲の秋だから……」

「そ、そうだよね!」


 涼香は歩波の人を堕落させる言葉に乗っかる。


「そういう人って年中食べてるよね」

「涼香さんなら読書の秋だと思ってました」


 アタシとカレンは涼香と歩波を見てそんなことを言った。現実を知ろうよ。


「……ちなみに、みんなはどんなダイエットしてる?」


 歩波は窺うようにみんなに尋ねた。

 家庭科室には男子がいるからちょっと声も控えめだ。


「アタシはカロリー計算して料理してるかなー」

「観月、ウェスト細いもんね。羨ましい」

「凹凸がないというか、寂しいというか」

「涼香、喧嘩売ってるなら買うから」

「夕葵さんは? そのスタイルを維持できる――いや、なる方法があるなら是非に!」


 それは私も聞きたい。特にバストとか……。


「私は、弓道の運動や自主練で、食事は特に意識をしたことは」

「あー、やっぱ運動か。楽して痩せられる方法ってないものか」

「そんなのあったらみんな知りたいわよ」


 歩波の怠け者のような発言に涼香がつっこむ。


「カレンは?」

「私は……特に何もしてません」

「「「え?」」」」

「私、食べてもあまり太らない体質みたいで、ここ数か月体重が変わってないです」

『そんなわけないでしょ!!!』


 カレンの言葉に他の女子たちからも大きな声で否定した。みんなアタシたちの話を盗み聞きしてたね。


「ありえない、ありえない、ありえない!」

「秋はみんな太るの! そうじゃなきゃおかしいのっ!」

「生物学的に哺乳類は冬に備えて蓄えなきゃいけないからっ! 太ることはむしろ健康的なんだよっ!」

「カレン。たくさん食べないとダメだよ……ということで普段カレンが何を食べてるか尋問……取り調べを行います」

「ついでに家でどんなダイエ……健康のための運動をしているのかもね」


 女子たちに詰め寄られて怯えるカレン、今回のは自業自得。

 多分、カレンの言ってることは本当なんだろうけど。運動してるカレンってあんまりイメージできないし。


 ……

 ………

 …………


 冷蔵庫に寝かせた生地を麺棒で均等に伸ばしていく。

 その後は好きな形に型取りをしていく。その前に台の上に薄力粉を伸ばして作業をすると生地が引っ付きにくくやりやすい。


「私、こういうの好きかな」

「アタシも」


 みんな好きな型抜きの型を選んで生地に押し当てていく。クッキーを作る過程の中で一番楽しいのはここだろう。家でクッキーを作る時も陽太はここだけはやりたがる。

 ジャムを入れてジャムクッキーを作ったり、好みでドライフルーツを入れていく。


 あとは焼くだけで変なものが混ざる心配はない。みんなもほっと胸をなでおろす。この調理実習の間に涼香たちも歩波の料理の腕を理解できたみたいだった。


 オーブンを余熱しておいて、その間に天板に生地を並べる。

 あとは焼けるのを待つだけだ。


 15分くらい経つと甘くいい匂いが教室に漂い始める。

 ここからは様子を見ながら焼かないと焼きすぎたらバターの風味が飛んでしまうので、クッキーの状態を見極める。


 焼けたのを確認すると熱々の天板を調理台の上に置いた。


「美味しそうです!」

「食べよ食べよ!」


 出来立てのクッキーをみんなで分け合って食べる。

 形とかがそれぞれ個性が出ていて面白い。

 けれど、生地の時は綺麗な型が取れているのに焼き上げるとちょっと形が変わってしまう。人の形を作ったのに顔の部分が崩れてしまうのは昔よくやった。


「ジャム入れると綺麗ね」

「でしょ、華やかな色合いになるし、ジャムの酸味が結構合うから」

「1つ交換しない?」

「いいよ」


 涼香はアタシのお皿から1つクッキーを取って小さく口を開けて食べる。


「うん、美味しい。さすが観月ね」

「大げさ」


 生地は同じ材料を使っているからそこまで味は変わらないと思うんだけど。美味しいといわれて悪い気はしない。


「私も食べたいです」

「私も!」

「1ついいだろうか?」


 涼香に便乗してアタシたちはクッキーをシェアし合う。


 それが間違いだった。


 ◆

 昼休み。


「おぉ~すげえ数だなぁ」


 座間先生は俺が両手に抱えている物を見て感心したように言う。

 俺が両手に持っているものは俺のクラスの子たちが作ってくれたクッキーだった。


 持ってきたクッキーの入った袋を俺はデスクの上に置く。

 デスクの上には1、2時限目に1組と同じように調理実習をしていた生徒からもらったクッキーがすでに置かれていた。


 文字通り、山のように積み重なったクッキー。

 数を合わせれば50個と1クラスの人数を超えていた。


「うらやましいねぇ~」


 ザクザクとクッキーを食べながら座間先生は苦笑する。

 職員室には同じように生徒からクッキーをもらったのか美味しそうに食べている先生たちが見受けられた。


「……チッ」

「……フンっ!」


 だが、もらえなかった先生もいるみたいだ。

 忌々しそうに小杉先生と剛田先生が俺を見ている。日頃の行いじゃないでしょうか。小杉先生はつい先日にストレス性の急性胃腸炎の入院から復帰していた。


「早く食べないと痛むぞぉ」


 手作りのクッキーは牛乳やバターの油分が劣化することや、水分を多く含むので菌が繁殖しやすいので早く食べなければならないのだが、俺にはこのクッキーに手を付けられない理由があった。


 ――どれが歩波の作ったものだ……。


 それを見極めければ怖くて手を付けることなんてできない。

 誰がどのクッキーを作ったかは袋を開けてみなければわからない。

 おそらくすべてのクッキーに中身が見えないラッピングにしてあるのは観月からの復讐だろう。渡し際に「全部食べてよね」と青い顔をして言われた。


 誤魔化しになればいいと思い、コーヒーを淹れてからまず近くにあるクッキーに手を伸ばす。


 中から出てきたのはちゃんとしたクッキーだった。

 渡されたものの数は多いが中に入っているのは数枚なので今日中には食べきることができそうだ。ハズレを引かなければ……。

 鳩の型をしているクッキーをおそるおそる口に含む。


「……よし」


 サクッとした触感にバターの風味が口に広がる。飲み込み胃の調子を確認する――よし、大丈夫だ。


 数枚ずつに分けてあるクッキーの袋を開けて食べ手を繰り返しているが今のところにハズレを引いた様子はない。


 もしかしたら、歩波の料理がうまくなったという考えが脳裏をよぎったが観月の顔を思い出して非現実的な甘い考えはすぐに消した。遅効性の毒のように後から効いてくるパターンの方が確率が高い。


 クッキーでパサついた喉をコーヒーで喉を潤していると――、


「あ、高城先生。先ほど江上先生が探しておられましたよ。ちょっと手伝ってほしいそうです」

「わかりました」


 江上先生に呼ばれているとなれば、食事の手を止めて俺は江上先生がいるという場所まで向かった。


「……」

「……」


 ◆

 観月


「で、歩波。いったい何を入れたの?」

「……特別なものは何も」

「私は甘かった」

「辛かったです」

「渋かった」

「アタシは苦かった」


 人によって味の変わる珍妙なクッキーを作った歩波をじっと見ていた。

 アタシたちはお弁当を食べながら歩波を尋問していた。

 甘めに作った卵焼きを食べるけど、味がぼやけてはっきりしない。歩波が作ったクッキーを食べてからだ。


「………仕上げにちょっとだけ、生地に……おまじないを」

「だから何を入れたの!」


 可愛らしく御呪いなんていうけれど、“呪い”っていう字が入ってるから。まさしく呪いだよ。


「見栄えが良くなると思って……これを……」


 歩波が出したのは青いソースと似たような言語で書かれている調味料だった。今回のは粉末タイプか。ぱっと見て砂糖だから余計に性質が悪い。


「でも、これだけじゃないよね」

「ちょっとしたジャムを……観月の真似をして」

「ああ、アタシが食べたあの青いジャムクッキー」


 ブルーハワイみたいと思って食べたアタシのバカ。ソースの件で学習したはずなのに。


「歩ちゃんの言ってたことちっとも守れてないじゃん!」

「う……」

「でも、観月。歩波さんの作ったクッキーも高城先生に渡してたよね」

「アタシたちだけが被害を被るのはおかしいと思いました」


 アタシの言い分にみんな納得したようにうなずく。

 うん、ちょっとは責任を感じてほしいかな。だから、特にヤバそうな青色のクッキーやジャムでコーティングされたクッキーを2つに分けて入れておいた。二重の苦しみを味わうがいい。


 そんな話をしていながら昼食を食べていると次の授業の準備をしていた男子の学級委員が連絡事項を伝えに来た。

 なんでも午後からの授業の英語と男子体育は自習になったみたいだった。最近、自習が多いなー。


 ◆


 俺は江上先生の手伝いを終えて職員室に戻ってきた。時間はもう5時限目が始まっている。


「あれ……? ここに置いておいたクッキーは?」


 デスクの上に置いておいたクッキーを探す。


「あれ? 食べきれないから残されていたんじゃないんですか?」


 俺の言葉に反応して近くにいた先生が答える。


「え?」

「剛田先生と小杉先生がそう言ってみんなに配ってましたけど……違うんですか? すいません、僕も食べちゃいました」

「ああ、いいんですよ。気になさらないでください」


 誰もいらないなんて言っていないのだが、謝罪してくれる先生が悪いわけじゃない。

 というより、他人のデスクにあるもの勝手に食べるのは人としてどうなんだ。剛田先生と小杉先生を探してみるがその姿はない。


「小杉先生と剛田先生は?」

「それが聞いてくださいよ。小杉先生が佐久間教頭の顔面に嘔吐されて、剛田先生は廊下で……食中毒の疑いがあるので二人とも早退されたんです。高城先生もお気をつけて」


 どうやら二人とも盛大に胃の中の物をぶちまけてしまったらしい。

 しかも小杉先生は佐久間教頭の顔面とは……また胃腸炎にならなければいいのだが。


「もしかして、2人とも俺の机の上のクッキー食べました?」


 俺は2人の症状に心当たりがあった。


「ええ、ちょっと色の違うクッキーを食べてましたね」

「へぇー……」


 2人とも歩波の当たりを引いたな。

 俺は何も言わずコーヒーをすすった。

 やっぱりあいつには今後とも料理をするのをやめさせなければ。

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