第91話 文化祭 2日目 ②
透たちが退店し、しばらく模擬店内に平和な時間が戻ってきた。透たちは次は七宮のクラスへ行くようだった。
だからといって俺の忙しさが変わるわけではない。
文化祭でハイになった高校生たちのテンションが下がるわけもなく、ついていくのは非常にしんどい。
あの後もいくつも写真をせがまれ、引っ張られ、身体をくっつけられ、見世物にされる。
年齢も性別だって違うこの女子特有の集団同調のノリについていくには体力以外の何かが必要になってくる。
――なんだかもうすでに疲れた。
「あ、高城先生!」
やや現実逃避していた俺を呼ぶのは演劇部の女生徒だった。
一昨日まで文化祭に向けて泊まり込みの申請書を何度も提出してきたから覚えている。
なにやらトラブルがあったようで、ここでは話しづらい内容のようで俺は教室を出て、講堂へ向かう道すがらに事情を聴いた。
「お忙しいところすいません。変な男の人が講堂に来てるんですけど……」
朝の心配がさっそく現実になったか。
確かこの時間帯は演劇部が午後の一般公演に向けて練習で使用しているはずだ。まだ一般客は立ち入りは許可されていない。この文化祭の目玉でもあり混乱を避けるためでもある。
「……なにか被害はあった?」
「いえ……けれど、ずっと私たちのことを見てるんです。気味が悪くて……でも、どこかで見たことがある人なんです」
「ほかの子たちは?」
「一応、そのまま練習を続けています。私だけがこっそりと抜け出して先生を呼びに来ました」
生徒の親御さんかなにかだろうか。
今のところ被害はないが、ヘタに刺激する前にまずは見に行った方がいいだろう。
講堂の扉を開けると確かに客席に1人の男性が座っている。
確かに何かをするのではなくただジッと演劇部の練習を見ている。
「ウソだろ……」
俺はその人の顔を見ると、俺は手を頭に置いてため息をついた。
「高城先生?」
「あー、あの人は大丈夫だ。俺が連れていくからそのまま練習を続けていて」
「はい。気を付けてくださいね」
俺を心配するように演劇部の子が離れていく。いい子だなー。
俺は客席に座っている男性に近づいていく。
年齢は30代。
とくにハンサムではないが、何かしら人目を引くものがある。
ボサボサの黒髪に無精ひげを生やしていて常日頃から気難しそうな顔をしているが、奥さんや娘には甘々な人だということを俺知っている。
俺はその人の隣に立つと呆れたように声に出した。
「何してんですか、景士さん」
「ん? 歩か」
歩波の義父であり、成恵さんの夫の映画監督をしている黒澤景士さんだった。
「久しぶりだな。お盆以来じゃないか、というよりなんだその恰好は?」
「そのことはどうでもいいんです。ここで何やってんですか? 不審者がいるって生徒たちが怯えてるんですけど」
「心外な。俺は誰よりも先にこの場を確保しに来ただけだ。高校演劇っていうのはだな。高校生だけが持ち、大人が得ることができない思想・肉体を通した表現がされるんだ」
「一般の人はまだ講堂には立ち入り禁止です」
「……そんなことは書いてなかったぞ?」
「席の隣にある立ち入り禁止の立て札はどうしたんですか?」
俺は景士さんの隣に置いてある手書きの立ち入り禁止の立て札を指さした。
「……いつの間に」
景士さんは今気が付いたかのように振る舞う。
この人あんまりこういうことに気にしないからな。
撮影とかのためなら紛争地域とかの立ち入り禁止地区でも平気で入ったりするし。使いたい俳優のことを誰かに構わず熱弁しだしたりする。
「もういいです。とりあえずここを出ましょう」
「えぇー……やだやだっ!」
「子供ですか! そういえば成恵さんも来ているんですか?」
「成恵ちゃんなら、一般バザーの方にいる」
あの人なら景士さんみたいに人に迷惑かけるタイプじゃないから安心か。
「あのぉー……高城先生」
声をかけられた方を振り返れば、演劇部の子たちが俺たちの周りにずらりと並んでいた。
「も、もしかしてその人って、映画監督の黒澤景士……さんですか?」
あ、この人結構有名人だっていうこと忘れてたわ。
演劇部の子がどこかで見たことがあるといっていた、きっとテレビで見たことがあるんだろう。
「ん? そうだけど?」
この人は馬鹿正直に肯定する。そんなこと言ったらどうなるか――、
『きゃあぁああああああああああああああ!!』
やっぱりこうなったか。
若手ながら数々の賞を受賞し、世界的にも有名な映画監督だ。
俳優よりは一般の知名度は落ちるが、芸能界に身を置くなら誰もが知っている。映画や演劇が好きな子たちなら知っていても不思議じゃなかった。
「黒澤さんの作品全部見ました! 「荒野のアリス」が大好きです!」
「私は「さらば愛しの幽霊」です!」
「サイン! サインください!」
景士さんがかかわった作品を列挙していく演劇部の子たち。
演劇部の子たちにとって映画監督というのはやっぱり憧れの存在なんだろうか。
「ああ、ちょっと君らの先生に怒られちゃったからね。また後で見に来るよ」
おい、俺の所為にするな。
「そんな! 黒澤監督なら全然大丈夫です! むしろ居てください!」
180度意見が変わってるな。
さっきまで不審者って怯えていたのに。
俺が話していることで大丈夫かと思い、よくよく顔を見たら気が付いたようだ。俺だってうっかり名前で呼んじゃったし。
「……なら、ここに居てもらう。景士さん、お願いですから、おとなしくしててくださいね」
この子供のような大人に釘を刺して俺は講堂を後にした。
……
………
…………
最初のトラブルが身内か。
ため息をつきながら廊下を歩いていく。
文化祭はかなりの賑わいを見せていて、校舎の中にも一般客の姿が多く見て取れた。生徒たちもクラスや部活の出し物のため右に左にと駆け回り、大きな声を張り上げている。
警察の協力のもと私服警官が警戒してくれるが、俺も教師と仕事を全うすべくボランティアで見回りを始めた。決して、あの運良く教室から逃れられたから逃げようというわけではない。
着替えようかと思ったのだがハロウィンの衣装に着替えるという名目で更衣室はすでに満室状態。職員室では休息に来ている女性教員がいたので着替えることができなかった。
――一体今日のパレードにはどんな衣装に着替えさせられるんだろうか。
今からそれを考えるだけで怖い。
「歩ちゃん?」
俺のその名で呼ぶのは観月ともう一人しかいない。
「お、大家さん……」
「観月に聞いていたけど……よく似合ってるわ」
褒められてもまったく嬉しくない。
また見られたくない人に見られた。
俺が服装について触れられたくないのを察してくれたのか、この話はここで終わる。
「ねえ、今は忙しいかしら?」
「少し休憩しようかと思っていたところです」
「今から観月の料理部に顔を出そうかと思っているんだけど一緒に行かない?」
昼食には早い時間帯だが、この来客数だ。
混雑を避けるために先に寄っておいた方がいいだろう。
観月から料理部の招待券をもらっているので元々顔を出そうと思っていたところだ。
「一時間ほどであれば大丈夫です」
「それじゃあ、食堂まで案内してくれると嬉しいかな」
俺と大家さんは一緒に食堂までの道を歩いていく。
観月の母である大家さんは結構、若いうちに観月を生んでいるらしい。
大家さんの旦那さんつまり観月の父親とは結構年の差が離れていた。ゆえに今も高校生の娘がいるとは思えないほどに見た目が若い。
「あ、高城先生がまた女の人と歩いてる」
「人聞きの悪い言い方をするな。道案内をしているだけだ」
よく俺のうわさを広めている矢口が俺と大家さんが一緒に並んでいるのを見てとんでもないことを言い出した。生徒の保護者とそんな関係だとかいつの時代の昼ドラだ。
食堂に入ると休憩がてら席に座り出店で出ていたものを食べている人が結構いる。料理部の利用する客のためにあらかじめスペースが設けられているので座るのはすぐだった。
「歩ちゃん!」
料理部のエプロンを着た観月が俺たちの元へとやってくる。
「こら、観月。先生と呼びなさい」
大家さんがそう言って観月を叱る。
俺の言いたいことを先に言ってくれてありがとうございます。
「って、何でママと一緒なの!?」
「案内してもらったのよ。あ、そういえばさっき歩ちゃんとデートしてるって思われちゃった」
「……年齢考えてよ」
「ゴメンネーお似合いで」
デートともお似合いとも言われてないですよね!?
「ほら店員さんはやく注文を聞いてくれ」
収集が付かなくなりそうなので観月に注文を頼む。そういうのは家でやってください。
大家さんがニマニマと接客に来た観月を眺め観月はやや機嫌が悪そうだ。妹相手に教師として振る舞う俺の苦労が少しはわかっただろ。
「こちらメニューにな り ま す!」
観月からメニューを乱暴に机にたたきつけられる。
メニューは定食となっていて数も限られている。客に提供する時間も考えると一から調理すわけにもいかないし、あらかじめつくってある料理を出すようだ。
俺も大家さんも観月からもらったチケットを渡して、それぞれ注文をする。
観月が厨房の方へと戻ったのを確認する。
「あまり観月をからかわないであげましょうよ」
「やきもち妬くあの子が可愛いのよ。そういえば歩ちゃんに聞きたいんだけど」
「はい?」
「観月とは。あのあとどう?」
「あのあと?」
「観月に告白されたんでしょ」
「なっ!!」
何で知ってんだ!?
今の大家さんの言葉が聞かれていないか周りを見渡す。
みんな食事や会話に夢中で大丈夫なようだ。
「もしかして、観月から聞きました? その俺のこと……」
「聞かなくてもわかるわよ。あの子がどれだけ歩ちゃんのことが好きか」
聞いてるこっちが恥ずかしくなるからやめてください。
「ああ、別に私は反対じゃないから、別に学園や教育委員会とかに報告する気もないし」
あ、ちょっと今ほっとした。
「確かに、告白されました。けど、返事はしてません。観月も今は返事はしないでいいからといわれてます」
情けないが結局は観月に甘えてるんだよな。
「歩ちゃんの立場を考えればそうよね。ね、観月には秘密にしておいてあげるから、あの子の事どう思ってる?」
「……………正直、妹のように思ってました」
「あらら」
大家さんは困ったように笑う。
「けど、歩波とは違うんですよね。歩波と一緒に暮らして改めてそう思いました。観月と歩波同じように接していたつもりなんですけど……全然違いました」
当たり前のことだがそれが最近になってさらに自覚できるようになってきた。
「……」
「大家さん?」
何も言わない大家さんを見る。
大家さんは少し驚いたような顔をしていた。
「……いや、ちゃんと観月のことを考えてくれてたから驚いただけ」
「それは……あの子の気持ちに応える気は
「ということは、これからに期待してもいいのかしら」
「あのですねぇ。好きか嫌いかと聞かれれば当然「好き」だと言い切れます。ですけど、これは恋愛感情ではありません」
一応、人並みに恋人くらいはいたことはあるのだ。
自分の感情くらいはわかっているつもりだ。
「わかってるわよ……けど、あの子の事油断しちゃだめよ? 相手が高校生でも大人の男が揺らいじゃうことだってあるんだから」
――わかってますよ。
なんて口にできるわけがなかった。
「それに、親バカかもしれないけど、観月はこれから成長するし、歩ちゃんより遅いけど大人になるの。その時はきっとあの子の事を子供だなんて思えなくなっちゃうかもね」
それ、親バカ極まれりの発言ですよ。
「……その時は俺は三十路ちかいおじさんですよ」
「大丈夫よ。今なんて高校生にしか見えないから」
「勘弁してください」
若く見られるのはいいが幼く見られるのは嫌だ。
「何の話してるの?」
観月が両手に料理をもって俺たちのテーブルにまで運んでくる。
「はい、おまたせしました。秋定食と秋鮭の炊込みご飯と5種のおかず定食~デスソース仕立て~です」
「おい」
なんで俺の注文した品にデスソースなんてものがかかってるんだよ。
「ごゆっくりどうぞ」
そういうと観月はもう1つの定食をもってきて空いている席に座る。
「仕事はいいのか?」
「うん。混み合う前に休憩しておいてだって」
秋鮭の炊き込みご飯を1口食べる。
鮭と少量かかったネギのうまみが口の中に広がる。ほんのりと出汁の味もして優しい味がした。鮭はあらかじめ焼いてから米と一緒に炊いたのか、鮭の臭みがなく、焼いたことで香ばしくなり、うまみも強い。
「うん、美味いな」
「ほんと? やりぃ!!」
観月は自分たちが作った料理をほめられると嬉しそうな顔をする。
「本当、美味しいわね」
「ママはいつも食べてるじゃん」
「美味しい物は何時食べても美味しいわよ」
「そういえば陽太は?」
観月は恥ずかしさを誤魔化すためか話題をそらし、陽太がここに居ない理由を尋ねる。
「陽太は友達と一緒に弓道場でやってる的あてゲームに行ったわよ」
そういえば夕葵に見に来てほしいと誘われていた。また後で行ってみよう。
◆
涼香
私は来年この高校を受験するであろう中学生たちの見学会の案内を終えて校内を見回っていた。
見学会といっても文化祭をメインに見て回るので中学生の子たちの注意はやっぱり生徒たちの出し物に夢中になっている。でも、こういうものを見て来年静蘭を受験するのは私が通ってきた道なのでちょっと懐かしい気持ちになった。
――はあぁ、緊張した……。
中学生の子たちの案内を終えると私は一息ついて、文化祭用に設置されたベンチにすわる。やっぱり大勢の前で話をするのはあまり得意じゃない。
私は、今座っているベンチを軽く撫でる。
――昨日、先生と一緒に座ったベンチだ。
今日は先生と一緒に回ったところを見るたびに昨日のことを思い出してしまう。
だからこそ、今となりにいないことが寂しい。
――って、私は彼女でも何でもないんだから!
独占欲が強いようなめんどくさい女の人は嫌われると聞いたことがある。
そんな悶々とした気持ちに悩んでいると――、
「あら、涼香ちゃん?」
「あ、成恵さん。こんにちは」
歩波さんのお母さんである成恵さんに声をかけられる。
私だと確認するとパタパタと嬉しそうに駆け寄ってくる。
手にはタピオカミルクティーとバザーで買ったものが入っている袋を持っていて十分にこの文化祭を楽しんでいるみたいだった。
失礼だから年齢は聞かないけど、多分30代の前半くらいだと思う。私たちのお母さん世代と比較してもだいぶ若い。
「可愛い女の子だったからすぐにわかったわ」
お世辞でそんなことを言ってくれる。
「ありがとうございます。今日はおひとりですか?」
「ううん、夫と一緒に来てるの。だけど、すぐにどっか行っちゃって。男の人っていつまでも子供よね」
困った風に言うけれど、まったく好意が隠せていない。
「そういえば、歩波ちゃんから聞いたんだけど文化祭の実行委員なんだってね」
「はい」
「すごいわねー。楽しくて年甲斐もなくはしゃいじゃったわ」
「楽しんでもらえれば嬉しいです」
◆
俺は大家さんと観月と別れて弓道場へと足を運んでいた。
弓道場では弓道部主催の的あてゲームと弓道体験や催されている。
弓道のデモンストレーションは午前と午後の部で別れて行われており、午前の部はすでに終了していた。今は的あてゲームに大勢の子供が並んでいる。
「歩先生!」
俺の姿を見かけると弓道着を着た夕葵が俺の元へと駆け寄ってくる。
「来てくれたんですね」
「約束したからね」
とっても、ここで何かするようなことはないのだけれど。
「すいません、退屈かもしれませんが」
「いや、子供たちの楽しそうな顔を見てるだけでもいいよ。何か手伝えることはあるかな?」
「いえ、私が来てほしいとお願いしたのでゆっくりしていてください。文化祭を一緒に居られるだけで私は嬉しいですから」
「……」
――やばい。一瞬すごく夕葵が可愛く思えた。
視線をそらした先にはちょうど子供たちがおもちゃの弓を使って的に向かって矢を放っている。
的に中るたびに一喜一憂している子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。的に中ればお菓子をプレゼントされるらしいが、弓を放つという行為が楽しいのだろう。
その中に見知った子供を見つける。
「お、陽太だ」
観月の妹の陽太が友達と楽しそうに的あてゲームに興じていた。
今日のハロウィンパレードに参加するのか、衣装を着て顔にペイントシールを張り付けている。
小さい体で力いっぱいに弓を引いている姿は何ともかわいらしかった。
放ったおもちゃの矢は見事、的に命中し弓道部員からお菓子をもらうと嬉しそうな顔をしている。
「歩にいちゃーん!!」
俺を見つけると大きく手を振りながら駆け寄ってくる陽太。
その後ろには陽太の友達も追随してくる。その中には何人か見かけたこともある子もいる。
「ぼくね! 的あてしたんだよ! あたったの!」
「見てたよ。カッコよかった」
陽太は嬉しそうに笑うと俺に向かって両手を広げる。
俺はその意味を察すると陽太を抱き上げる。
小学生といってもまだまだ甘えたい盛りの子供だ。
「陽太君、覚えてるかな」
「あ、おっぱいの大きなお姉ちゃんだ」
「な……」
そんな覚えられ方をしていたとは思わなかった夕葵は思わず固まる。
「こら、そういうことは失礼だから言っちゃだめだ」
将来、大桐やうちのクラスの男子みたいになってはいけない。今のうちに教育しておかねば。
「はーい」
こういう聞き分けのいいところはあいつらと違うところだな。
「胸……胸の大きな……好きで大きくなったわけじゃ……こんな小さな子にまで……」
まあ、陽太の気持ちはわからなくもないが。
陽太も姉の胸がアレだから誰と比較しても大きく見えると思う。
「陽太のお兄ちゃん」
「ん?」
陽太の友達が俺の服を引っ張りながら尋ねる。
何度か顔を見たことがある子だ。
どうやら陽太の友達は俺のことを陽太の兄貴と勘違いしている子が多い。陽太の保育園の迎えとかの時に顔を合わせていれば無理もない事だった。
「ボクも抱っこして?」
「いいよ」
その所為か陽太の友達にはよくなつかれている。
ちょっと不満気な陽太を下ろして、その友達を抱き上げる。
また、服を引っ張られてる。
「ズルい、みぃも!」
「はいはい」
友達の女の子を抱き上げる。
そんなことを繰り返しているうちに一般の人が何かの出し物と勘違いしたのか、見知らぬ子供たちまで俺にだっこをせがむようになってきた。写真まで取り始めるお母さんもいた。
20人ほどの子供を抱き上げた後にようやく事態に収拾がついた。
さすがに抱っこの連続は疲れたので弓道場の自動販売機の前に腰を下ろした。
「……お疲れ様です。歩先生」
「ありがと」
夕葵が麦茶を差し出してくれたのでありがたくいただく。
「なんか、ごめんな。邪魔しちゃったみたいだ」
「いえ、子供たちはみんな嬉しそうでしたので。私もたくさんの子供を抱っこできたので」
俺だけでは手が回らなくなった時に夕葵が手伝いを申し出てくれたので助かった。「高―い」や「大きい」と何気ない子供の言葉に微妙にダメージを受けていたのは触れないでおこう。嬉しい記憶だけ残しておけばいい。
「そういえば、あれからあの子はどうなった?」
「あの子? ……ああ、美雪のことですか」
俺が夕葵の好意を知ることになった原因の彼女。
あれからしばらく姿を見てはいないのだが、学校には来ているのだが弓道部にも顔を出していないらしい。夕葵の前にもしばらく姿を見せていないようだ。
「……なら、俺はそろそろ行くよ。まだ見て回らないといけないところがあるから」
「はい、ありがとうございました」
◆
涼香
「ここです」
「あら、ちょうどいい時間帯に来たわね」
教室の列はまだ続いていて少し待つことになったけれど、高城先生がいたときほどじゃない。数分待つだけで店の中に入ることができた。
店の中の客層は男の人が大半だった。
時間も変わってカレンは文芸部の出し物へ向かったみたい。歩波さんは昨日休んだ分働くということで午後も働いてくれるみたい。
客の男子は何ともわかりやすく鼻の下を伸ばしている。
視線の先にはメイド服を着た歩波さんの姿があった。
「全体的にレベル高いけどさ。特にあの子、可愛くね?」
「いいよなぁ。アイドルみたいだ」
「でも、どっかで見たことがあるような……」
私は歩波さんが以前、アニメ雑誌のインタビュー記事に出ていたことをを思い出した。
人気の雑誌に主演声優として写っている彼女を見たときには思わず息をのんだ。
歩波さんが美人だと知ってはいたけれど、写真の中で衣装を着て写っていた彼女は私の知っている人とはまるで別人だった。
雑誌で見る彼女と今の彼女は似ているけれど違う。プロと一般人を見事に使い分けていた。
歩波さんを見ていた男の人たちも何となく歩波さんに既視感を覚えたみたいだけれど、歩波さんが笑顔を向けると気恥ずかしそうに視線をそらした。
――なんだろあの人……。
さっき歩波さんを見ていた男の人とは別の人がずっと歩波さんを見ている。
入り口付近に座っている人だ。
ハロウィンのコスプレをしているのか顔も手も足もすべて包帯で覆ってあって肌が全く見えない。
「歩波ちゃーん」
「お母さん! 来てくれたの!? 仕事は大丈夫?」
「大丈夫よ。けど、景士さんとはちょっとはぐれちゃって」
成恵さんが来てくれたのを歩波さんは嬉しそうにしていた。
私はまた校内の見回りに戻った。
◆
俺は夕葵と別れると再び校内を見回りに戻った。
見回りの途中に荒田先生に拉致されていく女装させられた百瀬と俺のクラスの男子生徒と意気投合しながら文化祭を回っている大桐を見つける。シルビアは文芸部の文集を食い入るように見ていた。
出店を出してくれた地域の一般有志の方々に挨拶をし、火器を使用している教室に注意を促す。途中いきなりTVの取材を受けさせられたが何のトラブルもなく終わることができた。
「高城先生、お疲れ様です」
「水沢先生、お疲れ様です」
同じように校内を見回っている水沢先生と会うとそのまま一緒に校内を歩くことなった。
「昨日は大変でしたね」
「そう思うなら助けてくれてもよかったじゃないですかぁ……」
恥ずかしそうに言うけれど、今の俺の格好を見てくださいよ。
これ以上あの子たちのおもちゃになるのは勘弁してください。
「そちらは何か異常はありませんでしたか?」
「特に異常はありませんでした」
互いの見回りの報告をする。
異常がないのが一番いいのだけれど。
「せんせーい! 高―城―先―生!」
大きな声で俺を呼ぶ声が聞こえる。
その声は和久井さんの声だった。
「ここにいるぞー」
「ああ、よかった見つかった!」
何やら慌てた様子で俺の元へと駆けつけてくる。
「どうかしたか?」
「あの、歩波ちゃんが大変なんです!」
「あのバカがどうかしたか?」
「その痴漢に遭ったみたいで」
――ブチッ
「……水沢先生」
「はいっ!」
「ちょっと、教室に戻ります。和久井さん知らせてくれてありがとう」
「は、はい……」
2人とも何をそんなに怖がっているのだろうか。
俺は可能な限りの速度で1組の教室まで走っていく。
よくもあんなハイリスク・ローリターンのリスキー女を狙ったもんだ。
俺が靴を履き替えて校内入ろうとしていたところを透が見つける。
「歩、何かあった?」
「……歩波が痴漢に遭ったらしい」
「……へえ……」
俺の言葉を聞くと透からピリピリした態度が感じ取れる。
怒りを隠して笑顔で人を威圧する透からすればこんなに態度に出るなんて珍しい。これは、歩波のこともひょっとしたらひょっとするかもしれない……。
廊下を走るなどと普段なら注意されているところだが今日くらいは大目に見てもらう。
騒ぎとなっている教室には大勢のやじ馬ができており、その中を掻い潜り人ごみを抜けると騒ぎの中心に歩波がいた。
「歩波!」
「歩波ちゃん!」
「兄さん! 透くんも!?」
どうやら歩波は無事のようだ。
「歩波ちゃん、大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございます」
透に頭を撫でられるとほっとしたように息を吐く。それでようやく緊張が解けたみたいだ。
その痴漢した野郎に視線を向けて見る。
「てめえ! 俺はこの目でしっかり見たって言ってんだろうが!」
話を聞けば痴漢というより、ローアングルで盗撮をしていたようだった。
だが、その男はミイラ男に問い詰め――恫喝されタジタジとなっている。
「ひ、ひぃいいい!! すいません! つい出来心だったんです! “ほなみん”にこんなところで会えるなんて思わなかったんですぅ」
盗撮をした男は腰を抜かして、ミイラ男に胸ぐらをつかまれ何とか立っている情けない姿をさらしていた。
ここに来ていた時は頭に血が上っていたが、あの姿を見るとさすがに溜飲が下がる。
「すいません。ちょっと、よろしいですか?」
「あぁ? あ……」
ミイラ男は俺の姿を見ると胸ぐらをつかんでいた手を放して俺から距離を置く。こっちのミイラ男については後で話を聞かせてもらおう。ヘタすれば警察事だぞ。
それはこっちもだけど。
俺は盗撮したという男に顔を向ける。
ヒイッと息をのむ男性。
――なんで俺の顔を見てそんな声を挙げるのか。
「申し訳ありません、この教室では写真撮影を禁止させていただいている箇所があります。ここもその1つですので」
「わ、わかった、わかったから!」
「そうですか。確認させてもらっても?」
俺が頼むとすんなりとスマホを渡す。
画像フォルダには歩波をはじめクラスの女子の写真が見つかった。中にはローアングルで下着がギリギリ見えそうな写真も中にはあるがそれ以上のものはないようだ。一応、この子たちはスカートの中には見せパンを履いているとは聞いているが、それでも見ていい物ではない。
とりあえず、すべての画像データは削除しておく。
「全部削除しておきましたので、お帰りいただいて結構です…………ただ、次はありませんよ(ボソッ)」
「は、はいぃいいいいいいいいい!!」
男はダッシュで教室から逃げ出していった、あの様子だともう学園内に入ってくることもないだろうな。
「……さて、そこのミイラ男さん。生徒を守っていただき、ありがとうございます」
「い、いえ、当然のことをしたまでです」
ミイラ男は挙動不審に視線を逸らす。
「そうですか、ぜひお礼がしたいので職員室へ来ていただけませんか?」
「そ、それほどのことでは……」
「いいから来い、な?」
「……はい」
俺はミイラ男を連れて職員室へと向かっていく。店は通常通りに続けてもらうのを皆口さんに伝える。
途中で透と歩波が追いかけてきたので4人で職員室に向かった。
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